第5話 空間
「あ……あっ!」
うまく言葉が出せないまま私は駆け出していた。私と同じ境遇の者がいる、この機会を逃すまいとその女に向かい叫んだ。
「ちょっとあんたっ!」
今度はより大きくびくつき、女はこちらへ振り返る。
私とその後ろへ視線を移すと勢いよく走りだした。
「逃げた!?」
途端に腹が立つ。私はただこの現状を理解したいだけなのに、なぜ逃げられなければならないのだ。
先程より強めの口調で言い放つ。
「ちょっと、待ちなさいよ!」
「何スか!? 何なんスか!?」
そいつもまた走りながら声を上げる。間違いなくこの女には“ロリポップ”が見えていた。
しばし街中で行われた追いかけっこは、大通りを外れた雑居ビルの一角に落ち着いた。
距離を置いた状態で互いに息を切らす。
「はぁー……はぁー……」
「へぁー……何なんスか? へぁー……自分に何か用っスか?」
「私は聞きたいことがあるだけよ、はぁー……」
女は呼吸を整えると、私へ真っすぐ向き直る。
「そんなこと言って! 騙されないっス! あんさんだってきっと同じだっ!」
そう言って隣にいたぬいぐるみに目配せする。
「今度はこっちから行くっスよ。ハム蔵さん!」
すると奴のぬいぐるみを中心に、膨らむシャボン玉のように色のない空間が広がり辺り一面を包み込んだ。
「これって……」
あの時と同じだ。この空間は発生させられたものなのか。
この情景に目を奪われていると、“ロリポップ”は私を押しのけ前へ出る。
私に触れた。
その後頭部を指先でつつく。確かに触れる。
思い返せばコイツの手を取った時も世界はこんな風だった。あの“麻袋”が襲ってきた時もそうだ。
この空間だけがコイツらと接触できる。そうして考えを巡らせていると、アイツらが発生させたゾーンにいる私は再び危険な状況に置かれていると自覚し、両足を広げ身構えた。
“ロリポップ”もまた両腕の先から、それぞれ3本の鉤爪を伸ばす。
「ほらっ! ヤる気満々じゃないっスか!」
女は眉を八の字にし、怯えた表情でこちらを指さす。……しかし癪に障る喋り方だ。
聞く耳を持たず、おどおどとした女の態度は私をイラつかせた。
「絶対吐かせてやるんだから」
私は女の出方を窺う。
「またアレお願いっス! ハム蔵さん」
するとぬいぐるみは女目掛けて飛ぶと一瞬の閃光を得て、ハムスターの着ぐるみのような姿へ変貌した。