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メスガキラー  作者: わっか
合宿編

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第103話 将来

 キャンプ場の散策を終えた頃には、だいぶ気温も上がり始めていた。


 私達は売店の冷凍ショーケース内にアイスを見つけると、おやつとして人数分購入してから管理棟を後にした。





 橋まで戻ってくると、側には岩を積んで作られた台座の上に橋の名が彫られ平らに加工された岩が設置してあるオブジェがあった。


 タクシーに乗っていた時や、先程通過した時には気付かなかったようだ。


 橋を渡りながら、私は管理棟の人達のことを話題にしていた。


 「私達は夏休み中なのに向こうは働いて、大人は大変よね」


 「自分のお父さんは普通の会社員ですが、毎日大変そうっスよ。


 客先の要望と上の人達の指示に答えながら、昨今は下の人達が辞めないように物凄く気を遣っているらしいっス」


 「父を見ておりますと、上の立場というのも苦労が絶えないそうですわ。


 社員の皆様の生活の責任を担っている事になりますので」


 仕事と言えば、小さい頃から母も生活のために必死になって働いていたことを思い出した。


 その日々は母が望んだものではなく、そうせざるを得なかったのだ。


 それをの当たりにしてきた私にとって、労働とは誰かの指示命令によって動かされる、まるで操り人形のように見えていた。


 「私もいずれは、誰かの操り人形のように生きていくのかしら……」


 「それがお嫌でしたら、起業してみるのはどうですか?」


 「出来る訳ないでしょ」


 後ろ向きな返事をした私に、シシ子はさらに言葉を続ける。


 「将来のことなんて誰にも分かりませんわ。


 いずれは弥兎みうさんが多くの方を率いて、世界を変える存在になられるかもしれませんわよ」


 「そんな面倒なのごめんよ……」


 そんな話をしているうちに、私達はコテージに到着した。





 「あっ、おかえりなさい」


 私達が戻ると、ちょうどトイレから出てきたらむねと玄関で鉢合わせた。


 ダイニングキッチンへ向かうと、ハム子を見つけたひなたは彼女に声を掛ける。


 「真奈美(まなみ)ちゃん、ちょっといいかなぁ?」


 「はい、なんでしょう?」


 リビングにクマ子、ハム子、らむねが揃うと、ひなたは完成させたフェルトアートを差し出す。


 「これ、みんなの分が出来たから受け取ってくれる?」


 「もう出来たんスか!? ありがとうございます!」


 「……大したものだ」


 「ありがとうございます、小日辻(こひつじ)さん」


 「えへへ、みんなに渡せて良かったよぉ~」


 ひなたは“まくら”のフェルトアートを手にしながら嬉しそうにしていた。


 私は“ロリポップ”のフェルトアートを(さす)りながら、これらが私達を繋ぐ友情の証のように思えて同じように嬉しく思えた。


 そして皆と出会い、こんな考えを持てるようになれたことを静かに感謝したのだ。


 昨日と違いバーベキューの後、順番に風呂に入る予定にしていたため、早めの昼食を取ることにした。


 「何にしよっか~」


 「卵が余っておりますので、三人分のオムライスなら出来ますが」


 献立を決めようとする会話を耳にして、私は思わず声が漏れた。


 「オムライスかぁ、良くお母さんが作ってくれてたなぁ」


 「ウサちゃん、オムライス好きなの?」


 「違うわ。お母さんがケチャップで文字とか絵を描いてくれてね、それを喜んでいた私を見て好物だと思っていただけよ」


 「へぇー!」


 そう――私は特別オムライスだけが好きだった訳ではない、母が作ってくれる料理なら何だって好きだった。


 「また、食べたいわね……」


 気付けば、ぽつりと願望が出ていた。


 「お願いされてはどうですか?」


 「無理よ、ずっと帰ってこないんだから」


 「えっ……?」


 (あっ……)


 皆が深刻そうな顔で私を見る。


 (はぁ……まぁ、いいか)


 特に隠すようなことではない。

 むしろ今は皆に自分の事を知っていてほしい。

 そんな気持ちから、私は自分の現状を全て話した。


 生まれてから現在に至るまでと母の事。そして――この閉ざした右目の事を。


 「――それで今もこの目はウサギの目のように真っ赤なままなのよ。

 医者は“自然に良くなるはずだ”って言ってるし、痛くもないからそのままにしているけど。

  この目を見ると当時の事を思い出すから、自分で見るのも誰かに見られるのも嫌なの。


 だから私は、あの日からずっと閉ざしている。この目で現実を直視しないようにね……」


 話を聞いている間ずっと瞳が潤んでいたギャル子は、私の話が終わった途端に泣きながら抱き着いてきた。


 「ふへへぇ~ん! ウサちゃ~ん! あーしがママになったげるしぃ~!」


 「ならんでいい!」


 「そうとは知らず……以前は考えなしに目の事を訊いたりしてごめんね、東林とうばやしさん……」


 「自分もっス…。気にさわったっスよね?」


 「事情を知らなかったんだからいいのよ。気にしてないし」


 「ウサさん……あれ? じゃあ、何であの時……自分デコピンされたんスか?」


 「ムカついたから」


 「気に障ってるじゃないっスか!」


 「弥兎みうちゃん、私に出来る事があったら言ってね」


 「わたくしも、お力添えいたしますわ!」


 「もう十分過ぎるくらいよ。

 それにいいの、今はあんたらが居るんだから。寂しくなんて無いわ」


 私は恥ずかしがることなく、半分の本心と半分の嘘で答えた。


 クマ子はスマートフォンを持ったまま黙って聞いていた。

 だが話している間、彼女は一度も指を動かすことはなかった。


 「では、オムライスはめておきましょうか」


 「えっ?」


 シシ子は他の食材を取り出す。


 「だから気にしなくていいって」


 「そうではありません。何だか今食べてしまうのは勿体ないような気がしたので。

 もっと大切な機会に取っておきませんか?


 弥兎みうさんが次にオムライスを食べるのは、きっとご家族と一緒の時ですわ」


 「だと良いけど……」


 結局、昨日食べきれなかった海鮮の残りを片し、昼食を終えた。


 その後はリビングとダイニングキッチン、ウッドデッキを行き来しながら、写真を撮ったり他愛もない話をした。


 誰かが話し出せば次から次へと話題が変わっていき、会話が途切れることはない。


 そんなくだらない事を言い合える時間が馬鹿らしくも心地良く、私は自然と笑みがこぼれていたのだ。





 一人が席を立った時、自然とけるタイミングがあった。


 各々部屋でゆっくりしたい時もある。


 私も一度寝室へ戻ると、ひなたはベッドに腰掛けてスマートフォンをいじっていた。


 「何見てんの?」


 実際気になった訳ではなかったが、話の取っ掛かりとして訊いてみた。


 「あっ、弥兎みうちゃん。これだよ」


 私はひなたの隣に座り、画面に目をやる。


 それは、ひなたが自作したフェルトアートの販売ページなのだと教えてくれた。

 ハンドメイドの一点物ということもあり、一つ一つは特別安い訳ではない。


 だが、出品している全ての商品が完売していた。


 「凄いじゃない! 見ていい?」


 「うん」


 ひなたのスマートフォンを手にして、各販売ページを見ているとある事に気付く。


 「これ、殆ど同じ奴が買ってるのね」


 購入者のハンドルネームを見ると、ひなたのフェルトアートの大多数を買っているのが同一人物であることが分かった。


 「うん。その人いつも買ってくれるんだぁ」


 「ファンが付いているのね」


 「嬉しいけど、お店を出すにはまだまだだからもっと頑張るよぉ。

 お休み前の空いた時間はずっと制作に費やしていたけど、この夏休みをみんなと過ごせてリフレッシュ出来たし、休み明けからまた頑張るね」


 ひなたはプライベートの時間を全て制作に当てているようだ。


 「ひなた、率直な疑問だから怒らないで聞いてほしいんだけど」


 「うん、何でも訊いてぇ」


 「どうしてそこまで頑張れるの?

 どれだけ熱意を持って努力したとしても、報われないかもしれないのに。

 成功しなかったら、それまでに費やした時間が全て無駄になるかもしれないのよ?」


 「好きだからだよ」


 ひなたは迷いなく笑顔で答えた。


 「いろいろなイメージが湧いて、形にして、それを誰かに届けたいと思う。

 そんな抑えきれない衝動が、私を突き動かすの。


 弥兎みうちゃんの言う通り、上手くいかなくて悔しい気持ちになる事があるかもしれないけど、自分で選んだ道なら決して後悔なんてしないはずだよ」


 「ひなた……」


 普段ふわふわしているようで、自分の夢に対して芯がある。

 だからこそ、私は彼女を応援したいと思えるのだ。


 「でも……店を出すのが夢って言ってたけど販売出来ているのなら、もう叶っているんじゃない?」


 「うううん、これじゃダメなんだ」


 「何で? 店舗が欲しいってこと?」


 「居場所がね……必要だと思うから」


 ひなたは遠い目をしながら答える。


 よく分からず訊き直そうとしたが、ひなたは話題を変えた。


 「それよりも弥兎みうちゃんは偉いよね。もう一人暮らししているんだから」


 「周りの人に助けられてるだけよ。生活費だってお母さんが置いていってるし……」


 机の隅に置かれている封筒が脳裏をよぎる。

 見放すなら関わらなければいいのに、母は何がしたいのか分からない。


 そのせいで憎み切れない。いや――そもそも一度だって憎んだことはない。


 私は母にとって邪魔な存在だと知って、ただ悲しかっただけだ。


 「私ももう少ししたら一人暮らし体験ができるよぉ」


 「体験?」


 「うん。親戚の人がね、二週間くらい海外に行くことになりそうなんだって。

 その間ずっとマンションを空けておくのに抵抗があるから、留守の間だけ誰か住んでくれないかって相談されているの」


 「へ~」


 「その人はうちに冗談半分で言ったみたいだったから、私の方からちゃんとお願いしてみたんだぁ。

 学校との距離も今とあまり変わらないし、卒業したら寮でもいいから一人暮らしはしてみようと思っていたからねぇ」


 「一人での生活に憧れてたとか?」


 「うううん。私はもう一人でも大丈夫だよって事を証明してね、お父さんとお母さんに安心してもらいたいの。

 まだ先の事だけど、親戚の人は大家さんには了承を得ているって言ってたから、実現できるといいなぁ。

 やってみないと分からない事がいっぱいだと思うから」


 「そうなの……まっ、ちゃんと決まったら呼んでよ。

 今度は私が遊びに行くわ、アドバイス出来る事があれば言うし」


 「うん! 弥兎みうちゃんは一人暮らしの先輩だもんねぇ、困った時に駆けつけてくれる友達が居ると心強いよぉ。

 正式に決まったら連絡するね」


 「ええ」




 暫くまったりと会話をしていると朝早くに起き午前中に歩き回ったせいか、飯を食った後だからか、ここが寝室ということもあり急に睡魔が襲ってきた。


 「ふあぁ~ぁ」


 「弥兎みうちゃん、眠くなっちゃった?」


 「ええ、夕食前にちょっと寝とこうかしら……」


 そのまま横になると、私は眠りについてしまった――。





 意識が戻ってくるとぬくもりを感じ、頭を撫でられているのが分かる。

 どうやらひなたに膝枕ひざまくらをされているようだ。


 だが、周囲に複数の気配を感じた。


 「んん……」


 「あっ、ウサちゃん起きるんじゃない?」


 ゆっくりと目を開けると、正面では私のベッドに腰掛けたクマ子がこちらにスマートフォンを向けている。


 「もしかして撮ってる?」


 「……いや」


 私に指摘されたクマ子はスマートフォンのカメラを下へ向け、撮影を止めたように画面をタップしていた。


 「弥兎みうちゃん、おはよう」


 どれだけ寝ていたのだろうか――体を起こすと、やはりひなたに膝枕をされていた。


 そして周囲にはひなたに加え、クマ子、ギャル子、ハム子、らむねがおり、どうやら寝顔を見られていたようだ。


 「何よ、あんたら」


 寝ぼけまなこを擦りながら皆に尋ねる。


 「ウサさんが頑張っているので、お疲れなんだなぁと話していただけっスよ」


 (ほんとかぁ?)


 その時、ちょうど下からシシ子の呼び声が響く。


 「おやつですわよ~!」


 「わあ~! おやつだしぃ~!」


 皆順々に寝室を後にし、アイスを堪能。


 食べ終わるとバーベキューの準備に取り掛かった。





 バーベキューコンロをウッドデッキの前の砂利スペースに設置し、側に簡易的なテーブルや台も置く。


 空は夕焼けに変わり、周囲の鳥や虫の鳴き声に夏の終わりの哀愁を感じながら一通り準備は整った。


 「やっぱり外でやる方がテンション上がるわね」


 「そうっスね!」


 準備を終えて皆がバーベキューの始まりを心待ちにしている中、私は二階にある自分の寝室を出て直ぐの扉の先にある広いベランダに出ていた。


 夕日を眺めながら黄昏たそがれていると、クマ子もベランダへ出てくる。


 「明日には帰るなんてね。来た時は時間がたっぷりあると思っていたけど、楽しい時間ってのはあっという間なのよね」


 「……そんなもんだ」


 時間が過ぎ去ることを実感させるように、沈んでいく夕日を二人して眺めていると、クマ子は声を上げる。


 「……弥兎みう――」


 「ん?」


 「――すまなかったな。お前の家庭の事情も知らずに色々とひどい事を言ってしまった」


 「言ったでしょ、気にしてないって。

 ほんとに嫌だったら、ハッキリ言ってるわ」


 「……それもそうだな

 ……なら、私もハッキリ言っておこう」


 「?」


 クマ子は私に向き直り、続ける。


 「……きっと、いつまでも閉ざしてばかりではいられないだろう。

 ……いずれ目を覆いたくなるような現実が訪れた時、お前がこれ以上目を背けてしまえば何も見えなくなってしまう」


 クマ子は私の閉ざした右目を指差す。


 「……だからこそ、その時はその目で現実と向き合え。

 ……そうすれば、お前は立ち止まらずに前へ進めるはずだ」


 「あんたさぁ……、もうちょっと気の利いたこと言えないの?」


 「……同情してほしいのか?」


 「めてよね……、別にそんなつもりで話した訳じゃないんだから。

 クマ子も……今まで通りでいてよ」


 「……分かった」


 「あっ、居た。

 熊見くまみさん、東林とうばやしさん、そろそろ始めるってよ」


 「ええ、すぐ行くわ」


 私達を呼びに来たらむねは再び下へと下りて行き、クマ子は後を追うように日陰になっている屋内へ入る。


 「クマ子……」


 「……ん?」


 私はクマ子を呼び止めると、夕日が照らすベランダで右目を抑えながら宣言した。


 「あんたの言う通りだと思う……。私もこのままじゃ良くないと思って、この夏は少しずつだけど変わろうとして……変わったのよ。

 だから……いつになるかは分からないけど、いつか必ずこの目でも現実を直視するようにするから。

 その時は、クマ子の前で最初に開けてやるわ」


 「……そうか」


 開眼の宣言を済ますと、私達はバーベキューへと向かう。


 これがコテージでの最後の夕食となるのだ――。

次回へ続く。

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