第101話 怪談
「急に……? それに、そのランタンどうしたの?」
「階段の下にあったよ! こっちの方が雰囲気出るでしょ!」
そう言うと、ギャル子はテーブルの上にランタンを置く。
暗いリビングはその光でぼんやりと照らされ、テーブルを中心に皆が円になるように座った。
暫しの静寂が流れる中、雨粒が窓ガラスを打つ音が鮮明に聞こえる。
室内が静まっていると、ハム子はビクビクしながら声を漏らす。
「あの……やっぱり止めませんか?
何か出たらどうするんスか」
「倒せばいいでしょ」
「……お前もだいぶ毒されているな」
「らむねさん、怖いものは平気ですの?」
「得意とは言えませんが、駄目って程でもないです」
「じゃあ順番に話してこっ!
まずは……ウサちゃん!」
「いや、私何にも話せることないし……。
普通、心霊体験があるって方が少ないでしょ。
悪いけどパス。はい、次、ハム子!」
「自分スか……そっ、そうっスね……。
あっ、大して怖くはないかもしれませんが、自分のお父さんの体験談であれば」
真奈美が父から聞いた話――。
~写真~
真奈美の父であるA男(仮名)には、幼少期から仲の良い弟が居た。
二人は大人になると酒を飲み交わすのを楽しむようになり、その日も弟の家で夜遅くまで飲んでいたのである。
時刻はとうに日付を跨ぎ昔話に花が咲いていた頃、話題は棚に飾ってある写真に写る人物へ移った。
今は亡き父親が写る写真、それが写真立てに収められた状態で飾られていた。
写真立ては棚の縁と水平になるように置かれている。
二人と同様に酒好きであった父のことを思い出しながら、父が好きだった酒から自分達の好きな酒へと、静かな夜に語る話題は尽きなかった。
A男が弟の話を聞きながら一口飲んでいた時、ふと写真立てに目がいく。
(ん……?)
その時、ある違和感に気付いた。
棚と水平になるように飾られていた写真立ては、まるで自分と目を合わせるかのように右へ傾いていたのだ。
だが酔いもあり、初めからあの様に置かれていたのだろうとも思い、それ以上は気に掛けずにいた。
ところが暫くしてまた写真立てを見ると、今度は左へ向きを変え、まるで弟を見ているようであった。
流石にこれはおかしい。
そう感じたA男は弟に写真立ての事を尋ねようとすると、弟が先に口を開く。
「なあ、あれ……動いてるよな?」
「えっ……?」
驚いたことに弟も写真立ての異常に気付いていたのだ。
その後も写真立ての事について話していたが不思議と恐れを感じることはなく、むしろどこか温かい気持ちになれた。
酒好きであった父が、息子達の楽しい酒の席に引き寄せられたのかもしれない――。
「――ということがあったらしいっス」
「へぇ~!」
「不思議な話ですね」
「弱い」
「ちょおっ! ウサさん! 何でそういうこと言うんスか!」
「もっとインパクトのある話の方が面白いじゃない」
「そうは言っても実際にあったことなんてこんなもんスよ」
「他に話せる人居る~?」
「では、わたくしが。
以前、祖父からこんなお話を聞いたことがありますの」
董華が祖父から聞いた話――。
~川渡り~
董華の祖父B蔵(仮名)は子供の頃、山々に囲まれた片田舎に住んでいた。
この辺りでは家畜を飼っている家が多く、あちこちで動物を見掛ける機会があった。
中でもB蔵が好きだったのが、近場に住んでいる叔父の馬である。
荷物を積んだ馬を引いている叔父の姿を度々見掛け、叔父は普段から“暑いなぁ、暑いなぁ”や“いいぞぉ、いいぞぉ”と独り言を言いながら馬を引くのが常だった。
ある日B蔵は、馬を引きながら川へ向かう叔父を目撃した。
水に浸かりながらも、馬と共にどんどん進んでいく叔父。
どうやら川を渡ろうとしているようだが、その様子が何とも奇妙だった。
腕を胸より高く上げ、“深いぞぉ、深いぞぉ”と言いながら、慎重にゆっくりと進んでいく。
その姿は、腰の上あたりまでの水位がある川を流されないように渡っているとしか思えない。
だが、B蔵にはその様子が不思議でならなかった。
なにせ、その川は浅いのだ。
足首までが浸かる程度しかないその川は、子供でも難なく渡りきることが出来る。
だが目に映る叔父は、気を抜けば命の危険もあるといった雰囲気を醸し出していた。
この話を人に話す際、B蔵は――
「あれは、狐にでも化かされてたな」
――と語っているそうだ。
「――以上になりますわ」
「山だと妖怪に化かされるって聞きますよね」
「ボケてたんじゃない?」
「……おい」
「じゃあ、次はあーしね!
実はあーしの従姉妹が霊感持ちで、その子から聞いた話なんだけど!」
夏樹の従姉妹が相談者から聞いた話――。
~ライブ~
体験者であるC男(仮名)は、とある男性ソロアーティストのライブに参加していた。
ステージ上で披露される生歌は音響設備と合わさることで会場全体を震わせ、最高の盛り上がりをみせる。
テンションを上げるハイテンポな曲が終わりバラード曲へ移ると、観客はリズムに乗って体をゆっくりと揺らしながら歌に聞き入っていた。
ステージ中央で歌う男性歌手にはスポットライトが当たり、ステージの他の場所は薄暗い状態となる。
C男も他の観客同様歌声に耳を傾けていると、ふと男性歌手の後方に注意が向いた。
ステージ後方にはスクリーンや装飾があり、観客からは一番奥まった位置にある。
そこを誰かが横切ろうとしていたのだ。
まるで体に密着する黒いタイツでも着ているかのような全身が黒い人物がいつの間にかそこにおり、右端から左端へ俯いたままゆっくりと歩いていた。
いくら暗がりといっても、あれでは嫌でも目立つ。
このライブ、曲が切り替わる暗転中にスタッフがステージに出てくることは何度かあったが、その動きは実に迅速。
比較しても、今目にしている黒い存在がスタッフだとはとても思えない。
その存在に気を取られていると曲が終わろうとしていることに気が付き、一度視線を男性歌手へ向けてから再度黒い存在へ目をやった。
だが、その時には既に”それ”は居なくなっていた。
曲が終わりトークパートへ移るが、そこで男性歌手が語った内容は、このライブでC男が最も印象に残る話となった。
男性歌手は、先程の曲は亡くなった友人へ捧げる為の歌であったと語り、今日はその友人の命日だと言う。
彼は生前サーフィンを好み、ウェットスーツ姿の印象が強い人物であったそうだ。
そこでC男は自分が目にした存在を思い返すと、話の人物と特徴が似ていたと感じた。
もしかしたらあの黒い存在は、生前仲の良かった友人の元を訪れていただけなのかもしれない――。
「――っていうことがあったんだって!」
「だいぶ面白くなってきたじゃない。
ハードル上がっているけど、らむねとクマ子大丈夫?」
「……お前は何も話してないだろ」
「あの、じゃあ私からいいですか?
お父さんの会社の人が、大学生の時に体験した話らしいんだけど。
私的には結構すごい話だと思っていて――」
らむねの父が聞いた話――。
~友人~
当時――D男(仮名)は大学に通い始めると、親元を離れ学生寮に住むようになった。
ある日、朝から体調が悪かったD男は午前中の講義を終えた頃には熱を出し、具合が悪化していた。
仕方なく午後の講義は諦め、徒歩で帰れる距離にある寮へ戻ることにしたのであった。
帰り際に偶然友人に遭遇すると、彼はD男を気遣い一緒に付いてきてくれることになった。
先程よりもさらに体調が悪化していくD男に友人は肩を貸しながら、帰り道にある公園の中を通り抜けようとする。
そこで、日の当たる幅の広い道の脇に木陰のある細道を見つけた。
そちらの方が涼しそうであったため細道へ進もうとした時、友人は足を止めて“そっちは嫌だ”と拒んできた。
だが、熱があり具合も悪いD男は少しでも涼しい所を通りたかったため、構わず進もうとするが友人はD男の腕をがっしり掴んだまま離そうとしない。
その瞬間――唐突にD男はある事実に気付く。
(こいつ……誰だ?)
先程まで友人と信じて疑わなかった肩を貸す者。
その人物をD男は知らない――。
そのことに気付いた瞬間――、D男の意識は遠のいていった。
「はっ……!?」
目が覚めると見知った天井が目に入り、D男は学生寮の自室で寝ていた。
記憶を辿ると自力で部屋まで戻ってきたことは覚えていたが、あの後公園でどうしたのかも友人と思っていた存在の顔も思い出せない。
取り敢えず体を起こそうと力を入れてみるが、金縛りにでもあっているのか動かすことが出来ない。
辛うじて動く目で自分の体へ視線を向けると、床から伸びた白い腕がD男を押さえつけていた。
「わあぁぁ~っ!」
叫び声を上げながら再び目が覚めると、またしてもD男は寮の部屋に居た。
今までの事は夢だったのか。夢だとしたらどこまでがそうなのか――。
今も尚、夢の中に居るのではと不安はぬぐえない。
この不可思議な体験が何だったのか、彼は未だに分からないままなのである――。
「どうでしたか?」
「凄い話っスね……」
「そのご友人、木陰のある細道に良くないモノがあり、引き止めてくれていたのでしょうか?
それとも……」
「こういう場合、前後の出来事はそれぞれ別件だったりすることもあるよ!
白い腕は元々学生寮の方に居たのかもしれないしぃ」
「何があったのかを考えるのも面白そうな話だったわね。
最後、クマ子。何か体験談とかあるの?」
「……ない。……が、前にネットで読んだ話をしよう」
花子がインターネットの書き込みで見た話――。
~赤い服の女~
話の投稿者F氏には、E子さんという文字や通話でしか話したことがない女性の知り合いがいた。
彼女はイラストレーターとして個人で活動しており、仕事をお願いしたのが切っ掛けで何度か話すようになった。
互いに少し打ち解けてきた頃、F氏が自分の身の上話をするとE子さんも自らの事を語り始めた――。
彼女は現在引きこもり状態であり、一人暮らしを始めてからは殆ど外出していないと言う。
そのため自宅に居ながら働く方法として今の仕事をするようになったそうだ。
対人恐怖症か、それとも他に理由があるのか。
失礼だとは思いつつも、その時のF氏は踏み込んだ質問をしてみたのである。
その問いに彼女は答えてくれた。
自身が外に出られなくなった理由を――。
E子さんは幼い頃から親の仕事の都合で引っ越すことが多く、その都度二つの理由から新しい土地へ移るのを嫌っていた。
一つは引っ越し先で新たな友達と仲良くなれても、数年後にはまた別の場所へ移り住むことを繰り返していたため寂しい思いを何度もしていたからだ。
二つ目は、夢を見ること。
最初の家に住んでいた時、幼かったE子さんはある夢を見た。
夏の時期――そこは普段自分が通っている通学路で周囲には自分以外の人はおらず、遅刻していたE子さんは学校へ向け走っていた。
校舎が見えてくると十字路に差し掛かる。
ここは車が通ることが多く、必ず左右確認をして渡るように大人達から注意されていた。
走っていたE子さんもそこでは一時的に歩くようにして速度を落とすと、十字路の脇から人が出てくる。
その人物はどうやら女性らしく、黒く長い髪を垂らし、夏だというのに赤いトレンチコートを着ていた。
思わずE子さんは、その場で足を止める。
赤い服の女を目で追いながら”それ”が十字路を横切り姿が見えなくなると、E子さんは目を覚まし夢はそこで終わった。
そして初めての引っ越し。
新たな土地に慣れた頃には、周りの地形や物をおおよそ把握する。
どんな道があり、どんな建物があるか、そしてどんな人が居るかを。
それを把握した頃、E子さんはまた夢を見た――。
そこは近所のスーパーでE子さんが買い物をしていると、自分の立ち位置からは縦に並ぶ商品棚が幾つも見えた。
その棚の向こうの通路をあの赤いトレンチコートの女が歩いていた。
棚に体が隠れ、再び姿が見えるのを繰り返しながら横切っていく。
それを目で追いながら次の棚の先から姿を現すかに思えたが、誰も出てこない。
その次の引っ越し先で見た夢――。
自宅の呼び鈴が鳴らされ、室内からカメラ付きインターホンの映像を確認する。
画面には荷物を持つ配達員が“お届け物です”と告げ、E子さんが出ようとすると配達員の後ろを赤い服の女が横切っていた。
そして、最後に見た夢――。
自室から出た時、廊下の先であの女が横切っていくのが見えたのだ。
その後一人暮らしを始めてからは、外出する事があっても同じ道、同じ場所を利用することはなくなった。
自分の通る“道”が定まってしまうとまたあの女が現れ、最終的に自宅に居たヤツに次会ってしまうとどうなってしまうのか分からず、恐ろしくてたまらない。
幸い今のやり方であの夢を見る事はなくなったが“これからも私は引籠もっていると思います”、彼女はF氏にそのように語っていたそうだ――。
「なっ、何なんスか……その話」
「そんなのがだんだんと近づいてきているなんて嫌だね……」
「んっ?」
私は異変を感じ、カーテンの閉まった窓の方を見た。
「どっ、どうしたの? 東林さん……」
「そういうの止めてほしいっス!」
「いや、脅かそうってんじゃなくてさ」
私は立ち上がり窓の前まで行くとカーテンを掴み、思い切り引いた。
「ひいいぃぃ~っ!」
「あっ」
後ろで騒がしいハム子は放っておき、私は外の景色へ目をやる。
「雨、止んでる」
そして部屋が明るくなった。
「ひゃああぁぁ~!?」
それは、ただシシ子が電気を付けただけである。
「さあ皆様、そろそろお開きにしましょう」
時計を見ると日付が変わっていた。
「……私も風呂に入る」
「まあ、それなりに楽しめたし良かったわ」
そうして皆就寝の準備を始め、合宿一日目が終わろうとしていた。
次回へ続く。
尚、今話で語られた五つの怪談は実話である。




