第100話 夜遊び
夕食後、皆で後片付けを済ますとひなたとギャル子は風呂へ入る。
リビングではスマートフォンをいじるクマ子の隣で私とハム子はテレビを観ていたが、見慣れない地方の番組に興味は引かれず退屈だった。
「何か暇潰しになるものないの?」
「トランプなら持ってきてるっスよ?」
「定番って感じだけど、それでいいわ。
ほら、クマ子もやるわよ」
「……ん」
らむねとシシ子は自分達の寝室で着替えを用意しながら、風呂が空くのを待っていた。
ハム子がトランプを持ってくると、カードをシャッフルしながら尋ねてくる。
「さあ、何やるっスか? やっぱりババ抜きにしますか?」
「え~、つまんないわよ。ここは“大富豪”でしょ!」
「……ローカルルールで揉めるだろ」
私達が話していると着替えを持ったらむねが下りてきたため、彼女を加えた四人で”大富豪”をすることになった――。
一戦目を終えたところで、風呂から出てきたギャル子とひなたはリビングで遊ぶ私達に注目する。
「ああ~! トランプやってる! あーしもやりたい!」
ギャル子の声を聞きつけ、二階からは普段髪に付けているリボンを外したシシ子が下りてきた。
「らむねさん、参りましょうか」
「はっ、はい!
あの……どうしよう、わたし大貧民だけど……」
「気にしなくていいわよ。どうせ大富豪なのクマ子だし。
クマ子あんた次、平民ね」
「……はぁ」
呆れた様子で溜め息をつくクマ子の隣にギャル子が腰を下ろす。
彼女はメイクを落とし、髪も下ろしていたため普段よりも印象が違って見えた。
「ギャル子、なんかさっぱりしたわね」
「ん? うん! お風呂入ったから!」
「……そうじゃないだろ」
「ひなさんもやりますか?」
「私はこっちで続きやりたいから、気にしないでぇ」
ダイニングキッチンの長テーブルで作業をするひなたに見守られながら”大富豪”二戦目が始まり、手元にカードが配られた。
一戦目で富豪になった私は、手札を確認し終えるとハム子に要求をする。
「さあハム子! 一番強いカードを一枚貰おうかしら」
「ぐぬぬ……、こういう時に限って良いのがくるんスよね……」
彼女が差し出したカードを手札に加え、私は好きなカード一枚をハム子へ渡す。
すると、私達がやっているのが気になったのか、“ロリポップ”は私のすぐ後ろへ近づいてきた。
「アンタはトランプって知ってる?」
こちらの問い掛けは無視して、“ロリポップ”は私の手札を覗き込む。
私も勝ち筋を考えながら手札に視線を戻す。
私と“ロリポップ”の瞳には、二枚のジョーカーが映っていた。
(これが揃っていれば敵なしよ!)
ここでのルールでは最強ともいえるジョーカーでも、1枚出しではスペードの3に負けてしまう。
だが、2枚出しであれば負けることはない。
この特別なカードが二枚揃えば、誰にも止めることは出来ないのだ。
浴室では、らむねが髪を洗っているところに董華が入ってきた。
「さあ、らむねさん! お約束通りお背中をお流ししますわ!
これより先は……はしたないですわよ!」
「普通でお願いします……」
適度な力加減で背中を洗われるらむねは、気まずさから何か話そうと思い、自分の事を尋ねることにした。
「獅子上さんは……私がドールの力でやった事は知っているんですか?」
「はい……それとなくは伺っておりますわ」
らむねが自身の境遇と行いの詳細を董華に語っていると、次第に手に力が入る。
「私……今は後悔しかありません……、どうしてあんな馬鹿な事をしてしまったんだろうって……。
もしも、みんなとの出会い方が違っていれば――」
らむねは自分の拳を見つめる。
「――今も、みんなの力になれたのに……」
「らむねさん……」
「みんなが危険を冒してドール・ゲーム解決のために動いているのに、自分が戦力になれないことが悔しくてならないんです……。
“暴君”は、もう居ないから……」
「弥兎さんが倒さなければ……とお考えなのでしょうか?」
「いえ……あの時の私が目を覚ますには、ドールの力を失う他なかったと思っています。
東林さんと熊見さんには、助けられたという思いしかありません。
だからこそ……私自身がもっと強くあれば良かったんです。
嫌なことを拒む勇気を持って、親にも隠さずに事実を伝えれば良かった。
私を助けてくれる人なんて居ないと決めつけず誰かに頼れれば、結果は変わっていたかもしれません」
「わたくしも……悔やまれてなりませんわ。もっと早くにらむねさんと出会えていれば、何かお力になれたかもしれませんのに……」
「獅子上さんが気にされることなんてないですよ」
「それでも……友人が苦しんでいる姿を見ると、わたくしも苦しいのです……。
ですがっ!――」
声に力が籠もった董華の方へ、らむねは背中を向けたまま顔を向ける。
「――今はわたくし達がおりますので、幾らでも頼ってください!
見返りを求めず助け合えるのが、友人というものですわ!」
「獅子上さん……。はい、ありがとうございます」
らむねが正面へ向き直ろうとした時、彼女の視線は董華の首から下へ向けられた。
「……」
正面を向くと肩を落としたため、董華はらむねへ問い掛ける。
「どうかされまして?」
「いえ……ただ、世の中って平等じゃないですよね……」
「?」
私達がリビングで行っている“大富豪”は、三戦目が終了していた。
「やっぱりやった事あるゲームだと飽きるわね」
「あーしは楽しいよ!」
「折角だから他のゲームもやってみない? こことか何か入ってんじゃないの」
私はテレビ台の戸棚を開けていく。
「おっ、何だ、あるじゃない」
戸棚の一角には使い古されたトランプやオセロ、将棋などの遊び道具が入っていた。
その中にあった大きく平たい箱に興味を引かれ、私は引っ張り出して皆の前に置く。
「これなんか面白そう」
それは“ラスト・ゲーム”と題されたボードゲームだった。
パッケージにはファンタジーな世界観のイラストが描かれている。
「どれどれ……」
箱を開けるとゲームボードと駒に加え、大量のカードが入っていた。
私はそこそこボリュームのある説明書を取り出し数ページ捲るが、ルールを把握するのを諦めクマ子に丸投げした。
「クマ子、解読よろしく」
「……」
黙って受け取ると、クマ子は内容に目を通す。
彼女がルールを把握するまでの間に、私達はゲームで使用する物を箱から出して床に広げた。
「クマちゃん、簡単そう?」
「……難しいから安心しろ」
「不安になるっス!」
シシ子とらむねが風呂から上がった頃には、クマ子からのルール説明が始まっていた。
このゲームを始めるにはタイプの異なるキャラクターカードの中から自身の分身となるキャラを選び、それに該当する駒とキャラクターボードを手元に置く。
その他にイベントやアイテム、サブキャラクター、敵キャラクターといった種類の異なるカードの束を参加プレイヤーが取りやすい位置に並べる。
次に大きなゲームボードを広げ、四隅にある各スタート地点に参加プレイヤー全員が駒を配置し、準備完了だ。
盤面にはスタート地点に加え砂漠や火山、海や森、果ては天空都市など系統の異なる場所が描かれた九つのメインエリアと、それらの周りに“すごろく”のような小さなマスが連なり道のようになっているサブエリアで構成されている。
ターンプレイヤーはサブエリアのマスを移動していき、止まったマスの効果に従う。
ここでイベントカードやアイテムカードを引いたり、キャラクターのステータスを上げることが可能だ。
キャラクターには兵力値という数字が記載され、これはイベントカードやマスの効果でサブキャラクターを加える際に重要になる。
自分の仲間に出来るサブキャラクターのカードには兵力レベルが書かれており、メインキャラクターの兵力値がサブキャラクターの兵力レベルを満たしていなければ仲間にすることが出来ない。
強力なサブキャラクターは兵力レベルが高いため、強いパーティーを組むには兵力値を上げていく必要がある。
ここまでして仲間を増やし自身を強化するのは、メインエリアに敵キャラクターが待ち構えているからだ。
メインエリアのマスでは、レベル1~3の三段階の強さに分かれた敵キャラクターがおり、プレイヤーは好きなレベルの相手と戦闘を行うことが出来る。
戦闘になると該当するエリアとレベルにあった山札から敵キャラクターのカードを捲り、そのキャラと戦闘を行う。
この時サブキャラクターを持っていれば、戦闘に参加させて戦いを有利に運ぶことが出来る。
敵キャラクターカードの端には獲得ポイントの数字が記載されており、レベルの低いキャラほど倒すのは容易だが得られるポイントは少ない。
逆にレベルの高いキャラほど倒すのが難しい分ポイントは大きい。
敵キャラクターを倒すとそのカードを自分の手元へ置き、そこに記載された数値が現時点での自分の獲得ポイントとなる。
敗北した場合は負けた敵キャラクターに記載された獲得ポイントと同じ数値分、所持している獲得ポイントを失ってしまう。
また各レベルの敵キャラクターのカード枚数には限りがあるため、呑気にサブエリアをぐるぐる周ってステータスアップを優先していると、各地の倒しやすいキャラが狩りつくされてしまう。
自身とパーティーの強化、そして戦闘のバランスが重要という訳だ。
決められたターン数を各プレイヤーがこなしていき、全てのターンが終了した時点で点数計算へ移り、最終的に獲得ポイントが最も高いプレイヤーが勝利となる。
「……分かったか?」
「クマちゃん……もっかい言って」
「……まあ、やっていけば分かるだろう」
正直、一度口頭で説明されてもピンとこないので、やった方が早いだろう。
ゲームは私、ハム子、クマ子、ギャル子の四名で行っていた。
皆は順調に仲間を増やしポイントを得ていったが、私はイベント、アイテムカード、マスの効果で兵力値アップばかりを引き当て、自身の強化と仲間を増やせずにいた。
ゲーム中盤で他三人とはだいぶポイントを離されてしまったが、まだ逆転のチャンスはある。
各メインエリアには一体ずつ、倒せば高得点を得られるボスキャラが居るのだ。
とても倒されることを想定しているとは思えないステータスだが、今の私なら強力な仲間を得れば倒せるだろう。
これに全て掛かっているのだ――。
ゲーム終了――。
「はあ~……」
健闘虚しく、結局私は最下位になった。
「ウサさん、ある意味凄いっスね……」
「……逆に難しいだろ」
私は獲得ポイントこそ低いものの、偶然が重なり兵力値は100となっていた。
他三人の動きを見るに、通常出し得ない数値だろう。
この状態で強力なサブキャラクターが揃っていれば、全てのボスを倒しきる事すら出来たはずだ。
「あ~あっ! 仲間が揃ってれば勝てたのに!」
決着が着いたところで、シシ子が参戦を表明する。
「次は、わたくしも参加したいですわ!」
「もち! らむちゃんもやる?」
「私はいいです。難しそうなので……」
シシ子が私の隣に腰を下ろすと、先程まで風呂に入っていたためか何時にも増して良い匂いがした。
優しくも上品な香り――。
(なんと表現すればいいんだ……フローラル?)
気が逸れそうになったが、ゲームに意識を切り替えた。
「次はこっちのルールでやりましょう。私、ホストやってみたい」
このゲームにはホストプレイヤー有りの特殊ルールが存在する。
通常ルールでは参加プレイヤーの上限が四人だが、このルールでは一人ホストプレイヤーを加えることが出来る。
ホストはサブエリアに“?マス”を配置し、プレイヤーがそこに止まるとそのマスの裏面に書かれた効果を適用する。
また敵キャラクターもホストが好きなエリアに配置可能で、各メインエリアでどの敵が出現するのか分からなくさせられる。
そして各プレイヤーは獲得ポイントが無い状態で敵キャラクターに戦闘で敗北した場合、その時点でゲームオーバーとなるのだ。
ホストは、ひとたびゲームが始まれば見届ける事しか出来ないためゲームのディーラーに近いが、一戦目で集中力が切れたので、この立場で十分だった。
ゲームが進行していく中、私は盤面と皆の様子に目をやる。
「ん~、悩むっスね……」
「あちゃ~」
「……」
「やりましたわ!」
盤面の中で苦悩し、もがくプレイヤー達。
彼女らがどれだけ足掻こうとも、誰も私に被害を与えることはない。
こちらは盤面に影響を及ぼせたが、向こうからホストへ干渉することは不可能である。
今の私の絶対的な優位性を持って安全な場所からゲームの行く末を観察出来る立場は、正しく“神の視点”と言えるだろう――。
「ふあぁ~……」
二戦目が終了すると、ひなたは口元に手を当てながら大きなあくびをする。
寝ぼけ眼は僅かに開閉を繰り返しているが、今にも眠りにつきそうだ。
「ひなちゃん、おねむ?」
「うん、私そろそろ休もうかなぁ~……」
まだ日を跨ぐ時刻ではないが、何となく早寝なイメージのあるひなたには限界なのだろう。
「わたくし達は気になさらず、おやすみになってください」
「うん、そうさせてもらうねぇ~」
ひなたはフェルトアートを片付けると、洗面所へ向かい歯を磨いているようだった。
「みんなはまだ大丈夫?」
「わたくしは平気ですわ」
「はい」
「自分もっス」
「じゃあさ、これからパジャマパーティーにしよ! あーしみんなでお喋りする時のためにお菓子買っといたから!」
「自分もあるっスよ」
「わっ、私も持ってきます」
ゲーム大会の次はパジャマパーティーが行われることになった。
「みんなぁ~、おやすみ~」
「おやすみ~」
「おやすみなさい」
ひなたが寝室へ向かった後は、駅前のスーパーで各々が購入していたお菓子や飲み物を持ち寄り、談笑していた。
「あーし、ちょっとトイレ~」
ギャル子がリビングを離れて暫くすると、突然部屋が真っ暗になる。
「なっ! 何スか!?」
リビングの照明のスイッチの所にはギャル子が立っており、どうやら彼女が電気を消したようだ。
「何してんのよ」
「ふっふっふ~! 夜も更けてきたことだしぃ~そろそろアレを始める頃合いじゃない?」
「何するつもり?」
「夏の夜にみんなで集まってやる事なんてひとつっしょ!」
そうしてギャル子は、どこからか持ち出したスイッチ式のランタンを自分の顔の下で灯し、私達に告げた。
「怪談だしぃ~!」
次回へ続く。




