第97話 飛び込み
皆に不安と緊張が走った。
「……“まるこげ”、ゾーンを閉じてくれ」
クマ子は直接頼むが、“まるこげ”は何もしようとしない。
「……駄目だな」
何度か試しているようだが、結果は変わらなかった。
「どうなってんのよ……」
クマ子は少し考えてから、持論を述べた。
「……どうやらこれが、通常のゾーンとデュアルゾーン、それぞれのメリットとデメリットなのかもしれない」
皆はクマ子の話に耳を傾ける。
「……先にゾーンを展開した者は魔力を消費し、以後4時間は再発動が出来なくなるが、ゾーンリセットを行えるメリットがある。
……引き込まれた方はゾーンの発動と魔力に変化はないが、いつでもゾーンリセットをくらうデメリットが生じる。
……デュアルゾーンを発生させた者は、魔力と再発動までのデメリットは同じだが、相手の発生権を消失させることが出来る。
だが、これは相手の発生権を自分が得たわけではない。
……デュアルゾーンになれば閉鎖を行えなくなり、展開時間終了まで互いにゾーンから出られなくなってしまうようだ」
「相手のゾーンに引き込まれれば、自分はゾーンの発動を残せておけるけど、何時ゾーンリセットされるか分からない。
だからと言ってデュアルゾーンを発生させれば、閉じるまで出られない……か」
「……いや、一つだけ……デュアルゾーン中でも閉じる方法はある」
「あっ、そうか」
「……ギロチンの時と同じだ、発生者を倒せばいい。キラードールを倒せば、その瞬間にゾーンは閉じられる。
……それが展開時間終了前にゾーンから出る唯一の方法だ」
二度の検証により私達がデュアルゾーンを大まかに理解したところで、シシ子は提案をしてきた。
「花子さん、この状況でさらに三回目のゾーン展開を行った場合はどうなるのでしょう?」
「……確かに気になるな。計測もしていることだ、トリプルゾーンも試してみるか。
……董華、ゾーンを展開してくれ」
「分かりましたわ、……っ!」
(……?)
返事をしたが、シシ子はゾーンを展開しない。
「どうかした?」
「あら? んっ……! やっているのですが……。“キング”、ゾーンを展開してくださいまし」
直接頼むも、“キング”からゾーンが発生することはない。
「私も試してみる。んっ……! ちょっと、“ロリポップ”!」
何度か試みるが、私もゾーンは展開出来なかった。
結果、重複して発動出来るのは一度だけ、デュアルゾーンまでということが分かったのだ――。
検証が終了したものの、デュアルゾーン中である今は展開時間終了までゾーンは閉じないため、時間の使い方に悩んだ。
「後30分は閉じないけど、どうする?」
「じゃあ、そろそろ川で遊ぼうよぉ~! そのために来たんだしぃ!」
テンションの高いギャル子は“みたらし”と共に川岸に立つ。
「“みたらし”も水浴びしたいっしょ?」
ギャル子が尋ねるも、“みたらし”は川へ入ろうとしない。
そもそもコイツらは暑さを感じるのだろうか。
クマ子はスマートフォンをいじりながら、何かを打ち込んでいる。
恐らくデュアルゾーンのことを書き留めているのだろう。
ひなたはハム子とらむねの元へ近づき、話しをしている。
彼女はあの二人と余り話せていないからこそ、コミュニケーションを取ろうとしているようだ。
「らむねちゃん、触ってみる?」
ひなたは“まくら”を撫でながら促す。
「えっ、じゃ、じゃあ……お言葉に甘えて」
らむねは“まくら”の綿のところを撫でた。
「うわぁ、ふわふわだ」
「ねぇ~。枕にして寝させてもらうのも良いんだぁ~」
「らむさん、ハム蔵さんの頬っぺはモチモチで気持ちいいっスよ!」
今度はハム子が自分のドールを薦める。
「はっ、はい。それじゃあ……」
今度はハム蔵の頬袋をらむねが触っていると、ひなたが問い掛けた。
「らむねちゃんが一緒だったのは、どんな子だったの?」
「えっと……、“暴君”っていうゴリラ型のドールです。
“まるこげ”と背丈とか腕が太く長いのは同じですけど、もっと筋肉質にした感じですね。
目は黒いですが、みんなのドールよりかは大きな瞳をしていました。
後、前腕と左目が隠れるように包帯を巻いていたんですよ」
「体の色は?」
「青ですけど、そこまで気になりますか?」
ひなたは胸の前で両手を合わせると、小首を傾げて答えた。
「実はね、フェルトでみんなのドールを作ってきたんだぁ。
らむねちゃんと真奈美ちゃん、花子ちゃんの子は見たことなかったから、合宿中に作って渡そうと思って」
「ひなさん、そんなこと出来るんスか!?」
「それは嬉しいですけど……それなら絵に描いたりした方が分かりやすいですか?
私、苦手ですけど……」
ひなたを中心に話が盛り上がる三人を遠巻きに見ていたシシ子は、私の隣に来て声を上げる。
「弥兎さん! どうしてひなたさんは、お二人とあれ程自然にお話しが出来ますの!?」
「う~ん……らむねはともかく、ハム子は気構えが出来ていない時に急に何か起こるとびっくりしちゃうタイプだから。
グイグイくる奴よりかは、ひなたみたいなふわふわした奴の方が話しやすいんじゃない?」
それを聞いて、シシ子は私の両手を自分の両手で包むように握り、鼻がくっつきそうなくらい顔をぐいと近づけてくると、切実な表情で訴えかけてくる。
「わたくし! お話しする際はお相手の方に失礼のないように心掛けているつもりですが、何か圧を感じる接し方をしておりますの!?」
「それよ! それ!」
私はシシ子の手から両手を引っこ抜き、助言をした。
「ハム子にはさ、気持ちが高ぶってもぐっと堪えて、落ち着きをもって接してみたら?
そもそも仲良くなる切っ掛けなんて人それぞれだから、無理に“この合宿中に!”って意気込まなくてもいいと思うけど」
「そう、ですわね。……気を付けますわ」
三人を見ると、ひなたは話の輪から抜けてクマ子へ声を掛けに行っていた。
ハム子とらむねは、川岸に居るギャル子の元へ向かっていく。
シシ子はひなたに倣って行動に移す。
「わたくし、花子さんとは余りお話し出来ておりませんので、行って参ります!」
シシ子は威勢良くクマ子の元へ駆けていった。
「……」
ぽつんと残され、手持ち無沙汰からロリポップを舐めようとウエストポーチへ手を伸ばす。
「あれ? ああ……そうだ……」
万が一水に浸かると困るので、置いてきたのを思い出した。
「ちぇっ」
仕方なく川岸に居るハム子、ギャル子、らむねの方へ向かい、川の流れを眺めている三人へ話し掛ける。
「ところで川遊びって、何するの?」
「川に入るんじゃないかな?」
「おーし、ハムちゃん! 行こ!」
「ちょおっ!? ギャルさん!」
ギャル子はハム子の手を引いて川へ入り、踝まで水に浸かる。
「今のあーしら、完璧に川をエンジョイ出来てるよね!」
「涼しくはなりますが……これで合ってるんスかね?」
海と違って泳ぐことも出来ないため、良い遊び方が見つけられないでいた。
折角なので私とらむねも川へ入り、足だけ浸かりながらやることを考え、下流の方へ目を向ける。
「あっちって、来る時通った橋の下に続いてんの?」
「そうなんじゃないかな?
結構な高さがあったから、向こうは傾斜が激しくなって危ないかもね」
「ふ~ん」
私は反対に川上の方へ目をやると、小さな滝が見えた。
滝壺はこの辺りでは一番深く、傍に大きな岩まであるとやることはひとつしか思い付かない。
「飛び込みでもする? ――ハム子が」
「何でっスかぁ!?」
「髪が濡れちゃいそうだし……、どうしようかな……」
「……やった方がいい」
会話を終えたクマ子が口を挟んできた。
後ろからは、シシ子とひなたもこちらへ近づいてくる。
「……折角川に来たんだ。良い思い出になるさ」
「クマちゃんもこう言ってるしさ! やろやろ!」
「クマさんもやるんスか?」
「……私はやらん」
「何なのよ……」
滝周辺の岩場へ移動し、私、ハム子、らむね、ギャル子の四人は、スマートフォンや腕時計を濡れないところにひとまとめにしてから岩へ上る。
そんな私達を、ひなたは“まくら”に腰掛けた状態でにこにこしながら見ていた。
川の水は澄んでいたが、ゾーン展開中であるため景色は何とも味気ない。
しかし、水辺の冷たい空気は元の世界と変わらないため、飛び込めばさぞ涼めるだろう。
だが、いざ滝壺へ目をやると躊躇してしまう。
怖いというよりかは、髪まで濡れてしまうことが嫌だった。
「やっぱりギャルさんは、止めておいた方がいいんじゃないっスか?」
「そうよ。あんたメイク落ちちゃうんじゃない?」
「そんなの気にするより、楽しもうよぉ~!」
そう言いながら、ギャル子は“みたらし”に跨がる。
「あんた、一緒に飛ぶつもり?」
「今は“みたらし”達もここに居るんだよ! みんなで楽しまなきゃ損だよ!
それじゃあ、お先ぃ!」
ギャル子は“みたらし”に乗って、躊躇なく滝壺へ向けて飛び込んだ。
「ひゃっほ~っ!」
着水と同時に大きな水飛沫が上がる。
「んん~……最高ぉ~!」
水面からワニのように顔と背中を覗かせる“みたらし”に乗ったまま、ギャル子ははしゃいでいた。
下半身は完全に濡れてしまうだろうが、アトラクションのようで確かに面白そうだ。
私は“ロリポップ”に乗って準備を整える。
「よし! 私に続きなさい、ハム子!」
「えっ!? ハム蔵さんに乗れるでしょうか……」
恐る恐る、ハム子は四足歩行の体勢になったハム蔵の上に正座するように乗り、顔に掴まる。
見た感じは、かなり窮屈そうだ。
「えっと……私は」
戸惑っているらむねの元には、“まるこげ”がやって来た。
「えっ……?」
らむねは“まるこげ”を見てから、クマ子の方を見る。
「……一緒に飛んでやってくれ」
「あっ、ありがとう、熊見さん。よろしくね、“まるこげ”」
らむねが声を掛けると、“まるこげ”は彼女の腰を掴み、掲げるように高く持ち上げたまま飛び込んだ。
「待ってっ!? きゃあああ~!」
先程より大きな水飛沫が上がる。
「ああ!? 私が行こうとしてたのに……!
行くわよっ! “ロリポップ”っ!」
岩場を蹴り上げ、誰よりも高く跳んでから一気に降下し始めた。
「ふううーっ!」
着水し下半身は完全に水浸しだが、それよりも楽しさが勝り、最早濡れることなど気にならない。
「ひいいぃぃ~っ!」
次いでハム子とハム蔵が飛び込み、ハム蔵は水面に腹を強く打ち付け、心なしか痛そうであった。
「うぅ~……結局水浸しっス」
「もうそんなのいいから! もう一回行くわよ!」
「おお~っ!」
全員キラー・スタッフト・トイに乗ったまま水辺から上がると、ドール達は軽々岩の上まで登り、私達は再び滝壺へ飛び込む。
「ひゃっほ~っ!」
“まくら”はひなたを乗せたまま、滝の周りを駆けていた。
“まくら”が地面を蹴り跳び上がると、その後はゆっくりと降下しながら前へ進む。
それを繰り返している様は、まるでひなたが雲に乗っているようであった。
「ひなちゃ~ん!」
上空のひなたにギャル子が声を掛ける。
「夏樹ちゃ~ん」
それに答えてひなたが手を振り返す中、私達は川遊びを堪能していた――。
董華は花子の隣に立ち、口を開く。
「花子さん、先程は“思い出に”とおっしゃっていましたが、他に狙いがあるのではないですか?」
花子は、自分の意図を察していた董華に驚くことなく答える。
「……ああ。分かり切っている事ではあるが、実際に見てもらった方が実感しやすい。
……そのためにも、あいつらには出来るだけ濡れてもらった方が良い。
……これについては、後で話すさ」
「そうですか。だんだんあなたという方を理解してきましたわ。
常にこの事態に真摯に向き合い、わたくし達が気付けていなかったことを共有し伝えてくださる。頼もしい限りです。
ですが、気の張り方が他の方より違うように見受けられますが、気のせいでしょうか?」
「……」
花子は、言葉を選びながら答えた。
「……人それぞれだろう。それに過大評価が過ぎるぞ、お前の方が優れているんじゃないか?
……夏樹から聞いたぞ、成績優秀だそうだな」
「勉強が出来るからといって、優秀とは限りませんわ。
人の能力は生まれながらの才能に加え、その後の学びと経験で測れると思います。
そうした面ではわたくし――、この夏を通して弥兎さんには感心いたしました。
勉学においては新しい事への覚えが早く、以前の戦闘では、ひなたさんへ的確に指示をしていらっしゃいました。
ドール・ゲームについて教えていただいた際――特にキラードールに関しては、対象をよく観察していらっしゃる印象を受けましたわ。
ご本人がお気付きかは分かりませんが……相手の特徴を素早く捉え、対処に転じる観察眼は、弥兎さんが持つ才なのかもしれません。
それは、わたくしより花子さんの方がお分かりなのではないですか?」
「……」
花子は、無邪気にはしゃぐ弥兎を見ながらぼそりと呟く。
「……そうだな」
「わたくし達は憑依体の能力だけでなく、個人の能力にも違いがあります。
互いの不得意を補いながら、得意な面を活かせば必ずドール・ゲームを乗り越えられると信じておりますわ」
「……私もそのつもりだ。
……お前が加わったことは心強く思う、改めてよろしく頼む、董華」
「まあっ!」
花子が手を差し伸べる姿に歓喜の声を上げると、董華は花子の手を包むように握り、ぐいと顔を近づけた。
「ようやくわたくしをお認めくださったのですね! 花子さん! 嬉しいですわ!」
「……初めから煙たがってないぞ」
一頻り話が終わると、皆の様子を見ていた董華はうずうずとしだす。
「すみません、花子さん!」
董華は花子に一声掛けると、“キング”と共に皆の元へ駆け出した。
「わたくしもやりますわ~!」
「……はあ」
少女たちの歓声によって、灰色の世界は束の間、色づいていく。
「……」
そんな中、気を抜いた夏樹が一瞬辛そうな表情でいたのを、花子は見逃さなかった。
次回へ続く。




