第96話 風船
私の正面12時の方向にひなた、川岸側2時の方向にシシ子、4時にギャル子。
8時の方向にクマ子、坂道がある10時にハム子といった立ち位置だ。
殆どのキラー・スタッフト・トイが頭の上に風船を結び付けていたが、”みたらし”は体の右側面に、“キング”は背中に風船があった。
「シシ子。背中取られたら終わりだと思うけど、そんなとこでいいの?」
「念のためですので、お気になさらず」
「ギャルさんも、そんな位置で大丈夫っスか?」
「ぷぷぷっ! あーしなりに考えてるから、気にしないでね!」
「らむね、スタートの合図を頼む」
「うっ、うん」
手を挙げたらむねは皆に目をやり、私達は合図を待つ。
束の間、私は各キラー・スタッフト・トイの特徴を頭に叩き込んでいた。
コイツらに共通しているのは全身に縫い目と継ぎ接ぎがあり、二、三頭身で動物の姿をしたぬいぐるみであるということ。
二頭身のハム蔵は、耳の一部が欠けてしまっている。
頬袋は常に膨れた状態で、口からは齧歯類特有の大きく長い二本の前歯が露出していた。
前歯はその全てが刃物となっており、攻撃に用いるのだろう。
短い前足と後ろ足には攻撃に使うには心許ない小さな爪が生え、静止している時は二本足で直立し、移動の際は四足歩行になる。
表情がある訳ではないが、どこか気弱そうな雰囲気があった。
“まるこげ”の背丈はクマ子よりも高く横幅もあるため、この中では一番大きく見えるドールだ。
大きな頭部と同程度の胴体からは短い脚が生え、二本の太い腕は地面すれすれの位置までの長さがある。
常時二足歩行で、胸を張りながらのそのそと歩く。
右目は“ロリポップ”のような黒くつぶらな瞳だが、左目は大きなボタンになっている。
あれでちゃんと見えているのか、ずっと疑問だ。
口は小さくぽかんと開けており、普段はやや上方向を見ているため、常に上の空といった印象を受ける。
“みたらし”はややジト目の状態で、歯を剥き出しにして口角を下げているため、いつも不服そうに見えた。
縫い目や継ぎ接ぎがある本体を甲皮にあたる装甲で全身を覆っているため、ぱっと見は他のドールよりもボロさが目立たない。
走る際は基本四足歩行で、歩く時は二足歩行になる時もある。
立ち止まる時は後ろ足だけで立ってはいるが、普段から前のめりの猫背であり、前足は地面からほんの少し浮かせているだけであるため、四足歩行のイメージが強い。
前足の先端には、勾玉を丸く曲げたような二本の鉤爪があり、それを攻撃に使うのだろう。
“キング”は入江で会った時と変わらない。
“まるこげ”と同じくらいの背丈をした比較的大きなドールだ。
鬣によって顔をより大きく見せながら、他のドールと同様に黒いつぶらな瞳で相手を真っすぐ捉えているため、威嚇しているような威圧感がある。
キラー・スタッフト・トイの大半が真っ黒でつぶらな瞳をしている中、“まくら”だけは両目が“U”の字の形をしているため眠っているように見えた。
頭部の左右には角の代わりに糸巻きが付いており、顔や足には他のドールのように縫い目や継ぎ接ぎがある。
体の殆どが綿で覆われ、そこから顔と足が見えている状態だ。
綿には数本の大きな待ち針が刺さっており、ひなたが乗る時は背もたれ代わりにしていたのを思い出す。
“みたらし”同様走る際は四足歩行で、歩く時は二足歩行になる。
そして、背中を向けている“ロリポップ”。
地面に届く程の長い両腕をナックルウォークの姿勢で地に着けながら、逆関節になっている短い足と合わせた四足歩行をする。
戦闘時に両腕の先から三本の鉤爪を生やし、腕を振り回す際は一時的に二足歩行にもなる。
顔には黒いつぶらな瞳。鼻の下から左右下へ広げた大きな三角の口から剥き出しにした歯を覗かせて、未だに何を考えているのか分からないヤツだ。
「スタートっ!」
らむねの開始の声を受けて、最初に動いたのはハム蔵だった。
即座に方向を変えて、“まくら”へ向かって真っ直ぐ走り出す。
「ひなさんっ! 失礼するっス!」
ハム蔵が“まくら”の頭にある風船目掛けて刃物の前歯を向けた瞬間、“まくら”は地面を蹴って上へ跳んだ。
攻撃を外したハム蔵が真下に来たタイミングで、空中からゆっくりと降下してきた“まくら”は全身を覆う綿から裁縫針を真下へ伸ばす。
「んなっ!?」
破裂音と共にハム蔵の風船が割れる。
「ごめんねぇ~、真奈美ちゃん」
「“みたらし”~! 突撃だしぃ~!」
次いでギャル子が声を上げると“みたらし”は体を丸めて球体になり、転がりながら“キング”へ向かっていった。
頭に風船を付けていれば即割れていただろうが、“みたらし”は右側面に付けているため、転がったところで割れることはない。
“キング”は後方へ何度か跳んで、急接近してきた“みたらし”を避け、川に入って足が浸かる状態になった。
(この隙に……!)
私は間髪いれずに、“ロリポップ”を“キング”へ向かわせる。
連続で攻められれば、咄嗟の対処が難しくなるはずだ。
だがシシ子を見ると、“みたらし”が通過した直後に“まるこげ”から“ロリポップ”へ視線を移し、既に警戒していた。
“ロリポップ”が跳んで鉤爪を出すと、“キング”は鬣を刃へ変化させる。
その後、水面近くまで首を下げて鬣を回転させると水が勢いよく巻き上がり、“ロリポップ”に直撃して接近を阻んだ。
「ああっ!?」
一方“キング”に躱された“みたらし”は、速度を落とさずに着地した“まくら”へ向かっていく。
「ひなちゃん! 覚悟だしぃ~!」
「“まくら”っ!」
ひなたが声を上げると、“まくら”は再び地面を蹴って上へ跳ぶ。
球体化している“みたらし”を躱し、ひなたが一安心すると“まくら”の風船が割れた。
「ふえっ!?」
驚いたひなたがクマ子の方を見ると、“まるこげ”がゲーム開始時の位置から動かずに投球を終えたフォームで立っていた。
「ちょっと、クマ子! 卑怯よ!」
私は、“まるこげ”が投石を行ったところを見ていたのである。
「……物を投げてはいけないルールはない。
……そもそも“まるこげ”は動きが遅い、この状況で相手を傷つけずに風船を割らなければならないのなら、自ずと手段は限られてくる」
「あんた遠距離だとすぐ投げたがるわね」
「……届かないからな」
「脱落だよぉ~」
「みんなーっ! お喋りしている暇は無いしぃ~!」
方向転換した“みたらし”は川に陣取ったままの“キング”へ突っ込んでいった。
「……おい、夏樹――」
「んっ?」
思わずクマ子は指摘しようと声を上げる。
だが時既に遅く、“みたらし”が川に入ると速度と回転は急激に落ち、“待ってました”とばかりに“キング”が“みたらし”に掴み掛かると、風船を割った。
「ああ~っ!?」
「……董華の思う壺だろ」
「すみません、夏樹さん」
私は“まるこげ”と“キング”へ目をやる。
(残すは三組か……。
“キング”は“まるこげ”を正面に捉えて、背中を見せないようにしている。
まさか入江の戦いで、クマ子が“高笑いの処刑女”に投石をしていたのを見て、初めから警戒していたのか?
それなら開始前にクマ子とは対極の位置に陣取ったのも、風船を丸見えにならない背中に付けたのも納得がいく)
考えてみれば、シシ子の戦闘を見たのは一度だけ。
私達が散々苦労した処刑女二体を一人で倒した彼女の実力は、いまだ底が知れない。
(だけど、読みが深い相手の考えは返って読みやすいわ……!)
「シシ子! いつまでもそこに陣取らせているつもり?」
私はシシ子に話し掛けながら、“ロリポップ”を“まるこげ”と“キング”の対角線上の中心の位置へ移動させて“キング”の方を向かせる。
これなら“まるこげ”が動かない限り、投石の心配がない正面から“キング”を向かわせるはずだ。
そして“まるこげ”が“ロリポップ”へ何かしらしてこようとしても、私の位置からは“まるこげ”の動きが丸見えであるため、回避の指示はいつでも出せる。
「ここが安全だとは考えておりませんわ。
お二人が結託すれば、わたくしが不利になりますもの……故に――」
「っ!」
“キング”は“ロリポップ”へ向けて走り出した。
「――先手必勝ですわ!」
「来なさいっ!」
“ロリポップ”は鉤爪の生えた両腕を構える。
そんな二体へ“まるこげ”も向かっていく。
足を曲げて姿勢を低くした“ロリポップ”の前まで来ると、“キング”は攻撃の動作へ移った。
(分かるわよ、シシ子。足を曲げて構えていたら、上へ跳んで後ろへ回り込んでから割ってくると考えているんでしょ。
だから“キング”は――)
私の予想通り“キング”は腕を振り上げた。
“ロリポップ”が上へ跳んでいれば、ちょうど風船が触れる位置だ。
だが、私の指示で“ロリポップ”は地面に右腕の鉤爪を突き立て、真横へ跳んだ。
正面から迫ってきていた“キング”を躱し、鉤爪が刺さった右腕を軸に体を回して背後へ回る。
「まあっ!?」
「いただきっ!」
鉤爪を地面から引き抜き“ロリポップ”が斬撃を繰り出すと、“キング”の風船は割れた。
「よっしゃ! ……あっ!?」
だが、“ロリポップ”が攻撃で体勢を崩した先には“まるこげ”がおり、背後から“ロリポップ”の肩を掴まれてしまう。
「ちょっと、クマ子っ! 放しなさいよ!」
「……放すさ――」
“まるこげ”は“ロリポップ”の風船を鷲掴みにすると、川原には破裂音が響いた。
そうして、“まるこげ”は肩から手を離す。
「――割った後にな」
「ぬぬっ……! おのれ、クマ子!」
「そこまで~! えっと……終わりってことでいいのかな?」
「はい。ハラハラして、とても刺激的でしたわ!」
「ふへへぇ~んっ! 悔しいしぃ~!」
「全然いいとこなかったっス……」
「憑依しないとやっぱり難しいねぇ~」
「……こうなる状況は避けたいが、やっておいて無駄にはならないだろう」
(憑依出来ない状況ねぇ……。
魔力が枯渇したことはないけど、それ程切迫した時はドールだけが頼みの綱だ)
私は近づいてからしゃがんで視線を合わせると、“ロリポップ”の頭に手を置いて話し掛けた。
「ほんとにヤバい時はアンタに頼るんだから、その時はしっかり決めなさいよ。
”ロリポップ”」
黒い瞳はこちらを真っすぐ見つめていたが、こちらの声が届いているのか――今の私に知る術はなかった。
「あっ」
ふと、私は腕時計へ目をやる。
「もうすぐ、27分」
私の声を受けて、皆が時計やスマートフォンで時間を確認している中、27分が経過した。
「……」
ゾーンは閉じなかった。
「一つ目の予想は外れたみたいね」
「……ああ」
それから暫くして34分が経とうとする。
再度、皆が時間に注目していると――。
「っ!」
ゾーンは閉じられた。
私はハム子を見る。
彼女と目が合うと首を横へ振ったため、自然に閉じたことは間違いなかった。
「クマ子……」
「……どうやら二回分の展開時間で閉じるようだな。
……このまま発生権の移行を確認する。ひなた、ゾーンを展開してくれ」
「うん。いくよ!」
彼女の掛け声で、“まくら”を中心にゾーンが展開された。
同時に腕時計のストップウォッチで計測を開始した私に、クマ子が声を掛ける。
「……今回は直ぐに閉じるぞ」
「あ、そっか」
だが、わざわざ止める必要もないと思いそのままにしていると、30秒経過した辺りでクマ子が動く。
「……今度は私がやる。……“まるこげ”」
クマ子は“まるこげ”に指示を出してゾーンを展開し、デュアルゾーンを発生させる。
直後ひなたに閉じてもらおうとしたが、やはりゾーンはそのままで、彼女は発生権を失っていた。
その確認が済んだことで、今度はクマ子がゾーンを閉じることになった。
これにより、発生権が後者へ移っていることが証明できる。
「……?」
「クマ子?」
彼女は訝しむ様子を見せるだけで、閉じようとしない。
「……」
「何してんのよ?」
「……閉じれないな」
「え……?」
次回へ続く。




