第4話 鼠
最寄り駅から賑わいをとうに失った商店街を抜ければ、周りの生活音すら耳に届かない住宅街がある。
その中にある二階建てのボロアパートが私の家だ。一歩ごとにカンカンと響く階段を上り玄関の戸を開ける。
「ただいま……」
誰もいない空間へそう告げる。テーブルの隅に置いてある封筒をタンスにしまい、ベッドへ倒れこんだ。
「はぁ」
室内へ視線を移すと“ロリポップ”は周囲を窺っている。今日の出来事は紛れもない現実であることを再認識する。
私は自分の身に起こった事を整理しようとしたが、しだいに意識は薄れていった。
翌朝は不快感が目覚まし代わりとなった。昨日は全身に嫌な汗をかいたせいで、体がべたつく。目覚めれば全てが夢であればといつも思う。
だが、今朝私の部屋にいるのは“ロリポップ”だった。
シャワーを浴びるため浴室に向かう際、わざと“ロリポップ”の前をすり抜けた。朝になればまた接触出来るかと思ったがやはりダメらしい。
シャワーを浴びると体をつたう水は、その滴の数だけ不安を洗い流してくれる気がした。
「よし!」
私は身支度を整えると今日も街へ繰り出した。
昨日と同じ繁華街、太陽が頭上に位置するには少し早い頃、当てもなく歩いていた。
ここへ来るまでの道中、“ロリポップ”に昨日と同じ質問を何度かぶつけたが反応もまた同じで、何も成果を上げられなかった。
口に咥えていたロリポップを前後に動かしながら考え込んでいると、雑踏の中にいる女学生に目が留まる。
私より少し年上に見えるその女は、オロオロとした様子で落ち着きがない。
通り過ぎる人と肩がぶつかるとびくつき素早く頭を下げていた。
私も普段は右目を閉じているせいで時よりぶつかることはあるが、あのような醜態は晒さない。
全くもってお笑いだ。何にそこまで怯えているのかは知らないが、ああいう心労を抱えて生きづらそうにしている学生を見ると、自分の生き方に自信が持てる。
思わず頬が緩んだが直後、私は目を丸くした。
遠ざかるその女の後ろを、縫い目と継ぎ接ぎが全身にあるハムスターのようなぬいぐるみが追従していたからだ。