【第2話】
リットー要塞へ近づくに連れて、地面がボコボコに凹んできた。
「足場が悪くなってきたな」
「【予測】おそらくユーバ・ツヴァイの爆破能力によるものだろう」
茜色の空の下に広がる足場の悪くなっていた戦場を眺め、ユーバ・アインスが答える。
「【補足】ユーバ・ツヴァイの兵装は地雷や空爆などの爆発系統を多く搭載している。【説明】大量の爆発系兵装によって大軍をまとめて薙ぎ払う戦法を採用することが多い」
「なるほどな。そりゃ厄介な弟機が残ったものだ」
エルドも話だけは聞いているものの、実際に相見えるのは初めてだった。
ユーバ・ツヴァイ――天下最強の『ユーバシリーズ』2号機にして高い攻撃能力を有する対軍戦闘の達人だ。続く3号機のユーバ・ドライに比べると大多数を相手に戦うことを得意とした機体である。
あの機体が戦場で運用されるようになってから、アルヴェル王国軍やアルヴェル王国側に属する傭兵団は回れ右をして逃げるようになった。ユーバ・ツヴァイが戦場に出てくれば、地面を踏んだ瞬間に爆発する恐れがあるのだ。足を吹き飛ばされれば最悪、死に至る可能性だって考えられる。
自立型魔導兵器『レガリア』と違って、改造人間は改造部分以外を吹き飛ばされてしまうと致命傷だ。
『おい、何か聞こえねえか?』
「?」
「【肯定】確かに音がするな」
通信機器から戦闘要員の声が聞こえてくる。
よく耳を澄ますと、窓の向こうから爆発音が立て続けに夕焼け空へ響いていた。問題の戦場であるリットー要塞が近くなっているのだろう。
これほど爆発音が立て続けに響いているところを見ると、かなり戦場は凄惨な状況になっていそうだ。2号機であるユーバ・ツヴァイが猛威を振るっているのだ。
エルドは顔を顰めると、
「戦場が酷そうだな」
「【回答】ユーバ・ツヴァイが戦闘しているのだろう」
ユーバ・アインスは遠くを眺めながら、
「【警告】爆発音がここまで届くならば周囲に地雷が仕掛けられていてもおかしくはない。エルド、警戒した方がいい」
「嫌なこと言うな」
ハンドルを握る手に思わず力が込められる。
爆発音が近づくに連れて、地雷が設置されている可能性があるなんて考えたくなかった。だが爆発系統の兵装ばかりを搭載されている2号機のユーバ・ツヴァイならやりかねない。
戦場は何が起きてもおかしくない危険極まる場所なのだ。ここに非戦闘員が存在しなくてよかったと思う。もし非戦闘員を乗せた大型車両がいれば、地雷で吹き飛ばされた途端に死者が多数出ることになってしまう。
すると、通信機器から聞こえていた仲間たちの声に雑音が混ざり始める。
『やだな地雷……ジジッ、ザーッ』
「あん? おい、どうした」
通信機器の摘みを操作して針を合わせるのだが、とうとう雑音だけになって何も聞こえなくなってしまった。通信機器の向こうから聞こえてくるのは『ジジジザザザザ』という耳障りな砂嵐ぐらいだ。
エルドは通信機器の故障を疑う。四輪車も整備はしているつもりだったが、通信機器までは気を回していなかったかもしれない。
拠点に戻ったら――いいやそれでは遅い。この先にあるリットー要塞の付近に展開されるアルヴェル王国側の拠点に到着したら、ユーバ・アインスに調子をみてもらうしかない。
「アインス、通信機器の調子は見れるか?」
「【回答】問題ない」
「じゃあ向こうの拠点に到着したら通信機器の状況を見てくれねえか?」
「…………」
「アインス?」
急に押し黙ったユーバ・アインスに、エルドは異変を感じ取る。
彼は雑音を垂れ流す通信機器をじっと見つめたまま動こうとしない。受話器を手に取ると、摘みを動かすことなくただ通信機器が応じるのを待ち続けた。
そしてついに、その時が来る。
『【応答】兄さん?』
通信機器から聞こえてきたのは、爽やかな印象を与える青年の声だった。
「【応答】ユーバ・ツヴァイか」
『【肯定】はい、当機はユーバ・ツヴァイです』
通信機器から流れる爽やかな印象の声は、2号機であるユーバ・ツヴァイの声だった。
車内に緊張した空気が流れる。エルドも自然とハンドルを握る手に力が込められた。
爆発系統の兵装しか持っていないはずのユーバ・ツヴァイが、通信機器をハッキングするとはそんな機能を持っていたのが驚きである。大勢の量産型レガリアを従えていた4号機のユーバ・フィーアのようなことをしてのける。
「【疑問】通信機器をハッキングする兵装など有しているのか?」
『【否定】リーヴェ帝国が開発した特殊な兵装を用いております。当機の兵装にはユーバ・フィーアのようにハッキングへ特化した兵装は搭載されておりません』
ユーバ・ツヴァイの受け答えは爽やかな声質だけど、どこか機械めいて淡々としていた。初号機であるユーバ・アインスの次に開発されただけあって、ユーバ・アインスと似ているような節がある。
それにしても通信機器をハッキングできるような兵装を開発するとは、リーヴェ帝国もタダではやられないつもりなのだろう。さすが天下最強の自立型魔導兵器『レガリア』ユーバシリーズを開発者を擁していただけある。
ユーバ・ツヴァイは淡々とした口調で、
『【疑問】兄さんはまだ生きておられたのですね?』
「【肯定】当機はまだ撃破される訳にはいかない」
『【疑問】それは兄さんが父さんから請け負ったとされる秘匿任務が関係しておりますか?』
ユーバ・ツヴァイは『【要求】止めませんか?』と言い、
『【回答】当機は戦闘に特化し、対軍戦闘に優れております。【提案】今すぐ退けば、当機は兄さん並びに兄さんが所属しております傭兵団「黎明の咆哮」を襲撃することはありません』
「【拒否】断る」
ユーバ・アインスの答えは決まっていた。
秘匿任務で、今まで3号機のユーバ・ドライから7号機のユーバ・ズィーベンまで撃破してきたのだ。今更ここで退けと提案されても退ける訳がない。
弟妹機の撃破が終われば、次は故郷であるリーヴェ帝国を破滅に導くだけだ。リーヴェ帝国を破滅に導くことが出来ればアルヴェル王国の勝利となり、エルドたちは戦場から解放されて世界は平和になる。
ユーバ・ツヴァイは小さくため息を吐くと、
『【嘆息】やはり兄さんは承諾してくれませんでしたか』
「【提案】当機も貴殿の投降を提案する。提案を受け入れれば、当機は貴殿を破壊することはない」
『【回答】それこそお断りです、兄さん』
やはりユーバ・ツヴァイもユーバ・アインスと同様に投降の提案を拒否してくる。退けない戦いが兄弟の間では存在しているのだ。
『【回答】当機は負ける訳にはいきません。必ずやリーヴェ帝国に勝利をもたらします。そこに兄さんが存在せずとも、当機のリーヴェ帝国の勝利は揺らぎません』
「【納得】そうか」
ユーバ・アインスは納得したように頷き、
「【回答】ならば、貴殿とは戦場で出会うことになりそうだな」
『【肯定】はい、兄さん。戦場でお待ちしております』
その言葉を最後に、ユーバ・ツヴァイの言葉は途切れた。
通信機器からも垂れ流しにされていた雑音が徐々に消え去り、最終的に仲間の声が『おーい? おい、大丈夫か?』と流れていた。ハッキングの影響がなくなったことで、通信機器の状態も通常に戻ったのだ。
受話器を元の位置に戻したユーバ・アインスは、銀灰色の瞳を夕闇が迫る世界に向ける。これから向かうユーバ・ツヴァイとの戦いに緊張している様子だった。
「大丈夫か?」
「【回答】問題ない」
ユーバ・アインスはエルドの質問に淡々と応じ、
「【回答】当機はユーバ・ツヴァイを撃破する。秘匿任務を遂行する」
「そうかい」
ハンドルを握り直したエルドは、
「それなら、俺はテメェの補佐に回るだけだ」
「【感謝】助かる」
傭兵団『黎明の咆哮』は着実にユーバ・ツヴァイが待ち受けるリットー要塞に向かうのだった。




