【第3話】
「リットー要塞ってリーヴェ帝国の重要拠点なんだろ?」
四輪車を運転しながら、エルドは何とはなしにユーバ・アインスへ問いかけた。
リットー要塞は激戦区だったレノア要塞よりも酷い場所であると聞く。
量産型レガリアの保管場所として用いられているせいか、要塞の規模は最大級という話だ。しかも無限に量産型レガリアが湧いて出てくるし、近くにあるのは本拠地であるリーヴェ帝国である。量産型レガリアだけではなくシリーズ名で管理される自立型魔導兵器『レガリア』も飛び出してくるのではないか?
何だか面倒な場所でお仕事をする未来しか見えない。傭兵とはもう少し命を大事に出来るような職業だと思っていた。
「【肯定】そうだな」
「テメェは配置されたことあんの?」
「【回答】当機はリットー要塞に配置されていない」
ユーバ・アインスは首を横に振り、
「【補足】配置されたことのある機体は2号機だ」
「ユーバ・ツヴァイ?」
「【肯定】そうだ。【補足】主にユーバ・ツヴァイがリットー要塞の防衛任務に当たっていた」
ユーバ・ツヴァイと言えば爆撃を得意とする機体として有名だ。攻めてくる軍隊を軒並み爆撃し、地面が唐突に爆発して広範囲を巻き込むので防衛戦に適しているらしい。彼が配置された要塞は決して陥落しないとエルドも話を聞く。
歩いているだけでいつ爆発するか分からない状況に放り込まれるとは、命の大安売りではないか。リットー要塞にユーバ・ツヴァイが配置されていたらエルドたちの勝ち目がない。初号機のユーバ・アインスはともかく、エルドは爆発に巻き込まれただけでも改造箇所が増加しそうなほど危険だ。
嫌な表情を見せるエルドに、ユーバ・アインスは淡々と応じる。
「【宣言】大丈夫だ、エルド。当機が必ず貴殿を守る」
「いやまあ、信じてるけどな」
「【疑問】何か問題点が?」
「ちょっとしたことだけど」
だだっ広い平原を四輪車で突っ走りながら、エルドは答える。
「ユーバ・ツヴァイはお前の最後の兄弟だろ」
「…………」
ユーバ・アインスは秘匿任務と称して、これまで弟妹機である3号機から7号機までを撃破してきた。残すところあと1機――それが問題の2号機であるユーバ・ツヴァイだ。
一緒に開発された自立型魔導兵器『レガリア』なのだから、自分の手で撃破するのは辛いだろう。特にユーバ・アインスは表情には一切出ないものの、態度に出てしまうのだ。最後の弟機を撃破して、彼は壊れないだろうか。
ユーバ・アインスは「【回答】問題ない」と言い、
「【補足】当機にはエルドがいる」
「一緒に開発された弟妹機の存在の方が大きそうだけどな」
「【否定】今やエルドの方が存在が大きい。【補足】当機の記憶回路のおよそ65%を占めている」
「何だそれ、一体どんな記録があるんだ」
冗談さえも交えることが出来る程度には余裕のある相棒の姿を見て、エルドは自分の考えが杞憂であることを認識する。
きっとユーバ・アインスは問題なくユーバ・ツヴァイを撃破することだろう。秘匿任務として開発者に設定されたのであれば、なおさら遂行しなければならない任務だ。今まで弟妹機を撃破してきたのだから、今回もまた同じである。
すると、エルドの前を走っていた四輪車が徐々に速度を落としてきた。ほぼ反射的にエルドもブレーキをかけて四輪車を停め、それから窓を開けて身を乗り出す。
「おーい、どうしたぁ?」
「前の奴が止まってんだよ」
前を走っていた四輪車の運転手が、窓から同じく上半身を出してエルドの疑問に応じる。
エルドは認識していないが、先頭車両で何かあったのだろうか。
先頭車両は団長であるレジーナを乗せた四輪車である。彼女の身に何かあったらそれこそ団長交代で次に所属の歴史が長いエルドが団長として繰り上げである。そんな話は絶対に御免だ。
エルドは通信装置の受話器を手に取ると、レジーナを乗せた先頭車両に通信を繋ぐ。
「おい、姉御。大丈夫か? 何かあったか?」
『ああ、エルドか。大丈夫だ、私は問題ない』
通信装置の向こう側から聞こえてきたレジーナの声は、どこか歯切れの悪いものだった。やはり何か問題があったとしか思えない雰囲気だ。
エルドがなおも「本当かよ」と問うと同時に、ユーバ・アインスがエルドの肩を叩いた。銀灰色の双眸は四輪車の外側に向けられている。
相棒のただならぬ雰囲気に嫌な予感を悟ったエルドは、あえて受話器に向かってこう問いかけていた。
「もしかして、レガリアか?」
『困ったことにシリーズ名で管理されているようでな』
しかも厄介なことに、シリーズ名で管理されている自立型魔導兵器『レガリア』である。量産型レガリアの方がだいぶマシだった。
エルドは停止中の四輪車の動力炉を切ると、四輪車の扉を開ける。
行手を阻むのであれば、そのレガリアは排除するべきだ。余計な戦闘を避けたいのは山々だが、執拗に追いかけ回してリットー要塞まで諦めてくれるような連中ではない。休まず3日間も四輪車を走らせれば、まずエルドたち傭兵団『黎明の咆哮』側が疲弊する。
ユーバ・アインスも戦闘の気配を察知して、四輪車から降りる。
「行くぞ、アインス。前哨戦だな」
「【了解】その命令を受諾する」
エルドは後部座席から戦闘用外装を取り出すと、右腕に装着してから先頭車両で待つレジーナの元に向かった。
☆
そこにいたのは花嫁である。
「…………」
「…………」
エルドとユーバ・アインスは、行手を塞ぐようにして座り込む花嫁姿を眺めて口を閉ざした。
明らかに場違いな格好である。戦場は愛を誓い合う場所でもないし、むしろ花嫁か花婿のどちらかが爆撃なり何なりで死にそうな勢いである。おめでたい格好をされても頭が混乱するだけだ。
でもどこからどう見ても見間違いではなく、花嫁が顔を覆って座り込んでシクシクと泣いているのだ。真っ白いドレスは土埃に塗れて、艶やかな金色の髪も地面に届いてしまっている。何が悲しいのか、顔を覆ったまま座り込んで動こうとしない。
エルドはユーバ・アインスにそっと近づき、
「なあ、アインス。あのレガリアを知ってるか?」
「【回答】不明だ。【補足】おそらく、当機がリーヴェ帝国を脱してから開発された機体だろう」
またこういうパターンである。少し昔にそんな展開があったような気がする。
「あのように座り込まれて困ってな。別に回避してもいいのだが、回避した途端に襲ってきそうでな」
同じように困惑した表情で座り込む花嫁を眺めるレジーナは、
「手っ取り早く撃破した方が早い。こういうのが残党として徘徊されると困る」
「まあ、そうだわな」
エルドも納得したように頷いた。
量産型レガリアが激減している今、どちらが勝つのか明白である。いずれアルヴェル王国が勝利するのだ。
その時に司令塔を失った自立型魔導兵器『レガリア』が残党として民間人に襲いかかったら大事件である。そんな最悪の状況は出来る限り避けたいし、花嫁が下手をすればハルフゥンで待機する『黎明の咆哮』の非戦闘員を襲撃しないとは限らない。
右腕に装着した戦闘用外装をガシャンと鳴らし、エルドは拳を作る。
「じゃあとっととぶん殴って、リットー要塞まで向かうか」
「【了解】その命令を受諾する」
ユーバ・アインスも純白の盾を構えるのだが、
「【発見】ああ、見つけました!! 私の王子様!!」
パッと花嫁が顔を上げる。
綺麗な顔立ちだ。花嫁として結婚式場で幸せになるべき女性らしく整った顔立ち、薄く化粧も施されている。雪のような白い肌に桜色の頬、唇には真っ赤な紅が引かれている。エルドとユーバ・アインスを見つめる瞳は綺麗な青色だ。
花嫁は白いドレスに付着した砂埃さえ気にせず、華奢な両腕を伸ばして突撃してくる。まるで愛しい人に再会したかのような可憐な笑顔を見せ、彼女はユーバ・アインスに抱きついた。
「【切望】ああ、王子様。会いたかッ」
「【警告】当機に抱きつくな」
抱きついた花嫁の頭頂部に、ユーバ・アインスが振り下ろした純白の盾が見事に突き刺さった。




