【第2話】
リーヴェ帝国の重要拠点にあたるリットー要塞について、傭兵団『黎明の咆哮』に所属する8割の戦闘要員が向かうことになった。
「大丈夫かよ、ここからリットー要塞って遠いんだろ?」
「確かに距離はある。3日で拠点まで帰投できればいいな」
拠点とするハルフゥンにて、リットー要塞に向かう戦闘要員たちで作戦会議が行われていた。
リットー要塞の場所はリーヴェ帝国に程近い場所にある要塞である。リーヴェ帝国は目と鼻の先だ。下手をすればリットー要塞を叩けば、ついでにリーヴェ帝国から量産型レガリアの大群が応援に来て戦場が混乱する恐れがある。
問題はハルフゥンとリットー要塞の距離だ。四輪車を全速力で走らせても3日はかかる距離にある。そんな時に8割の戦闘要員を連れていけば、拠点に残る非戦闘員たちはどうなるだろうか。攻め込まれれば終わりである。
「8割も連れて行くこたァねえだろ」
「【同意】エルドの意見に賛同する」
8割も戦闘要員を連れて行くと発言した団長のレジーナに、エルドとユーバ・アインスが難色を示した。
非戦闘員を守りながら2割の戦闘要員だけで拠点を守るとは無理がある。改造人間が全員揃ってユーバ・アインスと同じぐらいの実力を有していれば問題ないだろうが、拠点にシリーズ名で管理される自立型魔導兵器『レガリア』が攻めてきたら大変だ。
天下最強と名高いユーバシリーズであればシリーズ名で管理されるレガリアが襲撃しても1機で対応できるだろうが、改造人間の場合は20人がかりでやっと倒すことが出来るほどだ。帰ってきたら戦闘要員も非戦闘員も残らず殺されていた、という最悪の展開だけは避けたい。
せめて半分ぐらいにするべきだと思うのだが、レジーナは頑なだった。
「いいや、これぐらいの人数でいかなければ稼げない。他の傭兵団もいるし、何より今回は本国の軍隊が出張ってくるからな」
「【推奨】5割から6割ぐらいの人員にするべきだ。自立型魔導兵器『レガリア』が攻めてきた場合、残った戦闘要員のみで対応できるとは思えない」
ユーバ・アインスが淡々とした口調で説得を試みる。
拠点に残される組である戦闘要員も、自分たちだけで非戦闘員を守ることが出来るのか不安になっている様子だった。少しばかり表情が暗いし、どこか落ち着かない。
他の傭兵団もハルフゥンに滞在して、合同でリットー要塞に向かうという話がついているのであれば別だ。その他の傭兵団も何割かの人員を割いてリットー要塞の作戦に参加するのだから、当然ながら拠点に残る人員もいる。エルドたちの知らない場所でそう言った話が出ているなら納得だ。
ところが、レジーナは首を縦に振ることはなかった。
「いいや、8割だ。それ以下には削れん」
「【疑問】拠点に配置する戦力を削る理由は?」
「簡単な話だ」
納得できずになおも説得を続けるユーバ・アインスに、レジーナはこう返した。
「最近、量産型レガリアの機体数も激減している。リーヴェ帝国もレガリアの開発が難航しているのだろう。リットー要塞は量産型レガリアの保管場所としても有名で、今のうちにリーヴェ帝国の戦力を削っておくのが狙いだ」
「…………」
ユーバ・アインスは口を噤み、何か考え事をするような仕草を見せる。それから、
「【回答】確かに量産型レガリアの反応は半径数百キロに検知できない。その他自立型魔導兵器『レガリア』の存在も検出されず。【結論】短期間であれば2割の戦力だけでも拠点を守ることは十分に可能」
ユーバ・アインスの結論を受けて、戦闘要員も「じゃあそうなのかな」「心配だけど天下最強のレガリア様が言ってんだから大丈夫だろう」などと納得していた。レジーナが説明しても難色を示していたが、ユーバ・アインスの鶴の一声でこれである。
団長のレジーナは不満げに唇を尖らせていたが、ユーバ・アインス以上の索敵能力を有していないので反論することが出来ない。結局は何でも情報と数値が正しいのだ。
レジーナは咳払いをすると、
「では30分後に出発する。荷物をまとめるように」
☆
「こんなもんかな」
数日分の衣服を詰め込んだ大きめの鞄を四輪車の荷台に積み、エルドは四輪車の扉を閉ざす。
戦闘要員の旅立ちの準備を、非戦闘員の子供たちが興味津々といった様子で眺めていた。足元をチョロチョロと駆け回って「何してんの?」「俺らも一緒に行ける?」と聞いている。
食料品を詰め込んでいる戦闘要員は子供たちを追い払うも、やはりしつこく付き纏われて辟易している様子だった。子供たちも熾烈な戦場について行けるものだと興奮しているが、エルドたちはあくまでお仕事をしに行くので子供は問答無用でお留守番である。
エルドの足にも子供たちが纏わりついてきたので、
「ダメダメ、テメェらは連れて行けねえの」
「なんで」
「どうして」
「これから行く場所はとっても危ない場所なんだよ」
取り付く島もなく断られてしまった子供たちは不満げに頬を膨らませ、代わりにユーバ・アインスへ纏わり付き始める。
エルドや他の戦闘要員と違って、ユーバ・アインスは子供人気が高い。子供が相手でもちゃんと話を聞いてくれるし、的確なアドバイスもくれるし、何なら遊んでくれるので子供たちは専らユーバ・アインスを頼りがちになってしまうのだ。
子供たちはユーバ・アインスの白い外套の裾を引っ張ると、
「なあ、あいんす。おれらもいっちゃだめ?」
「【肯定】ああ、今回ばかりは貴殿らの命令は聞けない」
ユーバ・アインスは膝を折って子供たちの視線を合わせると、
「【説明】これから向かう戦場は非常に危険だ。当機では貴殿らを完璧に守ることが出来ない。拠点で大人たちと一緒に待っていてほしい」
「えー」
「えー」
「【回答】貴殿らはいい子だろう。大人しく拠点で待っていてほしい」
ユーバ・アインスが頭を撫でると、子供たちは弱々しい声で「わかったよ」「あいんすがいうからまってる……」と引き下がってくれた。
何でエルドが言っても我儘で返して、ユーバ・アインスが促すと言うことを聞いてくれるのだろうか。ここに人望の差が出てくる。自立型魔導兵器『レガリア』よりもエルドの人望はないのか。
ちょっと軽く泣きたくなってきたエルドは、
「子供に人気なくなってきたなぁ……」
「【提案】エルドも目線を合わせて話すといい。【補足】身長が高い分、子供目線になるとエルドは怖く感じるのでは?」
ユーバ・アインスはエルドへ振り返り、
「【報告】もうそろそろ出発の時間だ。【提案】エルド、出発の準備を」
「はいはい」
エルドは右腕に装着したままになっている戦闘用外装を外し、車の後部座席に放り入れる。右腕はすでに義手なので、運転用の右腕に取り替えることをしないで済む。
運転席に乗り込んでハンドルを握ると、動かずに無用の長物となっていた右腕よりもハンドルが手に馴染む。ドクター・メルトとユーバ・アインスが共同で開発しただけある。
自然と助手席にユーバ・アインスが乗り込んでくると、慣れた手つきで通信装置を起動させた。その直後で団長のレジーナの声が聞こえてくる。
『これよりリットー要塞に向かう。量産型レガリア及びシリーズ名で管理されるレガリアの存在に注意するように』
「了解」
「【了解】その命令を受諾する」
団長のレジーナを乗せた四輪車が先頭となって拠点のハルフゥンを出発し、戦闘要員が乗る四輪車もそれぞれレジーナの四輪車を追いかけて出発する。
非戦闘員の子供たちに見送られて、エルドたち戦闘要員はリットー要塞を目指すのだった。




