【第1話】
「ゥオラ!!」
裂帛の気合いと共に放たれたエルドの拳が、成人男性の身長と同じぐらいに高い岩に叩きつけられる。
殴られた岩はピシピシと亀裂が生じ、やがて粉々に粉砕される。岩から砂粒程度の大きさになるまで砕かれたその威力は、改造人間故の怪力が影響している。
エルドの右腕には見慣れた戦闘用外装が装着されていた。改造に改造を重ねた結果、通常の衣類が着れなくなるほど膨れ上がった機械の右腕には青色の線が幾重にもなって全体を駆け巡る。ぷしゅー、という蒸気が噴き出すと、青い線もチカチカと明滅しながらゆっくり消えていった。
手を開いたり閉じたりして戦闘用外装の着け心地を確かめるエルドは、
「アインス、どうよ」
「【報告】出力が以前と比較して35%の上昇を確認」
エルドはすぐ側で控えていた純白の自立型魔導兵器『レガリア』――ユーバ・アインスの報告を受け、よく分からないまま「ふぅん」と応じた。
確かに調子はよくなっているかもしれない。以前は岩をぶん殴っても粉微塵とまではいかないが、せいぜい石飛礫にするぐらいの出力しか出なかった。それが魔導調律師であるドクター・メルトと相棒のユーバ・アインスによる共同作業で、見事に生まれ変わりを果たしたのだ。
ユーバ・アインスはエルドの右腕に手を伸ばし、
「【提案】休憩を取った方がいい。これ以上鍛錬を重ねると、改造部分の発生熱量が冷却機能を上回る恐れがある。部品の摩耗も激しくなる」
「おう」
「【補足】当機が戦闘用外装の整備を執り行う。【要求】戦闘用外装をこちらに」
「分かった」
ユーバ・アインスに求められるまま、エルドは戦闘用外装を取り外す。
ぷしゅー、という蒸気が噴き出すと同時に、さながら脱皮の如くエルドの右腕から戦闘用外装だけが外れた。外した戦闘用外装はユーバ・アインスに預け、部品の摩耗状態などを診てもらう。
右腕の戦闘用外装を脱いだそこには、鋼鉄製の義手が嵌め込まれていた。親指から小指に至るまで鋼で作られており、バラバラに指を動かしてみるも滑らかな挙動なので問題はない。義手を動かすことにも慣れたものだ。
ちょうど指の部品を交換していたユーバ・アインスは、
「【疑問】義手の部分に問題が?」
「いいや、義手にも慣れたもんだなって」
「【納得】そうか」
ユーバ・アインスは淡々と頷き、
「【疑問】エルドは、右腕が動くようになってくれて嬉しいか?」
「いちいち四輪車を運転する時の兵装に変えなくてもよくなったし、両腕が使えるようになって出来ることも多くなった。嬉しいこと尽くしだな」
今までは左腕だけで何とかやっていた生活も、右腕を取り戻したことで便利になったものだ。髪を洗う時も両手を使った方が早く終わる。
その他の生活に関してはお察しである。ここにいるユーバ・アインスが握っているので、多分戦争が終わっても普通の生活に戻れる自信がない。
エルドは義手の調子を確かめながら、
「他の連中は俺と違って元から腕や足が欠損していたり、俺と同じでもとっとと動かねえ部分を切り取ったりしてる奴が多いからな」
「【納得】そうか」
それだけ応じて、ユーバ・アインスはエルドの戦闘用外装を調律する作業に戻ってしまった。さすが自立型魔導兵器『レガリア』だからか、彼の手つきに迷いはなく清潔な布でエルドの戦闘用外装の部品を丁寧に磨いていく。
エルドは地面に正座するユーバ・アインスの隣に腰を下ろし、彼の横顔をじっと見つめる。
こうして見ると、ユーバ・アインスもなかなか美人な顔立ちをしていると言えよう。ツンと高い鼻筋と薄く形の整った唇、瞼を縁取る長い睫毛は瞬きだけで旋風が起こせそうなほどだ。改造されたとはいえ人間であるエルドと違って、彼はずっとこの美しい容姿のまま生きていくのだ。
すると、ユーバ・アインスが僅かに身じろぎしたからか、彼の純白の髪が横顔を隠してしまう。視界に入り込む白い髪を耳にかける訳でもなく、彼は黙々と作業を続けていた。
「…………」
エルドは自然と右手を伸ばす。
ユーバ・アインスの顔を覆い隠す白い髪を、指先で彼の耳に引っ掛けてやった。そんな動きが出来る程度には、エルドも義手の扱いに慣れた。
髪に触れられたことで、ユーバ・アインスがパッと顔を上げる。相変わらずの無表情である。じっと彼はエルドを見据えてくると、不思議そうに首を傾げた。
「【疑問】当機に何か?」
「いや、美人だなって」
「【納得】そうか」
やはり受け答えは淡々としていた。何の反応もなくて面白みがない。
そういえば、ゲートル共和国で以前見つけた恋愛小説を何度も読み込んでいるようだが、あれから何か学ぶことはあったのだろうか。エルドも義手のリハビリの為にひたすらあの小説の頁を捲らされたが、何か読み込んだあとがあったような気がする。
そんなどうでもいいことを考えていると、ユーバ・アインスが「【報告】調律が完了した」と告げてくる。
「いつも助かる」
「【回答】当機が望んでやっていることだ。問題はない」
「実際問題、ドクターよりも信頼は出来るんだよな」
最近のドクター・メルトは死ぬほど忙しそうだし、彼女に頼むよりも故障部分などを正確に把握しているユーバ・アインスに任せた方が安全な気がしてきた。余計な機能もつけられる心配もない。
それに、不思議とユーバ・アインスに整備をしてもらうと稼働率が上がるのだ。気のせいかもしれないが、丁寧に整備をしてくれることで動きも格段に良くなる。
ユーバ・アインスは「【納得】そうか」と応じ、
「【回答】当機はエルド専属の魔導調律師になるべきか?」
「それもいいかもな。テメェには家で待っててもらってな」
「【拒否】やはり魔導調律師は止めよう」
「何でだ!?」
何か変なことを言ったか、とエルドは自分の発言を振り返るのだが、
「【回答】当機は出来る限り、エルドの側にいたい。家で貴殿の帰りを待つ行動は拒否する」
「悪くねえと思うんだけどな、本格的に嫁みたいで」
うっかり口を滑らせてから、エルドは「待った」と言う。
「今のなし」
「【疑問】エルドは当機を嫁にしたいと?」
「違う、そうじゃない。今のなし、なしだなし」
嫁というのは少々語弊があるだろう。もう近くにいるのが当然のような扱いになっていて、感覚がおかしくなっていた。
最初は警戒していたのに、今やご覧の通りである。自分の戦闘用外装の整備まで任せてしまう始末だ。警戒心は一体どこへ消えた。
その時である。
「エルド、ユーバ・アインス。少しいいか」
「どうしたんだよ、姉御」
「【疑問】団長、何かあったのか?」
傭兵団『黎明の咆哮』を取りまとめる団長、レジーナ・コレットが真剣な表情でやってきた。彼女が真剣な表情をするということは結構重たい仕事なのだろう。
「他の傭兵団がアルヴェル王国軍と結託し、リーヴェ帝国の付近にあるリットー要塞を叩くことを決めたようだ。我々『黎明の咆哮』も、その作戦に参加することとなった」
レジーナは大胆不敵に笑うと、
「エルド、まずは快気祝いに大きめの仕事をこなしてこい。稼ぎ頭なんだからいつまでも嫁とイチャイチャされちゃ敵わん」
「誰がイチャイチャしてるって?」
「今でもイチャイチャしていただろう。砂糖を吐きそうなほど甘い空気だぞ」
「ぶん殴るぞ。俺の兵装、アインスに整備されて調子いいからな」
何せ出力35%アップなのだ、さしものレジーナだってひとたまりもないはずである。
まあ、いつまでもリハビリの身に甘んじているのも傭兵として稼げなくなってしまう。義手を取り付けてから2週間以上も経過しているので、ここいらで稼いでおかなければ身体が鈍ってしまう。
集団戦は復帰するのにちょうどいい。量産型レガリアを片づければいいだけの簡単なお仕事だ。出力が上がった戦闘用外装を試すのが楽しみである。
「行くか、アインス」
「【了解】その命令を受諾する」
いつもの無表情で頷くユーバ・アインスの回答を聞きながら、エルドは整備の終わった戦闘用外装を装着するのだった。




