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Regalia  作者: 山下愁
第8章:空を断つのは呪いか愛か

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【第11話】

「づッ、ぅ」



 泥のような眠りから目が覚め、エルドはまず痛みを感じた。

 痛みは右腕に集中しているが、寝起きの影響で頭も痛い。煌々と照らされる明るい角燈のせいで目も痛くなってくる。


 とりあえず状況を把握する為に起き上がろうとするのだが、



「…………」



 右腕がない。

 あの痩せ細った右腕が、エルドの身体から消失していた。


 あるのはエルドの左腕と同じくらいの太さを有する、鋼鉄製の義手である。試しに動かしてみるも指先がぎこちなく動くだけで、まだ操作に慣れていない様子だった。



「何で……」


「【安堵】よかった、エルド。起きたのか」


「ッ!?」



 いつのまに側にいたのか、ユーバ・アインスがエルドの覚醒に安堵した様子を見せる。あまりにも気配がないので驚いてしまった。



「アインス、ここは?」


「【回答】ドクター・メルトのテント内だ。【補足】エルドはユーバ・ドライに右腕を切断され、義手に取り替えられた。現在、ドクター・メルトはエルドの戦闘用外装の交換を行なっている最中だ」


「交換?」



 エルドは首を傾げる。


 右腕の戦闘用外装に故障はなかったはずだ。確かに装着していけば右腕を切断することもなかったろうが、戦闘用外装まで交換する必要があるのか。

 いいや、あるのだろう。あの戦闘用外装は痩せ細ったエルドの生身の右腕を元に設計されていたのだから、切断する事態になってしまった現在、交換する必要性が出てきてしまったのだ。ドクター・メルトには疲れたところで迷惑をかけてしまった。


 エルドは右腕の義手を撫でると、



「そうか、俺は右腕をなくしたのか」


「…………」



 ユーバ・アインスは何も言わない。ただ黙って銀灰色の双眸を伏せただけだ。

 彼は、妹機である3号機のユーバ・ドライがエルドを傷つけたことを悔やんでいるのだ。常から「エルドを傷つけさせない」と宣言しているにも関わらず、エルドの右腕を切断されるという重傷まで負わせてしまった。責任感の強いユーバ・アインスのことだから、きっと気にしていることだろう。


 だが、エルドはユーバ・アインスが傷つこうが何だろうがどうでもよかった。それどころではなかったのだ。



「ぃやったーッ!!」


「!?」



 唐突に叫び始めたエルドに、ユーバ・アインスが驚きで瞳を見開いた。


 エルドは嬉しいのだ。嬉しくて嬉しくて堪らなかったのだ。

 常日頃から指先1つ動かすことが出来ず、神経が壊死して痩せ細った右腕という厄介者がこの度綺麗さっぱりとおさらばしたのだ。何度もドクター・メルトには「頼むから右腕を切断して義手に変えてくれ」と打診していたのだが、ドクター・メルトは首を縦に振らなかったので義手の装着は戦争が終わってからと決めていたのだ。


 それが今回、めでたく義手の装着に至った訳である。最高だ、無用の長物が自分の中から消え去ってくれて非常にありがたい。



「喜んだら不謹慎かもしれねえけどよ、動かねえ右腕なんていらねえなって思ってたんだよな。そりゃちょっと痛かったけど、ユーバ・ドライに切断されてよかったわよかった」


「【疑問】エルドは、右腕が必要なかったのか?」


「だって動かねえんだし、仕方ねえだろ。生身であっても動かねえもんくっつけていたって邪魔なだけだ」



 ほら、とエルドは鋼鉄製の義手へ変更された右腕を持ち上げる。

 ぎこちないが、確かに指先が動くのだ。戦闘用外装に頼らずとも指先をきちんと動かすことが出来る。いつもは左手で食事をするばかりだったが、義手になって動きを取り戻せば右腕も日常生活で使えるようになる。


 ゆっくりとだが、確実に折り曲げることが出来る右腕の指先を眺めてエルドは感慨深げに呟いた。



「本当、ユーバ・ドライには感謝しなきゃな。俺のいらねえもんを切り捨ててくれてありがとうよってな。麻酔なしで切られたのは痛かったけど」


「【回答】命じてくれれば、当機でも手術行為は可能だった」


「本当かよ」



 拗ねたような口振りで言うユーバ・アインスの頬を、エルドは右腕の指先を使って撫でる。触れた感覚はないが、それでも右腕を動かして触れるという行為に感動を覚える。

 銀灰色の双眸を瞬かせたユーバ・アインスは、頬を撫でてくるエルドの右腕の義手に頭を擦り付けてきた。彼なりに甘えているのだろうか。


 その時である。



「エルドちゃあああああああああああああああああああんんんんんんんんんんッッ!!!!」


「ぎゃあああああああああああああッ!?!!」



 思わず悲鳴を上げてしまった。


 エルドの戦闘用外装の交換が終わったのか、全身を機械油塗れにしたドクター・メルトがテント内に駆け込んで絶叫する。その鬼気迫る怒声はエルドの身を案じて発されたものだろうが、甲高い声が寝起きの頭に響く。

 ドクター・メルトは大股でエルドが使うベッドまで歩み寄ると、改造された両腕でエルドの鍛えられた胸元をバシバシと叩く。今まで動かなかった右腕を義手に交換する手術まで渋るぐらいだったのだ、生身の腕を大切にしない相手には何かあるのか。



「悪かった、ドクター。本当に悪かったから」


「悪かったと思うならちゃんと右腕も大切にしてあげてくださいよぅ!!」


「いらねえよ、あんな動かねえ腕」


「それでも大切なエルドちゃんの一部じゃないですかぁ」



 ドクター・メルトは今にも泣き出しそうな表情で、



「心配したんですよぅ……」


「心配かけた」



 エルドは申し訳なさそうに応じる。ドクター・メルトを心配させてしまったのは事実なので、もうそこは謝るしかない。



「エルドちゃんは絶対安静ですぅ。アインスちゃん、エルドちゃんが脱走しないように見張ってるんですよぅ」


「【了解】その命令を受諾する」


「は? ドクター、俺の仕事は?」


「しばらくお休みですぅ!! リハビリに励んでくださいねぇ!!」



 稼がなければやっていけない傭兵に、絶対安静としばらくお休みはなかなか酷である。常日頃から働きたくないとは言っても、収入が絶たれれば安心して暮らせなくなってしまう。


 ドカドカと荒々しい足音を立てて、ドクター・メルトはいくつかの部品の詰まった箱を両脇で抱えてテントを飛び出していった。戦闘用外装の交換がまだ終わっていなかったのだ。

 取り残されたエルドの肩を、ユーバ・アインスがポンと叩いてくる。その眼差しは慈愛に満ちていた。



「【提案】当機が稼いでくる。エルドは少しでも早く前線復帰できるようにリハビリを」


「戦場から離れた途端、弱くなったりしねえかな」


「【否定】それはないだろう。【提案】戦闘訓練も当機が引き受けよう」


「おう、頼むわ」



 ゴロリとベッドに再び転がったエルドは、交換された右腕の指先を動かす練習をする。しばらくリハビリだけで1日が終わりそうだ。

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