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Regalia  作者: 山下愁
第8章:空を断つのは呪いか愛か

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【第1話】

 カーン、という鐘の音がエルドの起床を促す。



「んん゛」



 襤褸布ぼろぬのを敷いたベッドで寝返りを打つエルドは、鐘の音へ抗うかのように聞かなかったふりをした。

 ベッドが心地良すぎるのが悪いのだ。車中泊が多い中、ベッドがある生活は非常に貴重である。この心地良さを味わってしまったら、もう車中泊などという寝心地の悪い生活には戻れない気がした。


 ベッドで丸まるエルドのくすんだ金髪を、誰かが優しく撫でてくる。



「【挨拶】おはよう、エルド」



 涼やかな印象のある低い声が降ってきた。


 寝起きでボサボサになったエルドの髪の感覚を楽しむように、指先が絡みついてくる。絡まったエルドの金髪を丁寧に梳き、それからエルドが未だに惰眠を貪ろうとするのをいいことに頬まで突き始めた。

 何が楽しいのか、エルドの頬を指先でツンツンと突いて惰眠を邪魔してくる。おかげで眠るに眠れない状況になってしまった。


 エルドは頬を突く指先を左手で掴むと、



「アインス、何すんだ」


「【回答】エルドが起きないから、頬を突いて起床を促したところだ」



 寝ぼけ眼のエルドが認識したのは髪から衣類に至るまで全てが真っ白い自立型魔導兵器『レガリア』――ユーバ・アインスである。

 世界中の色という色から嫌われたような純白のレガリアだが、胸元で揺れる陳腐な指輪が彼の唯一の装飾品だった。金色の台座に青い硝子が嵌め込まれただけの玩具同然の指輪だが、彼は気に入っているのか外したところを見たことがない。


 ユーバ・アインスは相も変わらず無表情のまま、



「【挨拶】おはよう、エルド」


「おう、おはようさん」



 エルドはやたら指通りのよくなった自分の金髪をガシガシと掻きながら、大きな欠伸をする。



「【報告】周辺地域に敵性レガリアの反応はない」


「そうかい」


「【追記】あと朝食が出来ている。早めに食べてほしい」


「おう」



 エルドをベッドに引き摺り込もうと纏わりついてくる眠気を無理やり引き剥がすように立ち上がり、エルドは洗面所に向かう。その後ろをついてくるのはエルドの髪を整えようと白い櫛を片手に握りしめたユーバ・アインスだ。

 さながら背後霊のように後ろからついてくるユーバ・アインスが鏡に映り込み、寝起きの為かちょっと驚いた。ギョッとするエルドの間抜け面が鏡に映ったが、それも一瞬で終わる。


 エルドの背中を追いかけるユーバ・アインスを見やると、



「何だよ」


「【回答】髪を整えようと判断した」


「それはあとででいいから」


「【了解】その判断に従う」



 ユーバ・アインスは何事もなかったかのようにくるりと踵を返し、料理が用意されている台所に引っ込んだ。軽率に奇跡を起こすあの自立型魔導兵器『レガリア』が、今日はどんな朝食を出してくるのか楽しみだった。


 水道などの生活設備は止まっているので、エルドはあらかじめバケツに汲んでおいた水に左手を浸す。冷たい感覚が手のひらの皮膚を刺激し、その冷たさのおかげで眠気が引っ込んだ。

 ザバザバと顔を水で洗えば、妙にスッキリした気分になる。濡れた自分の顔は大層人相が悪く、視線だけで非戦闘員の子供たちを泣かせてしまいそうな気配があった。寝起きに人の前に出るのはよそう。


 顎を伝い落ちる水滴を手の甲で拭うエルドは、



「…………おい」


「【疑問】何だ」


「せめて何か声をかけてくれ」



 背後に再びユーバ・アインスが現れ、顔を拭う為のタオルを差し出してくる。全く気配が感じられなかったので心臓が縮み上がった。



「【謝罪】すまない」


「まあいいけど。タオルを持ってきてくれたのはありがてえ」



 エルドはユーバ・アインスが持ってきたタオルを引っ掴むと、顔の水気を拭い落としていく。ちゃんとタオルも洗濯されているのか、陽だまりと石鹸の香りが仄かに鼻孔を掠めた。

 そういえば、最近ではエルドの衣類すらユーバ・アインスが洗っているような気がする。どんな兵装を使っているのか不明だが、いつのまにかエルドの洗濯物が完璧に乾いて所定の位置にしまわれているのだ。そろそろ堕落しそうである。


 やや湿ったタオルをエルドの手から自然と回収したユーバ・アインスは、



「【報告】朝食の用意が完了した。【要求】冷めないうちに食べてくれ」


「おう」



 タオルを抱えて洗面所から踵を返して撤退するユーバ・アインスの背中を見送り、エルドは「まずいな」と頭を抱える。


 ユーバ・アインスとの生活が居心地良すぎて、つい世話を焼くあのレガリアに甘えてしまう。料理も洗濯も、普段の仕事の補佐だって何でもエルドが気づく前に終わっているのだ。傭兵団『黎明の咆哮』の仲間たちも「ユーバ・アインスはエルドの嫁である」と揶揄ってくるが、訂正することさえ億劫になってきた。

 本当の嫁のようにエルドを補佐して、エルドの生活を掌握してくる。このまま彼に甘え続けていれば自堕落な怠け者になってしまいそうだ。



「アイツはレガリアだから、きっとだらしのねえ俺の生活を正しく矯正してくれてるだけだろうな。そうだ、きっとそうだ。うん。解決」



 自分の中で強制的に答えを出して、エルドは朝食を取る為に台所へ向かった。



 ☆



「【報告】敵性レガリアの反応はない」


「そうかい」



 傭兵団『黎明の咆哮』が拠点としているハルフゥンの周辺を歩き回りながら、ユーバ・アインスは淡々とした口調でエルドに報告してくる。


 4号機であるユーバ・フィーアを撃破してから、自立型魔導兵器『レガリア』どころか量産型レガリアの襲撃さえない。どこかの町で傭兵団が徒党を組んでレガリアを相手に攻勢を仕掛けようという話もないらしい。

 団長のレジーナ・コレットが言うには「嫌な予感しかしない。最大限に警戒しろ」らしいが、これほど敵がいないと鈍ってしまうのも事実だ。


 右腕に嵌めた戦闘用外装の調子を確かめるように手のひらを開閉させるエルドは、



「ん、と。最近やたら動きが鈍くなってきたな」



 指先の動きも本調子の時と違ってギシギシと軋みがちであり、滑らかさがなくなっているような気がする。見た目はほんの誤差でしかないのだが、エルドにとっては少しでも動きが鈍い箇所があると気になって仕方がない。

 最近はユーバシリーズや量産型レガリアとの戦闘が続いていたことが影響しているのだろう。魔導調律師であるドクター・メルトには調子を整えてもらっているのだが、どこかドクター・メルトも忙しそうにしているので頼みづらいところがあった。


 忙しいだろうがドクター・メルトに修理を頼もうかと思うエルドだが、



「【疑問】調子が悪いのか?」


「指先の動きが鈍くなってる気がするだけだよ」


「【要求】見せてほしい」



 ユーバ・アインスはエルドの戦闘用外装に手を添えると、



「【回答】確かに指先の稼働率が大幅に落ちている。【提案】早期の部品の交換と調律を」


「だよなァ。やっぱりドクター・メルトに頼むしか……」


「【回答】その必要はない」



 エルドの戦闘用外装の調子を確かめながら、ユーバ・アインスは言う。



「【提案】当機であれば貴殿の不調部分を直すことが出来る。【要求】拠点へ帰投し、改造部分の部品交換と調律を任せてほしい」


「いやさすがにそこまで面倒を見てもらう訳には」


「【要求】やらせてほしい」



 頑ななユーバ・アインスに根負けし、エルドは「分かった分かった」と応じる。



「じゃあ戻るか。このまま量産型レガリアに出会って改造部分を壊しでもしたら、それこそドクター・メルトの大目玉を喰らう」


「【提案】ドクター・メルトに勘付かれるより先に、当機が改造部分の修繕するが?」


「テメェは本当に気が利くレガリアだな」


「【肯定】当然だ」



 ユーバ・アインスはほんの少しだけ口元を吊り上げて笑うと、



「【回答】当機はエルドの相棒だからな」

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