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Regalia  作者: 山下愁
第1章:目覚めた白い破壊神
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【第7話】

 日が暮れれば夜になる。


 拠点で遊んでいた非戦闘員の子供たちは、両親や他の傭兵たちに家へ帰るように促される。暗くなれば安全な場所に避難する、と幼い頃から教え込まれているので異議を唱える子供はいなかった。

 大人しく帰路に着く子供たちの姿を横目に、本日のお勤めを終えたエルドもまた自分の家に向かう。壊れかけた建物の群れを通り過ぎ、比較的まだ形を残した状態の一軒家の前で足を止めた。


 自宅の鍵を開けようとズボンのポケットに左手を突っ込み、それからエルドは背後から音もなくついてくる真っ白なレガリアへ振り返る。



「何でテメェの面倒を見なけりゃいけねえんだよ……」


「【回答】団長からの指示だが」


「分かってるっての、ンなこたァ」



 杓子定規な回答を得て、エルドは納得いかないと言わんばかりにくすんだ金髪を掻く。


 あれから真っ黒な量産型レガリアを回収し、分解して資源に使うと言い出した団長のレジーナにエルドは「正気かよ」と思った。

 こちらには敵国のものだったとはいえ、真っ白いレガリアのユーバ・アインスがいる。かつての同胞を分解して資源に使うとは、レジーナは鬼畜か何かの権化かと思ったほどだ。


 ところがユーバ・アインスは非常にあっさりしていた。「【提案】当機が分解しよう」とまで言い出したのだ。それから鋸みたいなもので仲間だったはずの量産型レガリアを分解して、資材としてレジーナとドクター・メルトに提供してしまったのだ。



「テメェはいいのかよ、かつての仲間だろ?」


「【回答】当機はすでにリーヴェ帝国から離れている身だ。それに、当機は自立型魔導兵器『レガリア』である。感情は搭載されていない」


「あっそ」



 確かに、ユーバ・アインスの表情は変わらない。眉毛1つ動くことはない、表情筋という表情筋が完全に死んでいた。まともに笑ったこともないのではないのだろうか。



「【質問】帰投しないのか?」


「何で」


「【質問】そこは貴殿の自宅ではないのか?」


「仮の住まいだけどな」



 エルドは仕方なしに自宅の扉にかけられた施錠を外す。


 真鍮製の鍵穴から、ガチャンと音が聞こえてきた。

 建て付けの悪い扉がゆっくりと開き、明かりの灯っていない部屋がエルドとユーバ・アインスを出迎える。玄関先に置かれた持ち運び式の角燈カンテラを軽く叩けば、充填された魔力が角燈全体に流れて煌々と明かりを放つ。


 この角燈を作ったのはメルトだ。「結構強力だし、長持ちするよぅ!!」と自慢げに語っていたのを覚えている。



「【質問】珍しい角燈カンテラだが、これは?」


「ドクターが作った角燈だよ。空気中の魔素を自動で取り込んで溜める機能がついた明かりだ」


「【驚愕】あの若い調律師は、こんなものまで作成可能なのか」



 そう言って、玄関先に置かれた角燈カンテラの前に居座り、じっと角燈を観察し始めるユーバ・アインス。あれの何が楽しいのだろう。

 というか、角燈の前にユーバ・アインスが立ち塞がるので明かりが遮られてしまうのだ。部屋全体に明かりが行き届かないので止めてほしい。


 エルドは「おい」とユーバ・アインスの背中に声をかけ、



「いい加減にそこを退け。家ン中が暗いだろ」


「【嫉妬】ていや」


「ああッ!?」



 ユーバ・アインスが角燈カンテラをポンと叩き、明かりを消してしまった。


 一気に部屋の中が暗くなる。

 真っ暗な状態でも窓や扉の隙間から明かりは漏れてくるが、やはり暗いものは暗い。ユーバ・アインスは一体何を考えているのか。


 暗い中でもぼんやりと見える真っ白なレガリアに詰め寄るエルドは、



「テメェ、何してんだ!!」


「【展開】白色常灯ランプ


「ッ!?」



 何かの兵装を展開した。


 黒い量産型レガリアを討伐した時は素手だった。だが、今回はちゃんと兵装を展開した。

 闇に紛れてエルドを討つつもりか。やはりリーヴェ帝国から追われたと言いながらも傭兵団に潜り込んだスパイだったのか!?


 それなら、とエルドは右手の兵装を展開しようとする。接近戦で勝てる見込みはないが、1発でも入ればこちらのものだ。



「――――あ?」



 エルドの口から間抜けな声が漏れた。


 ユーバ・アインスの身体から、何か小さな白い粒が無数に飛び出してきたのだ。

 曇天から舞い落ちる雪の如きふわふわとした白い粒は暗い自宅の壁や天井に張り付き、白い光を放つ。目を眩ませるほど強烈なものではなく、むしろ部屋を明るく照らす光となったのだ。


 角燈カンテラでは行き届かない部分まで白い光は部屋全体を照らし、エルドは今まで感じたことのない明るい部屋を前に唖然と立ち尽くしていた。



「【進言】あの程度の光源は目を悪くしてしまう。【提案】当機の非戦闘用兵装の中にある特定領域の光量を保つ兵装を展開」


「…………テメェ、戦うだけじゃねえのな」


「【心外】当機の情報をただの殺戮兵器と思わないことだ。【要求】当機に対する認識の是正」



 表情は全く変わらないのに、何故か不満げに見つめてくるユーバ・アインス。目は口ほどに物を言うという言葉を聞いたことはあるが、あの状況とまさに一致している。

 認識の是正もクソもあったものではない。ユーバ・アインスは自立型魔導兵器『レガリア』の中でも特に優秀なユーバシリーズの初号機だ。常戦常勝を体現した最強のレガリアである。いつ襲ってくるか分からない。


 自宅に帰ってきても警戒心は解けないのだ。後ろから無様に襲われてハイ死亡では、団長のレジーナどころか傭兵団の連中から墓前で笑われてしまう。



「【質問】貴殿の兵装は着脱不可能なものか?」


「そんな訳ねえけど」


「【質問】だが、それでは日常生活に不便が生じるのでは?」


「だろうな」



 エルドの右腕は、規格外と呼べるほど改造されて膨れ上がっている。兵装は着脱可能な部分はあるし、脱げば普通に日常生活を送ることが出来る。

 ただ、この真っ白なレガリアの前で無防備な姿を晒すのは嫌だった。そんなことをすれば絶対に死ぬ、背後から襲われたら対応できない。


 ユーバ・アインスはエルドの言葉を全面的に信じているのか、何の疑いもせず「【理解】なるほど」と頷いた。



「【提案】それでは貴殿の生活の補助を、当機が担うことにしよう」


「いやいや、何でそうなるんだよ」


「【疑問】何か不満が?」


「不満だらけだよ」



 エルドはユーバ・アインスをビシッと指差し、



「テメェはリーヴェ帝国が作った自立型魔導兵器レガリアだぞ? 簡単に背中を預けられるかってんだ。いつ襲ってくるか分かりゃしねェ」


「【理解】確かに当機は信用に値しない」



 エルドに警戒心を抱かれても、なおユーバ・アインスは距離を取らない。それどころかエルドに距離を詰めてくる始末だ。

 兵装を展開するかと警戒心をさらに高めるが、ユーバ・アインスが戦闘用の兵装を展開する素振りを見せない。彼は何故か胸を張って「【不要】心配はいらない」と言う始末である。


 どこからそんな自信が来るんだ、とエルドは驚いた。



「【宣告】当機は同胞である貴殿を絶対に傷つけない、そしてリーヴェ帝国の攻撃からも当機は貴殿を守ることが可能だ。【自慢】当機には通常兵装の他に非戦闘用兵装も充実している、貴殿の生活の補助も問題なく行える」



 いやもう自慢するところはそこじゃねえ、とエルドはツッコミを入れたかったが出来なかった。


 それよりも先に、ユーバ・アインスが使われなくなって久しい台所に向かっていく。

 使用済みの食器や調理器具等が積み重ねられ、凄惨な有様を晒していた。エルドが今までどんなにズボラな生活を送ってきたのか一目で分かる。


 汚い調理台を前にユーバ・アインスは両腕を組み、



「【推測】不規則な食生活を送っていたか。【提案】当機が貴殿の栄養管理まできっちりと監督する」


「ふざけんなよ、何が悲しくて野郎に面倒を見られなけりゃ」


「【叱責】うるさい。当機の目が黒いうちでは怠惰な生活など許さん」


「テメェの目は銀灰色だろうが、むしろ真逆じゃねえか!!」



 エルドによる見当違いなツッコミを無視したユーバ・アインスは、



「【展開】料理達人クッキング



 ナイフでもなく、拳銃でもなく。

 調理器具である真っ白なフライパンを装備したユーバ・アインスは「【開始】まずは食材の確認から」と言って、部屋の隅に置かれた食糧保管庫の扉を開ける。使える食材を吟味していく真っ白なレガリアは、果たして本当にリーヴェ帝国が作り出した最強のレガリアなのか。


 止める為に伸ばされた手は行き場をなくし、エルドは大人しく椅子に座って料理の完成を待つのだった。多分、今ここで突っ込めば兵装を展開されて「めッ」されかねない。

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