【第12話】
――【報告】この先の玉座の間に4号機の生体反応を確認。
頭部に搭載された人工知能が、淡々とした口調で報告してきた。
瓦礫の山の上で崩れ落ちる真っ黒焦げとなった少女型レガリアを見下ろしていたユーバ・アインスは、ツイと視線を玉座の間方面へ投げかける。
どこまでも伸びる廊下。床に敷かれた色とりどりの生地や糸が使われた絨毯には埃や石ころが転がり、綺麗だったはずのものが無残に汚れてしまっている。人間の手が入らないのだから仕方がない。
ユーバ・アインスは人工知能の与えてくれた情報に従って、玉座の間を目指して歩き出す。
「【疑問】ユーバ・フィーアは逃げる様子を見せたか?」
――【否定】未だに現場へ留まり続けているようです。生体反応の居場所も変わりません。
「【納得】そうか」
逃げる様子がないということは諦めたのだろうか。
それとも、自分自身の手で初号機であるユーバ・アインスを撃破しようと目論んでいるのだろうか。そんな無謀なことを画策するような機体ではなかったはずだが、果たしてユーバ・フィーアの反応は如何に。
様々なパターンを予想しながら、ユーバ・アインスは静かな廊下をゆったりとした足取りで突き進んでいった。
☆
玉座の間の扉は壊されており、簡単に侵入することが出来た。
「――――」
目の前に広がる光景に、ユーバ・アインスは息を呑む。
玉座の間が荘厳だった、という訳ではない。
大理石で作られただろう玉座の間の床が崩壊し、巨大な穴が開いていた。入口から最奥にある玉座まで巨大な穴が横たわっており、錆びて埃だらけとなった玉座には誰も座っていない。誰も届くことなど出来やしない。
ユーバ・アインスが巨大な穴に視線を向けると、
――【報告】この穴の奥に4号機の生体反応を確認。
「【了解】飛び降りる。【要求】対衝撃用兵装の展開」
――【了解】耐衝撃用兵装の展開を開始します。
ユーバ・アインスは躊躇いもなく巨大な穴に飛び込む。
ふわりと浮かび上がる感覚。重力に従って深い穴の底を目指してユーバ・アインスは落ちていく。
数秒と置かずに穴の底が見えてきて、ユーバ・アインスは即座に耐衝撃用兵装を展開して地面との激突を最小限に留めた。
「【展開】重力制限」
地面に降り立つ直前、ユーバ・アインスの身体がふわりと浮かび上がる。まるで重力がなくなったかのようにふわふわと地面からスレスレの場所を浮かんでおり、地面と衝突する心配はなくなった。
安全を確認してから兵装を解除し、ユーバ・アインスは無事に穴の中へ侵入を成功する。崩落した天井から燦々と陽光が降り注いでユーバ・アインスが降り立った周辺を照らすものの、奥地まで行くとさすがに光が届かない。
ユーバ・アインスは暗闇に沈む穴の奥を見据え、
「【要求】暗視用視覚機能を展開」
――【了解】展開します。
人工知能に命じれば、視覚機能が暗視用のものに切り替わる。暗い場所も鮮明に見えるようになり、その先にいるユーバ・フィーアの姿も確認できるようになった。
薄暗い闇の中にいくつも展開されるホログラムの画面。それらに囲まれて背筋を丸める長身痩躯の自立型魔導兵器『レガリア』がいた。
焦茶色の髪を伸ばしっぱなしにしている影響か、酷くボサボサな見た目である。長い前髪の隙間から覗く琥珀色の双眸はホログラムの画面を睨みつけたままユーバ・アインスの存在に気づくことはなく、ガジガジと爪を噛んで悔しそうにしている。
着古した襯衣に茶色い外套という地味な格好をするそのレガリアは、弾かれたようにユーバ・アインスへ視線をやった。
「【歓迎】ようこそ、兄者。当機のお部屋へ」
粘着気味な笑顔を見せるレガリア――ユーバ・フィーアは、
「【歓喜】意外とお早い到着で嬉しいですぞ。【謝罪】ま、お茶もご用意できずにすみませんや」
「【展開】超電磁砲」
ユーバ・アインスは迷いなく兵装を展開した。
純白の砲塔を向けても、ユーバ・フィーアの態度は変わらない。ユーバ・アインスと対峙しながらずっとヘラヘラしているだけだ。
いいや、意外とそうではないのかもしれない。ユーバ・フィーアの両膝はガクガクと震えており、今にも崩れ落ちてしまいそうだ。他の弟妹機と違い、ユーバ・フィーアは他人の力を使わなければ戦場に立つことが出来ない。味方の為の自立型魔導兵器『レガリア』だ。
「【疑問】何か言い残すことは?」
「【回答】じゃあ、1つだけ」
ユーバ・フィーアは変わらず余裕そうに見える笑顔を保ったまま、
「【疑問】兄者は、当機を疎ましく思っていたでござるか?」
「【否定】そうではない」
これは秘匿任務――自分の開発者である父親が、ユーバ・アインスに苦しみながらも願った任務だ。
茨の道になることも重々承知している。他の弟妹機から恨まれる可能性も、幾度となく予想してきた。その上で、ユーバ・アインスは戦場に立っている。
1度だって、ユーバシリーズを恨んだことなどなかった。
「【回答】ただ、任務だからだ」
ユーバ・アインスはそう告げて、ユーバ・フィーアめがけて超電磁砲の兵装を展開した。
純白の光線が闇を引き裂き、ユーバ・フィーアの膝から上が消失する。残された膝から上の部品も支えるものがなくなった影響で、ポテンと闇の中に転がった。自動回復機構が展開する様子はなく、ユーバ・フィーアの生体反応は完全に途絶えたと言っていいだろう。
超電磁砲の兵装を解除したユーバ・アインスは、
「【報告】敵性レガリアの撃破を確認。【状況終了】」
頬が濡れたような反応を感知しつつも、戦闘終了を淡々と言い渡した。
☆
「【要求】エルドの様子は?」
――【報告】傭兵団『黎明の咆哮』の損失はありません。広域で索敵を継続します。
人工知能の報告を受けて、ユーバ・アインスは安堵する。
あれだけ大量の量産型レガリアと対峙しても、エルドや他の傭兵たちは無事でいてくれたか。さすが幾度となく量産型レガリアや自立型魔導兵器『レガリア』を撃破してきた猛者である。
ユーバ・フィーアを撃破した現在、大量に存在していた量産型レガリアはガラクタと化している頃合いである。ユーバ・フィーアが操る為に自我を破壊しているだろうが、支配下から解放されれば自由に動き出す可能性も十分に考えられた。
「【要求】そのまま索敵を継続。当機もエルドのところへ戻る」
――【了解】帰還ルートを示します。
視覚機能に表示された矢印方向に進もうとしたユーバ・アインスだが、地面に放置されたユーバ・フィーアの残骸に視線をやる。
足だけを残された状態で地面に放置されているユーバ・フィーアは、やはり可哀想だろうか。ユーバ・フュンフも、ユーバ・ゼクスも、ユーバ・ズィーベンも弔ってやったのだから、やはり彼も同じように弔ってやるべきだろう。
ユーバ・アインスは地面に転がるユーバ・フィーアの残された両足を抱えると、
「【謝罪】すまない」
誰へ向けたものなのか不明な、小さな謝罪の言葉を口にした。




