【第10話】
――【報告】目的地周辺に到着。
搭載された人工知能が、そんな報告を淡々とした口調でしてくる。
遠くの方で聞こえる激しい戦闘音に引き戻されそうになるのだが、ユーバ・アインスは自分自身に課された秘匿任務を遂行するべく廃墟と成り果てた王城の前に立った。
元々は綺麗な王城だっただろうが、今や見る影もなく荒れ果てている。庭には雑草が生い茂り、城門は破壊されてひしゃげた状態で転がり、王城の上半分はもはや存在しない。どこかに吹き飛ばされてしまったのか、穴が開いているような状況だ。
ユーバ・アインスは純白の盾を手元に呼び出すと、
「【要求】ユーバ・フィーアの生体反応を探知」
――【了解】探知を開始します。
人工知能がそんなことを言い始めて、3秒後に答えが返ってきた。
――【回答】アビサティヌ城の地下空洞にて発見。
「【疑問】地下空洞?」
――【肯定】玉座の間付近に大規模な地下空洞が形成されております。
本来であれば退避や回避を推奨してくる人工知能も、さすがに何も言わなかった。ユーバ・アインスが請け負う秘匿任務について、きちんと理解しているのだ。
ユーバ・アインスは荒れ果てたアビサティヌ城の敷地内に足を踏み入れる。
ひび割れた石畳は歩行を困難にさせ、隙間から存在を主張してくる雑草が陰鬱とした印象を与える。草花も枯れ果て、見るも無惨な光景が広がっていた。聴覚機能でも遠くの方で聞こえるエルドたち傭兵団『黎明の咆哮』と量産型レガリアが戦っている音しか拾えない。
この城には誰も配置していないのか。いいや、臆病者で用心深いユーバ・フィーアが自分自身の周りに量産型レガリアを置かないのはおかしい。
「【要求】周辺の索敵」
――【回答】索敵範囲内に敵性レガリアの存在は検知されません。【推奨】光学迷彩を解除する兵装の展開。
「【了解】その判断を採用する」
純白の盾を構えたユーバ・アインスは、
「【展開】迷彩看破」
すると、周囲から硝子の割れるような音が立て続けに響き渡った。
ユーバ・アインスを取り囲む、真っ黒い身体が特徴的な量産型レガリアが大量に出現する。誰も彼も銃火器を構えており、その銃口が真っ直ぐにユーバ・アインスを狙っている。
銀灰色の双眸で量産型レガリアを睨みつければ、どこかに配置された1機から「【驚愕】うおおおお!?」などというわざとらしく驚愕する声が聴覚機能を刺激した。やはりユーバ・フィーアは見えていたか。
「【遺憾】兄者をこっそり暗殺する計画が失敗したでござる!!」
「【回答】当機に光学迷彩の類は通用しない」
「【遺憾】あらゆる戦場での運用を想定された兄者は違いますなぁ!!」
ユーバ・フィーアは「【残念】仕方がない」と言い、
「【回答】兄者にはこのまま死んでもらうことにしましょうかね」
「【展開】重機関砲」
ユーバ・アインスは純白の盾を素早く換装し、真っ白な重機関砲を形成する。銃口を量産型レガリアに向けて即座に照準を合わせると、迷いなく引き金を引いた。
立て続けに響き渡る銃声。ズガガガガガガガガガカガガガ!! という轟音と共に放たれた銃弾が雨嵐のように量産型レガリアへ襲撃し、関節部分や頭部を的確に撃ち抜いていく。相手が攻撃をしてくる間もなく、ユーバ・アインスを取り囲んでいた量産型レガリアは鉄屑とかした。
加熱状態にある純白の重機関砲を下ろしたユーバ・アインスは、
「【要求】索敵精度の上昇。ユーバ・フィーアがこの程度の量産型レガリアを配置しているとは思えない」
――【報告】アビサティヌ城奥地から量産型レガリアの反応を検知。【推奨】戦闘用意を。
「【了解】戦闘開始」
純白の重機関砲から素早く純白の盾に持ち替えれば、盾に強い衝撃を感じ取った。
城の奥地から両腕を立派な重機関砲に改造された不格好な量産型レガリアが、兵隊が行進するように揃った足音を響かせて前進してくる。彼の手足として与えられた量産型レガリアはなかなか多い。
量産型レガリアを撃破しなければ、この先に存在するユーバ・フィーアの撃破も難しい。それならばもう、やるしかない。
「【展開】絶対防御」
盾で銃弾を受け止めながら、ユーバ・アインスは次なる兵装を展開する。
「【展開】一方通行」
純白の盾で受け止めた銃弾が逆再生されるかのように戻っていき、量産型レガリアの両腕に括り付けられた重機関砲をまとめて吹き飛ばす。小規模な爆発が起きると同時に量産型レガリアの両腕が地面に次々と落ちていった。
その隙を見逃さない。攻撃手段を失って立ち尽くすユーバ・フィーアの子飼いたちに肉薄すると、その首に純白の盾を突き刺してやった。衝撃に耐えられず、量産型レガリアの胴体から頭部から千切れ飛ぶ。
攻撃するユーバ・アインスの存在に気づいて体当たりをかましてくる量産型レガリアを回避し、仲間の量産型レガリアにぶち当てる。ドミノ倒しのように量産型レガリアはまとめて倒れ込み、ジタバタと起き上がれずに暴れていたところを展開した超電磁砲の兵装で黒焦げにしてやった。
――【報告】ユーバ・フィーアの『侵食』を確認。
「【要求】能力の解析。兵装『潜行操作』の精度上昇に繋げてくれ」
――【了解】解析を開始します。【報告】解析の完了及び精神回路に侵入したユーバ・フィーアの『侵食』を除去成功、兵装『潜行操作』の精度を上昇させるため兵装の構築を開始します。
ユーバ・フィーアが『侵食』の能力を使ってくるとは、なかなか相手も追い込まれている様子である。残念ながら、その能力は通用しない。
「【疑問】ハルフゥンでのやり取りでは成功したのに!?」
「【回答】わざと成功させてやったに決まっている」
驚くユーバ・フィーアに、ユーバ・アインスはあっけらかんと言い放つ。
ユーバ・フィーアの能力である『侵食』は、自立型魔導兵器『レガリア』にとって鬼門だ。味方を操る能力は敵になると厄介だが、ユーバシリーズ初号機にこの程度の能力へ耐性を持っていない訳がなかった。
つまるところ、共に戦っていたエルドの前だったので猫を被っていたのだ。相棒のエルドは一体どうやって助けてくれるのか、単に興味からわざとユーバ・フィーアの『侵食』を受け入れてやっただけである。
結果的にその救出方法はユーバ・アインスの記憶回路へ奥深く格納されて、厳重に鍵をかけられることとなったが、戦闘には何も問題はない。
「【悲鳴】兄者の馬鹿!! バーカ!!」
「【疑問】それよりも量産型レガリアはまだ存在するのか? 貴殿は一体何機の量産型レガリアをこの城の内部に配置している」
「【回答】教える義理はねえでござる!!」
絶叫するユーバ・フィーアの子飼いたちを削ってやりながら、ユーバ・アインスはアビサティヌ城に足を踏み込むのだった。
☆
城の内部にも瓦礫が積まれているものの、外観より何故か神聖に見える。ポッカリ開いた天井から燦々と陽の光が落ちているからだろうか。
アビサティヌ城に入ってすぐの玄関口にて、山のように積まれた瓦礫の上に愛らしい少女の姿をした自立型魔導兵器『レガリア』が佇んでいた。
桃色のツインテールに赤い瞳、髪と同色を基調とした可愛らしい戦闘用衣装。ハートの形をした石が特徴的な杖は魔法使いのようで、女児なら喜びそうな見た目である。
「【歓迎】ようこそ、兄者。ここが兄者の墓場ですぞ」
「【疑問】やはり本体は姿を見せないのか」
「【回答】そりゃ、当機には戦う能力がありませんからな」
可憐な見た目とは対照的な気味の悪い話し口調の少女型レガリアは、ハート型の石が据えられた杖を突き出してくる。
「【要求】じゃあ兄者、ここでサクッと死んでくだしあ」
「【拒否】断る」
ユーバ・アインスは少女型レガリアを睨みつけ、戦闘準備を開始する。
――通常兵装、起動準備完了。
――非戦闘用兵装を休眠状態に移行完了。戦闘終了まで、この兵装を使うことは出来ません。
――残存魔力82.93%です。適宜、空気中の魔素を取り込み回復いたします。
――彼〈リーヴェ帝国所属、自立型魔導兵器レガリア『ユーバシリーズ』4号機〉我〈自立型魔導兵器レガリア『ユーバシリーズ』初号機〉戦闘予測を開始します。
――戦闘準備完了。
手元に呼び出した純白の盾を構え、ユーバ・アインスは宣言する。
「【状況開始】戦闘を開始する」




