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Regalia  作者: 山下愁
第7章:朽ち果てた玉座に座る傀儡の王

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【第8話】

 鬱蒼とした森林の先に、錆びついた鉄製の城門が見えてきた。



「何だァ……?」



 量産型レガリアの襲撃を何とか撒いてきたエルドは、森の奥にひっそりと存在する鉄製の城門に注目する。


 城門は何か仕掛けのようなものがあるのか、ピタリと閉ざされている状態だ。両脇に聳え立つ塔には壊れた人形のようなものが座っており、仕掛け的なものがあると予想できる。

 上部には『ようこそウェルシュタット共和国へ』と歓迎の文章が並んだ看板が掲げられていたが、風雨に晒された影響もあって文字が色褪せてしまっている。かろうじて読むことは出来たが、異様な不気味さは拭いきれない。


 ウェルシュタット共和国に聞き覚えのあるエルドは「あ」と思い出す。



「そういや、有名なサーカス団があったよな?」


「ああ、あったあった」


「確かにここだったな」


「この国発祥って聞いたけど、ここまで酷えとは思わなかったな」



 同行していた傭兵団『黎明の咆哮』の戦闘要員たちも、ウェルシュタット共和国のサーカス団に覚えがあるようで各々頷いていた。



「【疑問】それほど有名なサーカス団が存在していたのか?」


「ウェルシュタット共和国は芸能活動で有名な連中が多くて、戦争中でも移動サーカス団があちこちの国を巡ってたんだよ」



 ユーバ・アインスの何気ない疑問に、エルドは自分の記憶を掘り起こしながら答える。


 ウェルシュタット共和国のサーカス団は非常に有名で、現実と魔法を上手く融合させた舞台はまさに夢のようだった。唐突にドレス姿の美女が魔法で空を飛んだり、獅子が燃え盛る炎の輪を潜り抜けたり、百発百中の命中率を誇るナイフ投げがいたりと大人から子供まで興奮できる出し物が目白押しだった。

 エルドもまだ若い頃に傭兵として稼いだ金を貯めてチケットを購入し、1度だけウェルシュタット共和国のサーカス団を見に行ったことがある。あれは本当に夢のような体験だった。今でもあのサーカス団はどこかで一般人を相手に演じているのだろうか?


 彼らは全国を巡って頑張っているのに、帰る場所がなくなってしまうのは可哀想だ。こんな荒れ果てた故郷を前にすれば、普段は笑顔を振り撒くサーカス団の団員でも涙に暮れることだろう。



「アインス、ユーバ・フィーアの反応は?」


「【回答】中心に存在。【予測】おそらくウェルシュタット共和国の王城シンボル、アビサティヌ城にいるかと」



 ユーバ・アインスの報告を受け、エルドは鉄製の城門から廃墟と化したウェルシュタット共和国の内部を窺う。


 鉄格子のように行手を阻む城門から多少の様子は把握できるが、不思議なことに量産型レガリアの姿は確認できない。窓の割れた建物が並び、石畳には瓦礫が散乱した酷い有様だ。

 建物の壁に描かれた道化師や杖を掲げた魔法使い、笑顔の子供たちの絵は軒並み色褪せて埃を被ってしまっている。建物の壁に刻み込まれたひび割れが、不気味さを後押ししていた。



「量産型レガリアは出払ってんのか……?」


「【否定】当機の索敵範囲内には量産型レガリアがまだ存在する。【警告】油断は禁物だ」


「ッて言っても、本当に確認できねえぞ?」



 ユーバ・アインスの索敵技能は信用に値すべきだが、相手は自立型魔導兵器『レガリア』を乗っ取って意のままに操作するユーバ・フィーアなのだ。頼れるユーバ・アインスの索敵技能におかしなことが起きている、という可能性も捨てきれない。

 肉眼で確認できる箇所を見渡して、量産型レガリアの姿はやはり確認できない。ユーバ・アインスの索敵技能には引っかかっているので、高度な光学迷彩の兵装を用いているのだろうか。


 その時である。



『よーおこそー、おこしくだーさーいましーたー♪』


『夢のような一時を! 素敵な1日を!』


『たっのしーみーまーしょーおー♪』



 ひび割れた音声が突如として流れ出し、鉄製の城門を支える塔に座る人形たちがカタカタと音を立てながら歌い始めたのだ。

 皮膚が溶け落ち、頭髪は抜け、眼球は外れてポッカリと開いた状態の眼窩が気味悪い印象を与える。手足もあらぬ方向に捻じ曲がっており、せっかく綺麗に飾り付けたタキシードやドレスがボロボロに朽ち果ててしまっている。


 エルドを含め、傭兵団『黎明の咆哮』は警戒心を露わにする。この状況で警戒しないのはおかしかった。



『さあ! おいで!』


『笑顔が溢れるウェルシュタットへ!』


『きょーおーも、たのしーくあそびーまーしょーおー』



 気味の悪いひび割れた歌声と共に、錆びた城門がゆっくりと開かれる。エルドたち傭兵団『黎明の咆哮』を国の中へ誘うかのようだ。

 こんな場所に足を踏み入れたら、まず生きて帰れないことを覚悟するしかない。子供たちは泣き喚き、大人でさえ恐怖心からすぐにこの場をあとにするだろう。エルドも出来れば今すぐハルフゥンの街に逃げ帰りたかった。


 警戒心のせいでなかなかウェルシュタット共和国に足を踏み入れることが出来ずにいると、歪んだ音声を響かせていた人形から聞き覚えのある声が流れてきた。



『【疑問】どうしたんでござるかぁ? せっかく当機せっしゃが歓迎しているのに』


「【回答】やはりユーバ・フィーア、貴殿の仕業だったか」


『【肯定】ご明察でござるよぉ、我が愚かな兄者』



 カタカタと口を動かす人形から流れてくるユーバ・フィーアの音声は、明らかにユーバ・アインスのことを馬鹿にしているような口振りだった。



『【疑問】それ以外に考えられないのに、兄者はまだ他の連中が操っていると思ったでござるか?』


「【回答】接触感知機能の誤作動かという予測結果も出ている。【補足】だが、貴殿の仕業である予想が95%だった」


『【納得】なぁるほど。そこまで選択肢を取り揃えておくのも、まあ当機せっしゃらにとっては当たり前ですな』



 ユーバ・フィーアは『ぐふふふ』と変な笑い声を漏らし、



『【疑問】どうするんで、兄者? ここで逃げ帰りますかな?』


「【否定】当機は貴殿を撃破する。故に撤退という選択肢は最初から存在しない」


『【納得】へえ。じゃあ、当機せっしゃと本気で戦うんでござるか。【補足】いいんでつか? 当機の手下はかなーりいますぞ?』


「【肯定】愚問だ。発見次第、全て撃破する」


『【回答】おー怖い怖い。やはり兄者はこうでなきゃ』



 ユーバ・フィーアは『【歓迎】どうぞどうぞ、お入りくださいでござるよ』などと言い、エルドたちをウェルシュタット共和国内へ誘い込む。


 明らかに罠だっていうことは分かっている。簡単に勝てる相手ではないことも理解できる。

 大量の自立型魔導兵器『レガリア』の相手など、エルドたち傭兵団『黎明の咆哮』では賄えない。せめて近くに待機している他の傭兵団にも声をかければ勝機はあるのかもしれないが、そうなるとユーバ・アインスの行動に制約がついて回る。


 ユーバ・フィーアを撃破するには、進む以外にないのだ。



「【提案】エルドはハルフゥンへの帰還をした方がいい」


「何でだよ」


「【回答】この先には、量産型レガリアやシリーズ名で管理されるレガリアが存在する。ユーバ・フィーアの傘下にあり、エルドや傭兵団『黎明の咆哮』の面々を容赦なく攻撃してくるだろう」


「だろうな」



 エルドは右腕に嵌めた戦闘用外装をガシャンと鳴らすと、



「でも行く」


「…………」


「テメェの秘匿任務に付き合うって言ったからな」


「…………【応答】そうか」



 ユーバ・アインスは純白の盾を構え、



「【要求】命の危機が迫ったら撤退をしてほしい」


「それは俺の匙加減でいいんだよな? じゃあ当面は撤退しねえよ」


「嫁を取り残すなんて選択肢がないんだろ」


「相変わらずお熱いことで」


「へーいへーい、らーぶらーぶ」


「テメェらはぶっ飛ばすぞ」



 茶化してくる傭兵団『黎明の咆哮』の同僚どもを睨みつけ、エルドは廃墟と化したウェルシュタット共和国の内部に足を踏み入れる。

 じゃり、と石畳を踏みしめる。埃っぽい空気が鼻孔を掠め、湿った風がエルドのくすんだ金髪を撫でた。


 そして、



「【警告】敵を発見」


「【警告】敵を発見」


「【警告】敵を発見」


「【警告】」「【警告】」「【警告】」「【警告】」「【警告】」



 ――建物内に姿を隠していた数えきれないほどの量産型レガリアが、エルドたちに銃口を向けていた。

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