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Regalia  作者: 山下愁
第7章:朽ち果てた玉座に座る傀儡の王

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【第5話】

 太陽が沈み、空が紺碧に染まる頃合いだ。


 ハルフゥンに拠点を展開完了した傭兵団『黎明の咆哮』は賑やかだった。

 久々の安全地帯に非戦闘員たちの表情も明るい。彼らも車中泊ばかりでは気が滅入っていた頃合いだったのだろう。幼い子供たちも夜遅い時間帯にも関わらず、甲高い声ではしゃいでいる。興奮気味だ。



「ふあぁ……」



 水浴びを終えたエルドは使い古したタオルで頭をガシガシと拭いながら、根城とする建物内を欠伸をしながら闊歩する。


 外では哨戒任務を言い渡された戦闘要員どもと「まだ眠くない」と主張する子供たちが楽しそうに騒いでいた。哨戒任務から外された戦闘要員はさすがに日頃の疲れが溜まっているのか、早々に眠りについた様子で建物に明かりが灯っていない箇所が多い。

 中には「うるせえぞ」と訴える連中もいたが、そんな相手には「黙って寝てろ」と返される始末である。理不尽だ。


 適当に水気を払ったのでもう寝てしまおうかと考えるエルドだったが、



「【警告】エルド、その状態でいると風邪を引く。【提案】当機が髪の毛を乾かそう」


「出来んのか?」


「【肯定】当然だ。【補足】当機には非戦闘用兵装も充実している。髪の毛を乾かす兵装も完備だ」



 ガタガタとどこからか椅子を引っ張ってきたユーバ・アインスが、椅子の背もたれを叩きながら「【要求】さあ、座ってほしい」と言ってくる。

 もう何でも出来る自立型魔導兵器『レガリア』である。便利なことこの上ない。こんな出来た嫁が近くにいてもいいものなのだろうか。


 ――いいや、嫁って何だ。ユーバ・アインスの設定性別は男性だ。エルドに同性愛の趣味はない、はず。



「【疑問】エルド?」


「いや、何でもない何でもない」


「?」



 首を傾げるユーバ・アインスに「気にするな」と告げたエルドは、ボロボロの椅子にどっかりと腰掛けた。


 背後に回ったユーバ・アインスが、濡れたエルドの髪に指先を通す。水を浴びて石鹸で洗っただけなので髪の毛など傷み、ボサボサで艶がない。このご時世なのだから髪の毛の手入れをしている暇があるなら、多くの自立型魔導兵器『レガリア』を倒さなければ生きていけない。

 ギシギシに傷んだ髪の毛を撫でるユーバ・アインスは、ついでと言わんばかりにエルドの頭皮を揉み込んでくる。いい刺激となって眠気を誘う。



「あ゛ぁー……」


「【疑問】随分と疲れ気味な様子だが」


「そりゃそうだろ……」



 頭皮を揉まれながらエルドは答える。



「ハルフゥンの町が乗っ取られたとかで奪還しなきゃいけなかったし、そのあとに拠点の展開準備も手伝ったし……疲れてないって言ったら嘘になるなァ」


「【納得】そうか。【提案】ならば按摩もついでに執り行うが」


「頼むー……」



 頭皮を揉み込むユーバ・アインスの力加減が絶妙で、エルドは「あー……」と声を上げることしか出来ない。疲れが一緒に持ち込まれていくような気配がある。

 グイグイと頭皮を揉み込まれた次は、ユーバ・アインスの指先がエルドの頸に移動する。凝り固まった筋肉をほぐすように指圧がかけられ、その気持ちよさに思わず唸ってしまう。


 慣れた手つきでエルドの岩のように凝り固まった肩を揉みほぐすユーバ・アインスは、



「【疑問】岩のように硬いのだが?」


「そりゃ按摩なんてやられたことねえしなァ。ゲートル共和国の銭湯でも風呂に入るだけだし……そういうのって金がかかるし……」


「【提案】これからは定期的に執り行った方が、エルドの行動も効率化される」


「もう何でもいいやー……任せたわー……」


「【了解】その命令を受諾する」



 ポコポコと肩を叩くリズムが心地よく、エルドの眠気もますます加速される。椅子に座った状態でも眠ることが出来そうだ。



「ユーバ・フィーアは、襲ってきそうか……?」


「【回答】24時間を問わず執拗に攻撃してくる可能性はある。当機の索敵範囲内では該当機器を確認することは出来ない。【予測】当機も寝ずの番をしておいた方がいいと判断するが」


「そっかー……テメェは起きてられるんだもんなー……」



 ハルフゥンの奪還作戦にも積極的に関わり、拠点の展開作業も進んで手伝っていた。自立型魔導兵器『レガリア』には疲労感というものがないのか、動きに無駄がない上にキビキビと行動するものだから羨ましい。

 エルドなど疲れたら動きたくなくなってしまう。こうしてユーバ・アインスに按摩をされただけでも夢の世界へ旅立ちそうなのだ。意識をこうして必死に繋ぎ止めておかないと、本気で眠って椅子から転げ落ちる羽目になってしまう。


 適度な頃合いで按摩を切り上げたユーバ・アインスが、



「【展開】温風乾燥ドライヤー



 次の瞬間、温かな風がエルドの髪を撫でた。風の音と温度が心地よく、意識も半分ほど夢の世界に引き摺り込まれる。



「あー……」


「【説明】当機の兵装『温風乾燥ドライヤー』は、濡れたものを乾かす性能がある。これを使えばエルドの髪を効率よく乾かし、なおかつある程度の髪の修復効果も期待できる。【補足】これでいつか、エルドの金髪もツヤツヤになるぞ」


「…………」


「【疑問】エルド?」



 いつしかエルドの意識は途切れていた。



 ☆



「くー……」



 静かな寝息が聴覚機能を刺激する。


 項垂れた体勢で椅子に腰掛けるエルドは、完全に眠っていた。心拍数も血圧も異常はなく、気絶ではなく疲労感とユーバ・アインスが施した按摩で睡眠へと誘い、この温風がトドメとなったようだった。

 それならこのまま寝かせてしまうのがいいだろう。彼も疲れているのだから仕方がない。エルドはユーバ・アインスと違って生きている人間なのだから、疲労感もあるし肩も凝る。


 風に容赦なく乱されるエルドの金髪を撫でて整えるユーバ・アインスは、



「…………」



 記憶回路に刻み込まれた、エルドとのキス。


 4号機であるユーバ・フィーアの『侵食』による能力阻害を受け、思考回路までも乗っ取られようとした時のことだ。あまりにもねちっこい攻め技を食らっていたので、緊急事態として「ユーバ・フィーアを驚愕させるような行動をとること」と提案したのだ。

 その結果がキスである。ユーバ・フィーアは確かに驚いていたし、侵食の除去作業も無事に成功した。人工知能に命じて全回路の防衛機構を強化してユーバ・フィーアの『侵食』に対策を講じたが、昼間のキスだけは脳裏に焼き付いて離れない。


 少しばかり乾燥した唇が寄せられて、仄かなエルドの体温が肌に触れる。すぐ近くまで迫ったエルドの顔に、ユーバ・アインスの人工知能がエラーを吐いた。



「【疑問】エルド?」


「くー……」


「【提案】エルド、眠るのであればベッドに行った方がいい。身体を痛める」


「ぐー……」


「【諦念】ダメか」



 ユーバ・アインスは眠るエルドの正面に周り、彼の顔を覗き込む。


 普段こそ飄々とした物言いや態度が目立つが、顔立ちは整っている。目鼻立ちも男らしく、筋肉質で身長もユーバ・アインスより遥かに高い。腕も足も逞しくて、抱きしめられて眠った安心感を思い出してしまう。

 鍛えられた鋼の肉体とは不釣り合いで、右腕は痩せ細っている。ダラリと垂れ落ちた状態で動くことはない。試しにエルドの右腕を手に取って握ってみるが、やはり神経が通じていないのか握っても反応はない。


 眠るエルドの顔を見上げたユーバ・アインスは、彼の頬に指先を這わせた。



「【感謝】エルド、ありがとう」



 秘匿任務に付き合ってくれた。

 側にいてくれた。


 ――生きていてほしい、と願ってくれた。


 それが何よりも嬉しかった。

 最初は抱かれていた警戒心がなくなって、こうして無防備な姿も見せてくれた。戦場では大きくて頼りになる背中に、秘匿任務でも助けられた。


 だから守りたいと願うのだ。



「――――」



 背筋を伸ばし、ユーバ・アインスはエルドの唇を己のそれで塞ぐ。


 手入れがされていないせいでカサカサになった唇。触れ合ったのは一瞬だが、人工知能が大量のエラーを吐いてうるさい。

 パッと離れたユーバ・アインスは、眠るエルドを抱きかかえてベッドに移動させる。自立型魔導兵器『レガリア』の人工筋肉であれば自分よりも上背のあるエルドを持ち運ぶことなど容易い。


 襤褸布ぼろぬのを敷いたベッドにエルドを転がして、ユーバ・アインスもその隣に身体を横たわらせる。



 ――【提案】休眠状態へ移行しますか?


「【拒否】そのまま索敵状態を維持。【優先】4号機ユーバ・フィーアの侵食下にある量産型レガリア、及びユーバ・フィーア本機の捜索を」


 ――【了解】設定を更新します。



 人工知能が休眠状態を提案してきたが、それを蹴飛ばしてユーバ・アインスはエルドの鍛えられた胸筋に額を寄せて瞳を閉じる。こうしている今も索敵状態の維持は欠かさない。

 どうかこの夜を邪魔してくれるな。――密かにそう願いながら。

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