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Regalia  作者: 山下愁
第6章:怨嗟は速く、死は遅く

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【第4話】

 ユーバ・アインスが5号機であるユーバ・フュンフと戦闘している最中、エルドは潜む6号機を追いかけていた。



「クッソ、どこ消えた!?」



 伽藍がらんとした街並みを見渡して、エルドは悪態を吐く。


 レノア要塞で邂逅を果たした7号機のユーバ・ズィーベンと同じように擬態能力でも持っているのかと思えばそうではなく、単純に逃げるのが上手いだけだろう。さすが天下のユーバシリーズと呼ぶべきだろうか。

 6号機に合流されてしまうと、ユーバ・アインスの戦いにも不利益が生じてしまう。それだけは避けるべきだ。彼も一気に2機の弟妹機を相手にするのは難しかろう。


 まあ、ユーバ・アインスの場合は「【否定】当機の性能を下方修正しないでほしい。【要求】当機に対する認識の是正」と言ってくるだろうが。



 ――カツン。



 石を蹴飛ばすような音が耳朶に触れた。


 弾かれたように振り返れば、建物の影に人の姿をした何かが引っ込む瞬間を目撃する。慌てた素振りを見せるそれはゲートル共和国の住人ではないだろう。

 ユーバシリーズ6号機だろうか。とにかく、追いかけなければ姿さえ認識できない。


 エルドは「待て!!」と呼びかけ、



「止まれ!!」


「!!」



 建物の影に隠れた人物は、凄まじい身体能力を駆使してエルドから懸命に逃げる。明らかに常人の域を超えている身体能力は、改造人間か自立型魔導兵器『レガリア』である証拠だ。

 一瞬で遠ざかる何某だが、その髪の色は黒に近い濃紺である。その手には細い棒のようなものを握りしめており、光沢感のある衣装を身につけていた。詳細は少し遠くなりすぎて分からない。


 エルドは「おいコラぁ!!」と叫ぶと、



「待てって言ってんだろうが!!」


「――――!!」



 声にならない悲鳴を上げる怪しげな姿をした何某を追いかけ、エルドは伽藍としたゲートル共和国の街並みを駆け出す。



 ☆



 どれほど走っただろうか。


 怪しげな人物は、袋小路に追い詰められて今にも泣き出しそうな表情で建物の壁を指先でガリガリと引っ掻いていた。哀れに思うほど怯えてしまっている。自立型魔導兵器『レガリア』だとしたら、随分と戦いに向いていない機体だ。

 肩まで届く濃紺の髪は、目元を覆い隠すほど前髪が長い。隙間から覗く瞳の色は夜空を想起させる黒色。どちらかと言えば少女めいた儚げな印象のある顔立ちは、エルドを認識した瞬間に歪む。


 5号機のユーバ・フュンフは華奢な全身をボディースーツで覆った大胆な格好だったが、6号機はどちらかと言えば全体的に控えめである。ベルトが巻きつく上着を羽織り、上着の袖から伸びる手は光沢感のあるスーツによって覆われている。口元にはマスクのようなものが装着され、機械的な輝きを放つショートブーツが石畳を踏む。

 その手に握られているのは、魔法使いが使うような杖だ。先端には鐘のようなものが括り付けられており、それを揺らすたびにカランカランという音を立てる。


 杖を両手で握りしめる6号機は、ジト目でエルドを睨みつけてきた。



「【疑問】……どうして、追いかけてきたの」


「そりゃテメェを足止めするように頼まれたからな」



 相棒であるユーバ・アインスから要求されたのは、6号機であるユーバ・ゼクスの足止めである。

 当然だが、エルドが足止めの役割を担えるか不明だ。相手は天下のユーバシリーズ、自立型魔導兵器『レガリア』の中で今でも最優にして最強と語り継がれる機体たちだ。強い兵装を有している訳ではないと言われていても、ユーバ・ゼクスならエルドを殺すぐらい簡単にやってのける。


 ユーバ・ゼクスは嫌そうに顔をしかめると、



「【疑問】それは……にーさま、に言われて、きたの?」


「まあな」


「【疑問】当機ぼく、止められると思って、る?」


「思ってねえ」



 エルドは改造されて膨らんだ右腕をガシャンと鳴らすと、



「でもここで応じなけりゃ、相棒でも何でもねえだろ」


「【否定】……にーさま、は、当機ぼくのにーさま、だよ」


「残念ながら今は俺の相棒だ、お嬢ちゃん」



 6号機のユーバ・ゼクスから紡がれる声は少しだけ上擦っており、どこか辿々しい印象がある。エルドに対する怯えがそうさせているのか、それとも元からそう喋るように設計されているのか。


 すると、ユーバ・ゼクスが鐘の括り付けられた魔法の杖をエルドに突き出してくる。

 カランカラン、と杖の先端に取り付けられた鐘が音を立てて揺れる。前髪の隙間から覗くユーバ・ゼクスの瞳は、心底嫌そうな光を宿していた。



「【否定】当機ぼく、は、男の子だ、よ」


「ソイツは悪かったな、坊ちゃん。何せ線が細いもんでなァ!!」



 強く踏み込んで、エルドはユーバ・ゼクスの腹を狙って右拳を突き出す。戦闘用外装を駆け抜ける青色の光。蒸気を噴出させる兵装は岩をも粉砕する威力を発揮し、量産型レガリア程度であれば一撃で倒せる。

 ただし、相手は量産型レガリアではなくユーバシリーズだ。ただぶん殴っただけで倒せるような間抜けではない。


 ユーバ・ゼクスが杖を石畳に叩きつけ、



「【展開】範囲遅延ディレイ



 そう唱えれば、エルドの突き出した右拳が嫌に重くなる。

 まるで手首に鉛玉でも吊るしたかのようにずっしりとした重みがあるのだ。いつもは絶対に感じない重たさだが、どうして今になって拳が重く感じるのか。


 殴る速度は徐々に落ち、鈍臭と進むエルドの拳をじっと見据えたユーバ・ゼクスは余裕を持ってエルドの攻撃を回避した。



「【補足】……当機ぼく、あんまり性能、よくない。あなたの攻撃、避けられない」



 トコトコと余裕を持ってエルドの脇を通り過ぎていくユーバ・ゼクスは、



「【挨拶】さようなら……当機ぼく、は、逃げるね」



 ユーバ・ゼクスが杖の先端で石畳を叩くと同時に、エルドの身体へ軽さが戻ってきた。兵装の感覚も普段の変わらないものとなる。

 気がつけばユーバ・ゼクスはその場を走って逃げ出しており、慌てて追いかけたとしても今度はまた身体が重くなることだろう。ユーバシリーズに与えられた能力の類だろうか。


 この場にユーバ・アインスがいてくれれば、きっとユーバ・ゼクスの能力を解説してくれたはずだ。前情報がないので何も対処することが出来ない。



「クソが、待ちやがれ……ッ!!」



 エルドがユーバ・ゼクスを追いかければ、



「はあッ!!」



 遥か彼方を逃げていたユーバ・ゼクスを、横から飛び出してきた誰かが思い切り蹴飛ばしたのだ。


 吹っ飛ばされていくユーバ・ゼクス。壁に叩きつけられて苦しそうに喘ぐユーバシリーズ6号機に詰め寄ったのは、両足に改造を施した美人な改造人間である。

 黒髪ぱっつんで、緑色の瞳を持った怜悧な印象の女性だ。彼女の姿を認識した瞬間、今度はエルドが心底嫌そうな表情を浮かべる番だった。



「姉御……」


「エルド、奇遇だな。ちょうど散歩をしていたところなんだ」



 緑色の瞳を音もなく眇めた傭兵団『黎明の咆哮』が団長、レジーナ・コレットはユーバ・ゼクスを見下ろして言う。



「それで? ユーバシリーズはいつから人里を襲うような俗物に落ちぶれたんだ?」


「【否定】……当機ぼくたち、は、落ちぶれていない……」


「量産型レガリアを除いて、シリーズ名で管理される自立型魔導兵器『レガリア』は一般人を襲わないと有名なのだがな。お前たちの開発者は、無抵抗の一般人さえ殺すように設計したのか?」


「【否定】……違うッ!! お父さん、悪く言わないで……!!」



 開発者を馬鹿にされたと判断したユーバ・ゼクスは、手から滑り落とした杖を素早く拾うとレジーナめがけて殴りかかる。


 しかし、レジーナに杖の先端が触れるより先にエルドの拳が先に届いた。

 戦闘用外装を起動し、岩をも打ち砕く剛腕が発揮される。ユーバ・ゼクスがエルドの拳の存在に気づいた時にはすでに遅く、彼の横っ面にエルドの巨大な右拳が容赦なく突き刺さった。


 呆気なく吹き飛ばされるユーバ・ゼクス。レジーナに蹴飛ばされ、エルドに殴られた傷跡は確かにユーバシリーズ6号機を傷つけた。



「【報告】……全体の3割を、損傷。自動回復機構を、展開」



 変な方角に折れ曲がったユーバ・ゼクスの首が元に戻り、またレジーナの攻撃を受けて凹んだ胴体部分も修繕される。自動回復機構による回復が適用されてしまった。



「【宣告】……許さない、の」



 両手で杖を握りしめて2人の改造人間と対峙を果たすユーバ・ゼクスは、そう宣言をした。

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