【第5話】
降り積もった雪を想起させる真っ白な髪に、理知的な印象を与える切れ長な銀灰色の双眸。そのまま外に放り出せば、傭兵団の女性陣が放っておかなさそうな整った顔立ち。
儚げでありながら、どこか浮世離れした気配を漂わせる全身真っ白な人間。身につけた長いコートやブーツすらも真っ白く、汚れ1つ見当たらない徹底的な白さだ。これが本当に自立型魔導兵器レガリアとは思えない。
起動言語とやらを受けた真っ白な人間――自立型魔導兵器レガリア『ユーバシリーズ』初号機が目を覚ました。
「えーと」
ユーバシリーズ初号機のすぐ近くにいたエルドは、生身の左手で自分の頬を掻く。
「その、我が同胞ってのは?」
「【回答】我が同胞は我が同胞である。共に戦うべき同胞という意味合いだが」
「共に戦う?」
エルドは首を傾げた。
目の前の真っ白なレガリアは、敵であるリーヴェ帝国で最強と謳われていたユーバシリーズの初号機だ。どう考えても一緒に戦うことなんてないが、レガリアが敵を欺く為に演技をしている訳でもなさそうだ。
この初号機の内部で一体何が起きたのだろうか。もしかして、エルドがぺちぺちと殴ってしまったからバグが発生してしまったのだろうか?
助けを求めるようにエルドはレジーナに視線をやると、彼女が代わりに前へ出てくる。
「おはよう、ユーバ・アインスとやら。お前はリーヴェ帝国に属するレガリアでありながら、我々を同胞と認定した理由は何だ?」
「【拒否】回答を拒否する」
「んなッ!?」
まさかのレガリア、回答拒否という反抗的態度を示してきた。
ぷい、とそっぽを向く真っ白いレガリア――もといユーバ・アインス。まるで説教を聞き入れることなく反省もしないクソガキのようだ。
というか、初めての経験ではないだろうか。自立型魔導兵器のレガリアは戦闘に特化した機体であり、質問をすれば持ちうる限りの権限で回答するのが彼らだ。回答を拒否するなどあり得ない。
つまり、ユーバシリーズには一定の自我があるのだ。
「【説明】当機が同胞と認定している人物は、当機を起動した人物に限る。それ以外の命令は受諾するように設定されていない。【推奨】同胞としての登録、もしくは質問の辞退」
淡々と感情の読めない平坦な声で「同胞に登録するか?」と聞いてくるユーバ・アインス。そうしなければ質問にも答えないし命令も聞かないとは、融通の利かない魔導兵器である。
おそらくだが、命令権を統一していたのだろう。下手な人間に変な命令を受ければその通りに実行してしまうので、彼らの尊厳を守る為に命令権や回答権は統一されていたのか。
そして現在、同胞として登録されているのは起動した本人であるエルドのみである。密かに頭を抱える。
「【質問】我が同胞、貴殿の名前を聞いておきたい」
「え? ああ、エルドだよ。エルド・マルティーニ」
「【登録】エルド・マルティーニを同胞として登録が完了した。【宣告】これより先、当機は貴殿と共に戦う」
「いやいや、そこが納得できないんだっての」
「【疑問】納得できないとは?」
不思議そうに首を傾げるユーバ・アインスに、エルドは「あのなぁ」と言う。
「テメェは元々敵だった、なのに今日から味方ですって言われても『はいそうですか』って頷けるか」
「【理解】なるほど、確かにそうだ」
ユーバ・アインスは納得したように頷いた。魔導兵器でも状況を理解することがあるのに驚きだ。
「【疑問】それではエルド・マルティーニ、どうすれば当機は貴殿から信用を得られる?」
「え? えーとぉ」
「【要求】貴殿が当機を信用に値する行動・言動・その他諸々の提示。【補足】提示されれば当機はその通りに行動する」
「あー……」
自分でも納得の出来ることを言ったのはいいが、ならば信用するにはどうすればいいのか提示する必要がある。その部分を考えることを忘れていた。
1番楽な回答は「そんなの知らねえから、アルヴェル王国にでも行け。傭兵団で預かれるか」と突き放すことだ。命令されるがままに実行するのであれば、こんな金の為に戦争へ首を突っ込む傭兵団に所属するより王国の為に酷使された方が魔導兵器冥利に尽きるだろう。
よし、これで行こう。エルドは自分の中で出した回答に満足し、それを素早く実行に移す。
「じゃあ今すぐアルヴェル王国に行けよ。ウチの傭兵団だとテメェを持て余すしな」
「【拒否】その命令は受諾できない」
我が同胞と言っておきながら、命令を拒否してきやがったこの野郎。
「何でだよ。持て余すって言ったろ、アルヴェル王国に行けばテメェの使い道なんていくらでもあるだろ」
「【拒否】その命令は受諾できない」
ユーバ・アインスはエルドに対して同じ言葉を繰り返すと、
「【予想】アルヴェル王国に行けば、当機は解体されたのち廃棄処分されるのがオチだ。【懸念】そうすれば任務が達成できない」
「任務? テメェ、もしかしてスパイか何かか?」
エルドはユーバ・アインスを睨みつけ、改造された右手を握りしめる。
もしスパイとしてあの場所に壊れた状態で放置されていたとすれば、まんまとリーヴェ帝国の思惑に嵌まってしまった訳だ。
傭兵団なので碌な情報は持っていないが、もし戦争の勝敗に関わるのだったら今この場で殴り殺してやる所存だ。相討ちも覚悟する。
ところがユーバ・アインスは小さな声で、
「【不覚】まずい情報を思わず漏らしてしまった。【反省】当機の口は思った以上に軽くて敵わん」
何というか、どこか抜けている魔導兵器である。
「【要求】先程の発言の忘却」
「無理だな、人間の記憶って意外と都合よく出来てねえんだよ」
「【代案】当機が貴殿の記憶が消えるまで殴打する」
「それ俺が死ぬじゃねえかふざけんな!!」
本気でぶん殴って記憶を飛ばそうと企んでくる純白の人型魔導兵器を懸命に押し留めていると、途端にユーバ・アインスが動きを止めた。
銀灰色の双眸が、研究室の窓の向こうに投げかけられる。傭兵団に所属する衛生兵の子供たちが覗いているのかと思いきや、彼が感じ取ったものはそんな生易しいものではなかった。
無表情のまま外を眺めるユーバ・アインスは、
「【警告】当機の索敵範囲内に敵影を確認」
「あ? おいそれってウチの奴らじゃねえよな?」
「【追記】感知したのはレガリアの反応である。【補足】当機はレガリアの敵であり、リーヴェ帝国を追われる身となっている」
「は?」
本気でそんな声が出た。
だってそうだろう、おかしいだろう。
リーヴェ帝国が血と汗と涙が滲むような思いで作り出した最強のレガリアが、逆にリーヴェ帝国を追われる身になるとは誰が想定するだろうか。これは明らかに反旗を翻したと言ってもいいだろう。
エルドは判断を仰ぐ為にレジーナを見やるが、彼女は首を横に振った。それどころではないらしい。
「我が拠点にレガリアの接近を許すな。エルド、すぐに戦場へ向かってレガリアの撃破を」
「おう」
改造された右腕をガションと鳴らし、エルドは研究室を飛び出す。
が、余計なものまでついてきた。
真っ白なレガリア――ユーバ・アインスが、一定の距離を保ちながらエルドの後ろを追いかけていたのだ。
「何でテメェまでついてくるんだよ」
「【疑問】何故そのようなことを聞く必要が?」
キョトンとしたような態度で言うユーバ・アインスは、
「【要求】当機も共に戦わせてほしい。【説明】当機は戦力として申し分ない。貴殿の役に立てるはずだが」
「いやテメェなぁ……」
だが、エルドは思いとどまる。
どうせ何を言っても聞かないだろう。自立型魔導兵器レガリアと聞いて唯々諾々と命令に従うだけの人形かと思えば、どこか抜けた雰囲気のある意思を持った魔導兵器だ。エルドが何を言ったところで「【拒否】その命令は受諾できない」と言ってついてくるはずだ。
彼を待機させる為の命令を考えるのも面倒だ。それに、リーヴェ帝国が誇る最強のレガリアの戦いぶりを間近で見てみたい。
エルドは「勝手にしろ」とだけ告げた。ユーバ・アインスは小さく頷くと、
「【疑問】ところでエルド・マルティーニ、どちらへ向かっている?」
「ああ? そんなのレガリアのところに決まってるだろうが」
「【回答】レガリアの反応があったのは逆方向だが」
「…………」
前言撤回、いてよかったのかもしれない。危うく真逆の方向へ駆けつけるところだった。