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Regalia  作者: 山下愁
第5章:焦がれる恋慕、壊れる平穏

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【第6話】

「【疑問】エルド、貴殿の目当ては宮殿か?」


「見た目がそうだからって素直に口に出すな」



 襤褸布ぼろぬのと日傘装備で完全に『紫外線が苦手なアルビノ』に擬態しているユーバ・アインスは、目の前に鎮座している建物に唖然としている様子だった。


 真っ白いレガリアの表現した通り、目の前にあるのは宮殿のような見た目の巨大施設である。看板には金色の文字で『アルテノの泉』とあり、大勢の利用客が施設の出入り口を行き交っていた。

 屈強な肉体と規格外の改造を施された右腕を持つエルドが小さく見えるほど、眼前に鎮座する建物は巨大だ。それもそのはず、この『アルテノの泉』はゲートル共和国で最も巨大な銭湯と呼び声が高い。他の施設はここまで巨大ではないので、エルドが利用すれば頭をぶつけたり身体をぶつけたり痛い思いをするのだ。



「ほら行くぞ、アインス」


「【了解】その命令を受諾する」



 エルドはアインスを連れて『アルテノの泉』の建物内に足を踏み入れる。


 建物内も見た目に合致した通りで、絢爛豪華な仕様となっていた。かつてゲートル共和国の貴族が使っていたと言われている屋敷を改築したようで、壁に飾られている絵画や天井から吊り下がる照明器具はそのまま残されている。

 広々とした玄関口の真ん中には待ち合わせ場所として待機できるソファ席があり、数名の利用客が座っているぐらいだ。玄関口の隅には珈琲や紅茶、軽食などを提供する喫茶店が併設されていたり、最近の流行である小説や雑誌などを揃えた本棚があったりと設備も充実していた。


 ユーバ・アインスは興味深そうに玄関口を見渡し、



「【驚愕】外観と同じく内部構造も非常に豪華だ」


「しかも値段も安いからな」



 こんなに絢爛豪華な仕様となっているにも関わらず、この『アルテノの泉』の利用料はゲートル共和国で安い部類に入るのだ。見た目がかなり綺麗でありながら値段も安いとは、本当に嬉しい限りだ。



「テメェはどこかで待ってろよ。レガリアってバレないんだったらどこで待っててもいい」


「【了解】その命令を受諾する」



 しっかりと頷いたユーバ・アインスは、迷いのない足取りで中央に置かれたソファ席に向かう。それから空きスペースを見つけると、静かに腰を下ろした。

 利用客は襤褸布ぼろぬのを被ったユーバ・アインスに怪しげな視線を向けるが、その下に隠された真っ白い髪と真っ白い肌が垣間見えた途端に警戒心を解く。畳まれた日傘も抱えているので、利用客は自立型魔導兵器『レガリア』の中でも最強と名高いユーバシリーズ初号機であるとは気づいていない。


 いい傾向である。全身から色が抜け落ちた真っ白いレガリアなのですぐに自立型魔導兵器『レガリア』だと気づかれてしまうかと内心でヒヤヒヤしたものだが、紫外線が天敵であるアルビノを演じることで問題なく過ごせそうだ。



「いらっしゃいませ」


「1人で、改造部分のお預かりサービスもつけてくれ」



 受付に立っていた受付嬢は「かしこまりました」と可愛らしい笑みと共に応じる。



「清掃はよろしかったでしょうか?」


「表面だけにしてくれ。内部まで磨かれたらいざって時に戦えなくなる」


「かしこまりました」



 利用料を支払い、エルドは受付嬢からタオルを受け取った。タオルと一緒にタグのようなものを渡されたが、それは改造部分を預ける際に必要となってくるのだ。

 エルドのように装具型の戦闘用外装は浴槽に持ち込めないので、こうして預けることが必須となっている。内部まで改造していると今度は利用できる場所が限られてしまうので、この時ばかりは装具型でよかったと思うのだった。


 とはいえ、取り外し不可能な改造はよほどではないと施されない。傭兵団『黎明の咆哮』に所属する魔導調律師のメルト・オナーズがそんなことを許さないだろう。腕を切り飛ばしたら、義手の上から嵌め込む形の装具型戦闘用外装になりそうだ。



「腹も減ったし、とっとと風呂に入ってくるかな」



 タオルを抱えたエルドは、鼻歌混じりで『男湯』と書かれた看板に従った。



 ☆



 風呂から出てきたら、それまでソファ席に座ったまま微動だにしていなかったユーバ・アインスが消えていた。



「ッ!?」



 エルドは息を呑んだ。


 まさかレガリアであることがバレてしまい、自警団や他の傭兵団に連れて行かれてしまったのだろうか。あり得る、非常にあり得る事態だ。

 ユーバ・アインスといえば『白い破壊神』と有名なレガリアである。今までアルヴェル王国は何度もユーバシリーズに辛酸を舐めさせられていた。その恨みを晴らそうと企む輩は大勢いるはずだ。


 慌てて周辺に視線を巡らせると、



「あ」



 見慣れた襤褸布ぼろぬのの塊が、本棚付近で右に左に揺れていた。本棚に詰め込まれた書籍の種類を眺めている様子だが、その仕草が妙に可愛らしい。

 いや可愛らしいとは何だ。相手は男性で、自立型魔導兵器『レガリア』である。喋れば感情の起伏なんか見られない平坦な声が流れるだけである。可愛いもクソもないのだ。


 頭の中から可愛いという妙な感情を追い出したエルドは、



「アインス」


「【疑問】エルドか?」


「俺以外に誰がいるんだよ」



 本棚から視線を外したユーバ・アインスが、エルドに銀灰色の双眸を向けてくる。



「【疑問】もういいのか?」


「おうよ、さっぱりのツルッツルだ」



 ちょっと水気を孕んだ金髪も、右腕の戦闘用外装も、綺麗になっていた。何なら洗った時に大量の泥が流れ落ちていったので、エルドは「それほど汚れていたのか?」と泣きたくなったほどだ。

 しっかりと洗髪剤シャンプーを使って3回ほど洗ってから泥を落とし、様々な種類の風呂も楽しんできた。ゲートル共和国を訪れたら絶対にやることである。今回も満足した。


 エルドは「で?」と首を傾げ、



「テメェが珍しいな、場所を移動するなんて。犬のように待ってるかと思った」


「【回答】自立型魔導兵器『レガリア』だとバレない場所であればどこに移動してもいいと命令を受けている。現状、当機がレガリアと判明した様子はない」


「そうかい」


「【回答】あと、当機は犬ではない。【要求】認識の是正」


「例え話も通じねえのか、テメェは」



 不満げに唇を尖らせてきたユーバ・アインスを適当にあしらうエルドは、



「何か食いに行くか。腹減ったし」


「【了解】その命令を受諾する」



 ユーバ・アインスは首肯で返すと、



「【疑問】エルド、この本棚の書籍は購入できるものなのか?」


「あ? どうだったかな……」



 本棚には児童用の絵本から流行している小説、雑誌まで雑多な種類の書籍が詰め込まれていた。自由に読んでいいはずだが、購入できるか聞いたことがない。

 というのも、エルドはそもそも本を読まない。以前、この『アルテノの泉』を利用した際はとっとと帰ってしまったので本棚など見向きもしなかったのだ。


 ユーバ・アインスは1冊の小説に手を伸ばすと、



「【要求】この本がほしい」


「恋愛小説じゃねえか」



 表紙には屈強な男と可憐な女性の2人組が背中合わせで描かれており、純愛を謳う内容の帯が巻かれている。話題の恋愛小説だが、自立型魔導兵器『レガリア』が読むには最も適していない。

 中身は軍人とお姫様による恋愛小説らしいが、どうしてこんな本が読みたくなったのか気になるところだ。想像できないし、似合わないのだが、他人の趣味にまでとやかく言うほどエルドは性格が悪くない。


 エルドは「その本を元の場所に戻せ」と告げ、



「飯食ったあとに本屋行くぞ。多分それ、今流行してる本だから売ってるだろ」


「【了解】その命令を受諾する」



 ユーバ・アインスは書籍を本棚に戻すと、



「【感謝】ありがとう、エルド。やはり貴殿は優しいな」


「今更だろ」



 照れ臭そうにそっぽを向いてエルドは答える。悪い気分はしなかった。

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