【第4話】
「えー……」
何が起きたのか理解するのに時間がかかった。
手術台の上に置かれた全身真っ白な自立型魔導兵器『レガリア』――その最優であり最強と謳われるユーバシリーズ初号機に魔力を流した途端、不思議な力が働いた。
何と自動修復機構が発動したのである。である、と言われてもよく分からないけれど、多分凄い能力だろう。
左腕のみを修復したユーバシリーズ初号機は、手術台の上に横たわった状態で先程と同じ平坦な声を響かせる。
――自動修復機構を発動する魔力が充填されておりません。魔力が充填され次第、自動修復機構を発動いたします。
――魔力を充填してください。
ユーバシリーズ初号機は、魔力の充填を求めていた。そうすれば自動修復機構が適用されるから、さっさと魔力を寄越せと言っていた。
その場にいる全員が、揃って顔を見合わせる。
どれほど必要になるのか不明だが、魔力なら空気中に腐るほど存在する。空気中に分散される魔素を抽出し、改造人間の機械化した身体の機構に魔力を充填する作業はアルヴェル王国でもよくやられている手法だ。
もちろん、傭兵団『黎明の咆哮』にその機材がない訳ではなかった。傭兵団の大半が改造人間である。魔素を抽出して魔力変換する機械はどうしても必須となってくるのだ。
「なるほど、魔力が充填されれば直るのか」
団長のレジーナは納得したように頷くと、
「ドクター・メルト。我が団で所有するありったけの魔力をこの人形にぶち込んでやれ、勝手に直るのであれば此方のものだ」
「あれ、さっきまで直らねえモンはいらねえとか言ってたのに」
「直る見込みがあるなら話は別だ」
先程の厳しい意見をあっさり翻したレジーナに、エルドは苦笑した。
それにしても、やはり常識では考えられない魔導兵器である。
量産型レガリアには自動修復機構など備わっておらず、資材がなければ修繕することすらままならない。まさに量産型らしく使い捨ての未来が相応しい機体だ。
最優にして最強と謳われるユーバシリーズだからこそ備えられた奇跡なのか。こんな規格外なブツを見つけてしまうとは、運がいいのか悪いのか。
「そうと決まれば魔力を充填するよぅ!! エルドちゃん、そのレガリアを持ってきてちょうだい!!」
「何で俺が!!」
「エルドちゃんが1番力持ちだからよぅ!!」
ちくしょう、とエルドは口の中で呟いて、左腕のみが修復された真っ白いレガリアを担いだ。
☆
さて、傭兵団『黎明の咆哮』が保有する魔力抽出機に繋ぎ、ありったけの魔力を充填すると白いレガリアの壊れた部分は見事に自動で修復された。
両足は綺麗に直り、傷を負った部分も完全に修復される。誰もが戦場で見かけたあの白い破壊神と名高いユーバシリーズ初号機が、完璧な姿で手術台の上に舞い戻ってきた。
問題なのはここからだ。
「これ、どうやって起こすの?」
メルトの何気ない一言で、全員揃って再び頭を抱えることになった。
完璧に修繕したところまではよかった。
問題は、この修繕が終わった状態のユーバシリーズ初号機をどうやって起こすのかである。
起こしたところでエルドたちはアルヴェル王国側に所属する傭兵団だ。起動した瞬間に襲いかかってこない、とも言い切れないのだ。レガリアが修繕した連中に恩義を返すような思考回路など持ち合わせていないことなど想像に容易い。
「とりあえず、非戦闘員は遠ざけるか」
「そうだな」
エルドとレジーナの意見は一致し、非戦闘員であるヤーコブとメルトを手術台から遠ざけた。研究室の扉に近い場所で待機させ、いざとなったら真っ先に逃げられるように取り計らう。
それから、いくら戦闘用に改造されていてもレジーナは女性だし、この傭兵団『黎明の咆哮』の団長だ。起動したレガリアに殺されても困るので、彼女は手術台から少し離れたところで待機してもらう。
必然的にユーバシリーズ初号機を起こす作業は、エルドが担うことになった。消去法である、仕方がない。
エルドは右腕の兵装をいつでも展開できるように準備しておきながら、生身の左腕を眠るユーバシリーズ初号機に伸ばす。
「おーい」
ぺちぺち、と叩いてみる。
「おーいったら」
ぺちぺち。
「おいってば、おーい」
ぺちぺち、ぺちぺち。
「この野郎、何が楽しくて男相手にモーニングコールをしなけりゃいけねえんだよ!!」
ゴッ、とユーバシリーズ初号機の脳天をぶっ叩いてみたが、凄い硬かった。頑丈さを誇るだけあると言っていいだろう。
痛みを訴える左腕を振り、エルドは考える。
起こす方法なんて分からないし、男相手にこんな躍起になって起こすのもどうかと思う。起きるまで放置するのはダメだろうか。
「そういやコイツ、何て呼ばれてたっけ」
「ユーバシリーズの初号機だから『ユーバ・アインス』と呼ばれていたぞ」
団長のレジーナはエルドの背中に向かってそう言い、
「名前を呼んでみればいいだろう」
「それで起きなかったら恥ずかしいんだけど、姉御」
「いいからやれ、今すぐやれ」
「鬼ィ」
団長のレジーナから鬼のような指示を受け、エルドは渋々と手術台で眠る真っ白なレガリア――ユーバシリーズ初号機に向き直る。
起動に成功した場合、そのまま襲いかかってくるから状況を読み込むまでの隙を突けるかの2択である。出来れば隙を突ければいいのだが、もしかしたら即座に相手の兵装を展開されるかもしれない。
本格的に命の危機を感じ始めたエルドは、それでもレジーナの要求通りにユーバシリーズ初号機を起こす為の言葉を口にする。
「起きろ、ユーバ・アインス」
その時だ。
――起動言語を受諾。
――声紋を認証・登録します。男性、20代後半から30代前半と推測。
――起動シークエンスに移行します。
立て続けに、あの自動修復機構が適用された時に聞こえてきた平坦な声が何かを言う。
――擬似魔力回路の修復を確認。
――起動に問題なし、通常兵装及び非戦闘用兵装並びに特殊戦闘用兵装の起動にも問題なし。
――安全回路の修復を確認、防壁突破の確認は出来ず。
――了解、安全回路の起動を実行。
――動作回路の修復を確認、身体機能及び擬似内臓機能に問題なし。
――非戦闘モードに移行。
――非戦闘モードに移行完了。
――位置情報の取得を完了、現在地を入力。
――索敵範囲内に武装勢力を確認。本体の判断により非戦闘モードを継続。
――起動準備完了。
――Regalia『ユーバシリーズ』初号機・アインス、起動します。
様々な情報が高速で飛び交い、それからようやく真っ白なレガリアは目を覚ます。
閉ざされた瞼を持ち上げれば、そこにあったのは銀灰色の双眸。
理知的な印象を与える切れ長の瞳を2度、3度と瞬きをしてからゆっくりと起き上がる。じっと虚空を眺めて、ぐるりと周囲を見渡し、滑らかな挙動で手術台から降りた。
初手で出遅れてしまったがここから戦闘が始まるだろうか。エルドは鋼鉄となった右腕を引き絞るが、
「【挨拶】おはよう、我が同胞」
あろうことか、起動したばかりのユーバシリーズ初号機は立派な敬礼でもってエルドに「おはよう」と言ってきたのだ。
「【報告】当機は自立型魔導兵器『レガリア』――ユーバシリーズが初号機、ユーバ・アインスである。起動言語を受け、当機は起動を完了した」
銀灰色の双眸で真っ直ぐにエルドを見つめるユーバシリーズ初号機――いいや、ユーバ・アインスは機械によく似た言葉遣いでエルドに言う。
「【要求】当機に対する命令。【補足】命令がなければ待機状態に移行する」
敬礼を解き、待ての姿勢を維持する喋って動く全身真っ白なレガリアを前に、エルドが出来たのはこれだけだ。
「…………わあ、イケメン」
我ながら間抜けな言葉だな、とは思う。