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Regalia  作者: 山下愁
第4章:見えず、触れず、しかしそこに在る

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【第3話】

 カーン、という起床を促す鐘の音が聞こえてきた。



「ふあぁ……」



 もはや鐘の音と共に起きることが日課となっているエルドは、四輪車の中で目を覚ます。


 交代制の哨戒任務を終え、早々に四輪車へ戻って休んでいたのだ。

 そして、それは一緒に行動していたユーバ・アインスも同じである。彼は現在、微動だにすることなく助手席で寝転がっている。閉ざされた瞼は白い睫毛まつげが縁取り、綺麗な顔をしていることは間違いない。


 エルドはユーバ・アインスの肩を叩き、



「起きろ、アインス」



 すると、目を閉ざすユーバ・アインスから高速で平坦な音声が流れた。



 ――起動言語ウェイクアップを受諾、起動シークエンスに移行します。


 ――擬似魔力回路、安全回路、動作回路の正常作動を確認。


 ――非戦闘モードに移行。


 ――非戦闘モードに移行完了。


 ――位置情報の取得を完了、現在地を入力。


 ――索敵範囲内に武装勢力を確認。本体の判断により非戦闘モードを継続。


 ――起動準備完了。



 ――Regalia『ユーバシリーズ』初号機・アインス、起動します。



 目にも止まらぬ速さで情報が飛び交い、やがてユーバ・アインスは目を覚ます。

 瞼がゆっくりと持ち上がり、その先に秘められた銀灰色ぎんかいしょくの双眸が四輪車の天井を映し出す。起動直後にも関わらず滑らかな動作で起き上がった純白のレガリアは、エルドに身体ごと向けて「【挨拶】おはよう、エルド」と言ってくる。


 エルドは「おう」と短く返すと、



「今日ぐらいにはレノア要塞に着きそうかな」


「【報告】現在地からレノア要塞まで45.8キロ」


「遠いんだか近いんだか分かんねえな」



 欠伸混じりに四輪車の窓を開ければ、傭兵団『黎明の咆哮』で預かる非戦闘員の子供たちが窓から携帯食料と水筒を投げ入れてくる。「おとどけものでーす!!」と寝起きの頭には少しばかり厳しい甲高い声が鼓膜に突き刺さった。

 非戦闘員のヤーコブ・レストが来るかと思えば、今日ばかりは違ったか。まあ彼はユーバ・アインスの性能を目の当たりにして面白人間だと認識していたので、遠くから様子を窺っているかもしれないが。


 車中泊のおかげでバキバキになった身体を適度に解し、エルドは太腿に落ちてきた携帯食料と水筒を拾い上げる。携帯食料の包装紙を破きながら、



「おう、ちょっとちょっと」


「んあ?」



 ちょうど近くを通りかかった戦闘要員の仲間を呼び止め、エルドは「レノア要塞の周辺状況は聞いたか?」と問いかける。



「非戦闘員のガキどもも連れてくんだろ。爆弾とか降ってきたらまずくねえか?」


「そんな話は聞かねえなァ。姉御からも何も言われてねえし」



 仲間の戦闘要員は「まあでも激戦区だって言うから、それぐらいの被害はありそうだよな」などと言う。


 これから行くレノア要塞は、アルヴェル王国とリーヴェ帝国が争う最前線と噂がある。毎日のように改造人間と最新型のレガリアが衝突を繰り返し、もう数え切れないほどの遺体の山が築かれているとかいないとか。

 傭兵団『黎明の咆哮』も安い報酬で激戦区なんぞに放り込まれれば溜まったものではないので、このレノア要塞に関する仕事は避けていた節がある。人間という生物を使い潰す為だけに存在している要塞に用事はない。


 ただ、今回ばかりは避けられない。お荷物のお届けだ、高額の報酬が支払われるのであれば自立型魔導兵器『レガリア』だって届ける所存である。



「嫌だな、警戒しとこ」


「そうしとけよ。俺らはいつ死ぬか分からねえんだから」


「エルドも嫁に守ってもらえよ。強いんだろ」


「誰が嫁だ、誰が」



 冷やしてくる戦闘要員を睨みつけるエルドだが、



「【回答】当機がエルドを、そして傭兵団『黎明の咆哮』を守護する。心配する必要はない」



 四輪車の助手席で待機していたユーバ・アインスがそんなことを言い出し、冷やかしてきた仲間の戦闘要員が「た、頼もしい」「惚れる……」などと頬を赤らめていた。


 ユーバ・アインスは本心で言っているのだろうが、彼はどうやら人間の心の機微を理解していないの様子である。こんなのを心が病んだ連中に言えば執着されることは間違いない。

 ただ、彼は自立型魔道兵器『レガリア』である。命じられたら命じられた分だけ動くお人形なので、きっと心が病んだ連中も命令されれば実行するだろう。「殺して」と言えば確実に消し炭にする。


 何故だろう、簡単に想像できてしまった。団長のレジーナほど付き合いは長い訳ではないのに。



「いつまで話しているつもりだ、とっとと荷造りをしろ。今日中にはレノア要塞にアルヴェル王国からの贈り物を届けるぞ」



 エルドと戦闘要員がくっちゃべっていると、団長のレジーナが冷ややかな視線を向けてきた。今日も黒髪ぱっつん美女のレジーナは綺麗なものだが、研ぎ澄まされた刃のような気配は否めない。

 会話相手だった戦闘要員は荷造りをし始め、エルドは車内に引っ込む。口の中に携帯食料を突っ込み、水筒で喉の渇きを潤した。この味気ない携帯食料とおさらばできる日はやってくるだろうか。


 エルドはレジーナに言われるより早く四輪車から飛び出し、



「アインス、荷造り手伝うぞ」


「【了解】その命令を受諾する」



 エルドの命令に従って四輪車から降りたユーバ・アインスは、四輪車の後部座席に積まれたエルドの戦闘用外装を差し出しながら言う。



「【提案】戦闘用外装の着用」


「気が利くお人形だな」



 エルドも助手席に置かれた襤褸布ぼろぬのをユーバ・アインスに被せてやってから、戦闘用外装を痩せ細った右腕に嵌め込むのだった。



 ☆



 四輪車が進むに連れて、徐々に銃声やら怒号やら聞くに耐えない戦場特有の音がエルドの耳朶に触れた。


 四輪車の窓を閉めた状態でも聞こえてくるのだ。窓を開ければその騒がしさに頭が痛くなるだろう。

 現に通信機器を通じて『うるせえな』『黙って戦えねえのかよ』と無茶なことを言う戦闘要員の仲間がいくらかいる。戦場に銃声や砲声、怒号なんてものは付き物なのに。


 ぼんやりと前方を見つめるユーバ・アインスは、



「【報告】間もなくレノア要塞に到着する」


「だろうな、音も激しくなってきたし」



 ハンドルを握りながらエルドは応じる。


 この先に目的地のレノア要塞がある。

 改造人間と自立型魔道兵器『レガリア』が正面からぶつかり合う激戦区だ。爆弾が頭上から降ってこないことを祈るばかりである。



「アインス、レノア要塞のレガリアとか分かるか?」


「【肯定】反応を確認すれば可能」


「どれぐらいいる?」


「【回答】2万9844機」


「うわ」



 レガリアの数だけでも凄い存在している。



「【補足】そのうち7割は量産型レガリアだ」


「それって3割はシリーズ名がつけられた強い個体なんじゃねえの」


「【回答】それほど改造人間が手強い証拠だ。【称賛】真っ向からぶつかってシリーズ名を関するレガリアと渡り歩ける改造人間は優秀だと判断する」


「そうかい」



 エルドはハンドルを指先で叩きながら、



「ユーバシリーズの反応は?」



 問題はそこである。

 エルドやユーバ・アインスに取っても、傭兵団『黎明の咆哮』に取っても。


 ユーバシリーズは最優にして最強と名高いレガリアだ。そんなものが戦場に投入されれば、間違いなくアルヴェル王国はレノア要塞を諦めることになる。そんな化け物級のレガリアが投入されていないことを信じるしかない。



「【回答】存在しない」



 ユーバ・アインスはどこか沈んだ声で、



「【補足】反応を上手く隠しているだけかもしれないが、当機の索敵範囲内では確認できない」


『よかった、死ぬところだった』


『全裸で命乞いをすれば見逃してもらえるかな』


「おい誰だ、最強のレガリアを前に『脱げば解決する』みたいな馬鹿理論を展開する奴は。アインスが学んだらどうする」


「【回答】レガリアは衣類を脱いだ程度では命乞いを受け入れない設計となっているが」


「ほら見ろ、意味ねえんだよ戦場で全裸は!!」



 戦場で全裸論が通用しないことを通信機器に向かって全力で叫ぶエルドの隣で、ユーバ・アインスは当然だと言わんばかりに「【回答】脱げば解決できるものではない」と淡々と否定していた。レガリアも否定するほどの馬鹿な命乞いであることは確かだった。

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