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Regalia  作者: 山下愁
第4章:見えず、触れず、しかしそこに在る

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【第1話】

「【報告】修理が終わった」


「助かった!!」



 傭兵団『黎明の咆哮』の本隊に合流してから、エルドは気が気ではなかった。


 ジュディ・スリィとの戦いで、エルドの戦闘用外装が傷ついてしまったのだ。損傷箇所は指の部分だけで済んだが、それでもこの改造を施したドクター・メルトなら絶対に怒り狂うはずだ。

 耳に喧しい金切り声で「エルドちゃーん!!」と叫ばれた時には、もう土下座をする他はない。彼女が手ずから設計・開発してくれた戦闘用外装をぶっ壊したなど言えばタダでは済まないと思う。


 ユーバ・アインスから戦闘用外装を差し出され、



「【要求】動きの調子を確かめてほしい」


「おう」



 エルドは運転用の義手を外すと、痩せ細った右腕に戦闘用外装を嵌め込む。

 膨れ上がった右腕をちょっと振り回し、それから指先の動きを確かめる。吹っ飛んだはずの指の部品は何事もなかったかのように存在し、滑らかに動くようになった。今なら戦闘用外装を着けたまま楽器でも弾けそうだ。


 右手の指を動かすエルドを眺め、ユーバ・アインスは「【回答】指の動きも問題ないな」と頷く。



「【補足】これならドクター・メルトも怒ることはないだろう」


「助かった、本当に。ドクターに説教されたら土下座する自信がある」


「【納得】確かに」



 ユーバ・アインスも何故か真剣な様子で頷いた。それほどドクター・メルトの絶叫は避けたいことなのだろう。自立型魔導兵器『レガリア』にもそんな認識を与えるとは、ドクター・メルトの偉大さが分かる。


 エルドは戦闘用外装をガシャンと鳴らして、小さなため息を吐く。

 本日の哨戒任務は、エルドとユーバ・アインスに決定された。他の傭兵たちは早々に車中泊で休息を取り、定刻になったら他にも哨戒任務を命じられた傭兵と交代する手筈になっている。


 ユーバ・アインスに襤褸布ぼろぬのを被せて姿を誤魔化し、エルドは夜の闇を煌々と照らす焚き火を見つめる。



「退屈だな」


「【報告】周辺にレガリアの反応はない」


「そうかい。妙に静かなのが納得できねえけどな」



 アルヴェル王国が輸送しているのは、リーヴェ帝国が作った自立型魔導兵器『レガリア』に改造を施したものだ。元を辿ればリーヴェ帝国の兵士なので、アルヴェル王国の輸送車どころか傭兵団『黎明の咆哮』まで襲われればひとたまりもない。

 あの巨大な輸送車も今は静かだ。本国から派遣された軍人様に車中泊はさぞ辛いことだろう。戦争に贅沢は言っていられないことを身体で覚えてもらうしかない。


 アルヴェル王国の輸送車で眠るレガリアがいつ暴走するか、いつ襲いかかってくるのか予想がつかない。とりあえず、周囲で眠る人間が多い中で襲ってくる心配はなさそうだ。



「なあ、アインス」


「【疑問】何だ?」


「テメェ、この戦争が終わったらどうするんだ?」



 何気ない質問だった。哨戒任務の退屈を紛らわせる為の、他愛のない質問である。


 襤褸布の下で銀灰色ぎんかいしょくの双眸を瞬かせるユーバ・アインスは、コテンと首を傾げた。

 やはり自立型魔導兵器『レガリア』に、この系統の質問は酷だったか。彼らは命令があればそれでいいお人形で、ユーバ・アインスも漏れなく開発者の遺志に従って行動している。弟妹機の破壊とリーヴェ帝国の壊滅という秘匿任務を掲げ、それに基づいて行動しているのだ。


 その秘匿任務が終われば自由があり、自由は自立型魔導兵器『レガリア』である彼の不要な時代がやってくる。実に平和な時代だ。レガリアも改造人間も必要なくなれば、無意味に命の危険を冒さずに済む。



「【回答】考えたことはなかった」


「テメェの任務が終わったら、そのあとはどうするつもりだったんだ?」


「【回答】分からない」



 じっと赤い炎を見つめるユーバ・アインスは、



「【予測】当機を必要としない時代がやってくる。それはつまり、当機の機能を停止する必要がある。当機は戦争が終わり次第、永久に休眠状態となってアルヴェル王国に鹵獲されるだろう」


「目覚めることはないってか」


「【回答】ないだろうな」



 淡々とエルドの質問に答えていたユーバ・アインスは「【補足】ただ、当機は望みたくない」と拒否の姿勢を示す。



「【質問】差し支えなければ、エルド。貴殿の戦争終了後の予定を聞きたい」


「俺?」



 エルドは「あー……」と回答に悩む。


 実のところ、考えていなかった。戦争終了までに生きていられるか不明だったからだ。

 傭兵として命を削りながら幾多の戦場を駆け抜けているので、いつ死ぬか分からない。明日にでも死んでしまうかもしれない。そう考えただけで、意外とエルドの未来は暗いことに気づく。


 だが、あえて言うのならば、



「そうだな、旅行がしたい」


「【疑問】それが貴殿のやりたいことか?」


「世界中を回って、色んなものを見たい。今まで戦うしかしてこなかったしな、まずは右腕を義手にでも変えてから旅行でもしようかな」



 右腕の戦闘用外装を着けたまま世界中を彷徨うのはまず難しいので、まずは義手の確保に動く。アルヴェル王国は自立型魔導兵器を開発する技術はないが、義手や義足などの開発技術は凄まじいものがある。

 その過程で人体改造の手術が生まれたのだ。戦争が終われば改造も必要なくなるので、身の丈にあった義手や安かったら改造を施してもらって世界中を歩き回りたいところだ。


 漠然とした夢を語るエルドに、ユーバ・アインスはこう応じた。



「【疑問】その旅に、当機も同行は可能か?」


「あ? テメェも来んのかよ」


「【要求】当機の同行も許可してほしい」



 先程まで「永久停止してアルヴェル王国に鹵獲される」だの語っていた奴が何を言ってんだろう、と思った。



「【補足】当機はエルドを死なせない。戦闘用外装を外した場合、レガリアの残党がエルドを攻撃する可能性もある。その場合、当機が貴殿を守ることで危機を未然に防ぐことが可能だ」


「随分と売り込んでくるな。どうせ本国の博物館に飾られるのがオチじゃねえの」


「【疑問】それならエルド、当機が博物館に飾られた暁には当機に毎日会いに来てほしい」


「誰が行くか」



 エルドは焚き火の中に細枝を放り込みながら、



「まあでも、面倒なことはテメェに任せて俺はのんびりするのも悪かねえな」


「【応答】そうだろう。当機は命じられた分だけ働くぞ」


「自慢げだな」



 ユーバ・アインスの「エルドについて行きたい」という謎の主張に根負けし、エルドは「分かった分かった」と頷いた。



「まあ、戦争が終わるまでに俺が生きてりゃな」


「【回答】当機がエルドを死なせない」


「テメェも死んだら困るんだよ。俺が楽できなくなるだろ」


「【回答】当機も簡単には撃破されない。安心してほしい」



 鋼と歯車で構成された硬い胸を張るユーバ・アインスに、エルドは「はいはい」と応じた。


 すると、どこからか車の扉が開く音を聞いた。

 哨戒任務の交代時間だろうか。それにしてはまだ交代まで時間があるような気がする。もしかしたら非戦闘員の子供たちが慣れない車中泊で目覚めてしまったのかもしれない。



「こんばんは、エルドさん。いい夜ですね」



 弾かれたように振り向いた先にいたのは、豊かな金色の髪と色鮮やかな青い瞳を持つ軍服姿の女性――アリス・トワレッテである。


 エルドは顔を引き攣らせた。

 今までの会話を聞かれていただろうか。ユーバ・アインスの存在は、本国のアルヴェル王国には何も告げていない。ここで彼の存在が明らかになれば、確実にアルヴェル王国へ鹵獲されてしまう。


 アリスはエルドの隣に腰を下ろすと、



「戦争が終わったらって話、とても魅力的ですね。私も参加してよろしいですか?」


「あー……こんな野郎同士の会話でよければ」



 どうやらユーバ・アインスの存在には気づいていないようだ。よかった、まだ誤魔化せる。


 エルドはユーバ・アインスに視線をやる。

 襤褸布の下で輝く銀灰色の双眸で見つめ返してきたユーバ・アインスは、無言で頷いた。



(アインス、話を振られた時はそのレガリアっぽい話し方は止めろよ)


(【了解】その命令を受諾する)



 黙ったまま言葉を交わすまで成長できるとは、エルドもユーバ・アインスと仲良くなったものである。

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