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Regalia  作者: 山下愁
第3章:見上げるほど、遙かなる

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【第10話】

『やはりな』



 通信機器で団長のレジーナに連絡を取れば、彼女は分かりきっていたとばかりの反応を見せた。


 彼女もアルヴェル王国の輸送車内に閉じ込められたレガリアを見て、ある程度の予想は出来ていたらしい。「あのレガリアはアルヴェル王国で作られたレガリアではない」と。

 生きた人間の一部分を改造することしか出来ないアルヴェル王国が、自立型魔導兵器『レガリア』の製造なんてどだい無理な話なのだ。せいぜい全身を機械化した改造人間で、自立型魔導兵器『レガリア』はリーヴェ帝国の売りなのだ。


 それなのに、アルヴェル王国が「我が国が開発した」と鼻息荒く主張するレガリアは、やはりリーヴェ帝国のレガリアに改造を施しただけのものだろう。エルドもそんな風に予想している。



「どうすンだ、姉御。ここで仕事を降りるのか?」


『そうすると本国から不信感を抱かれるだろう。出来ればそれは避けたい』



 団長のレジーナは少し悩む素振りを見せ、



『我々の任務は輸送任務の護衛だ。護衛にそこまで深入りするつもりは毛頭ない、レノア要塞まであのレガリアを届けたら引き上げるぞ』


「激戦区にレガリアを置いていくってのか?」


『エルド、アルヴェル王国に肩入れするつもりか? そこまで愛国心溢れる男だとは思わなかった』



 レジーナは揶揄うような口振りで言ってくる。


 エルドは「そこまで愛国心があるわけじゃねえですよ」と不機嫌そうに返す。

 別にアルヴェル王国が勝とうが負けようが関係ないが、リーヴェ帝国は壊滅させなければならない。ユーバ・アインスとはそういう約束になっているのだ。


 彼の秘匿任務に付き合う――エルドがユーバ・アインスの側にいる理由で、ユーバ・アインスが傭兵団『黎明の咆哮』に所属する目的だ。



『あの激戦区を捨てたところで、アルヴェル王国がリーヴェ帝国を制することが出来る要素など腐るほどある。それに、あのアリスとかいういけ好かない女の無様に泣く姿が見てみたい』


「性格が悪いっすね、姉御」


『エルドもそう思わないか? あの澄まし顔が歪む瞬間を見てみたいだろう?』


「見てみたくはあるな」



 正直な話、リーヴェ帝国のレガリアを改造しただけで戦場に送り込んで勝てると思っているアルヴェル王国が少しいけ好かないのだ。何で敵国の武器を鹵獲して改造すれば、素直に本国へ忠誠を誓うと思うのか。

 そんなの絶対に思わない。上手くいくはずがないのだ。改造を施したって、どこかしらで必ず裏切られるに決まっている。


 戦場に対して甘く見ている本国の軍人様に、ちょっと現実を見せてやりたいという気持ちはエルドにもある。この情報を握り潰してもいいぐらいだ。



「俺らが、リーヴェ帝国に下るって未来はないんスね」


『エルド、お前は右腕だけではなく全身を改造されたいのか? 死にたいならそう言え、お前にかけた保険金は私が受け取る手筈になっているからな』


「おいふざけんな、何でそうなってんだよ!?」



 自分にかけた生命保険金の行方が一気に心配になったエルドである。


 レジーナは『では帰還を待ってるぞ』と告げて、通信を切った。傭兵団『黎明の咆哮』の本隊と合流したら、保険金の行方を団長にちゃんと問い質さないといけない。

 エルドだけで死ぬような場面は、まあいくらでもある。だけどレジーナだってそれは同じだろう。自分の保険金を受け取っても、レジーナが次に死んでしまったら元も子もない。


 受話器を置いたエルドは、



「保険金の受取人、アインスにしようかな……」


「【疑問】何故?」



 ユーバ・アインスは銀灰色ぎんかいしょくの双眸を瞬かせて、そう応じてくる。



「【疑問】当機が生命保険金の受取人になれるのか? 選んだ理由は?」


「だってテメェ、死ななさそうだろ」



 ハンドルを握るエルドはあっけらかんと答える。


 ユーバ・アインスは、最優にして最強と名高いユーバシリーズ初号機だ。その防御力はレガリアの攻撃さえも無効化し、数え切れないほどの奇跡を起こしてきた。戦場で絶対に死なないという謎の自信がある。

 とはいえ、レガリアが生命保険金の受取人になるのは前代未聞の話である。これは戦争が終わらなければ対応できない。


 それまで、ユーバ・アインスとは一緒にいるのだろうか?



「つーか、さっきから沈んだ感じだけど何かあったか?」


「【回答】当機の表情は常に同一のものだ。【疑問】何故そのようなことが判断できる?」


「雰囲気を見りゃ分かる」



 ユーバ・アインスは、ジュディ・スリィに何かを言われた時から沈んだ面持ちだった。表情の変化こそないが、それでも雰囲気がどこか落ち込んでいると言っていいだろう。

 共にいる時間がまだ短いエルドでも分かってしまうほどの気の沈みようである、絶対に何かあったとしか思えないものだ。特にユーバ・アインスは表情変化には乏しいが、態度に表れるので今の彼の精神状態が手に取るように分かってしまう。


 銀灰色の双眸を伏せたユーバ・アインスは、



「【回答】そうか、エルドには分かってしまうか」


「話せるか?」


「【肯定】取るに足らない些細なことだ」



 エルドの質問に「取るに足らない些事」と言っていたユーバ・アインスは、重い口を開いた。



「【回答】アルヴェル王国の輸送車で運ばれるレガリアが、当機の弟妹機だったらどうしようかと思案していたところだ」


「へえ」


「【補足】当機と弟妹機が争えば、勝率はよくて54.58%というところだろう。模倣コピーしか出来ない当機では、彼らの兵装や戦術を真似しても圧勝できるか不明だ」


「俺がいるって言ったろ」


「【疑問】彼らと対峙しても、当機は彼らを敵として認識できるだろうか」



 ユーバシリーズの2号機から7号機は、ユーバ・アインスにとっての弟と妹たちだ。1番上の長兄として弟妹機を撃破するのは、やはり心苦しいものがあるのだろう。

 自立型魔導兵器『レガリア』でも、弟妹機を破壊することに躊躇いを持つとは人間らしい一面を見せるものだ。このユーバシリーズを設計・開発した製作者は、さぞ魔導兵器の設計に長けていたはずだ。


 エルドはユーバ・アインスの白い頭を小突くと、



「テメェなら出来る」


「【疑問】どこからその根拠が?」


「自分の獲物を取られるの嫌だろ、テメェも」



 エルドも自分の狙っていた獲物が横取りされるのはいけ好かない。恨みつらみがあれば、それを目的として戦場を渡り歩いていた。そんな無駄な感情なんてないから、傭兵団『黎明の咆哮』に在籍して、金の為にあくせく働いているのだ。


 ユーバ・アインスとて、獲物を横取りされるのは嫌だろう。

 弟妹機と戦う覚悟でリーヴェ帝国を裏切ったのに、エルドや他の傭兵たちにユーバシリーズの他の機体を破壊されれば、彼の心情は計り知れない。そんなことを許す前に、きっとユーバ・アインスは自分の手で弟妹機を破壊するに決まっている。



「覚悟を決めたんだろ」



 エルドはハンドルを握りしめ、



「だったら、ちゃんとやってやれ。テメェの、親父さんの願いだろうが」


「…………」



 ユーバ・アインスは「【肯定】そうだな」と頷いて、



「【宣言】当機は当機の与えられた任務を遂行する。弟妹機の撃破に加え、リーヴェ帝国の壊滅――それが当機を開発した父の願いだ」


「その意気だ、アインス」



 たとえ勝率が50%前後だったとしても、そこにはエルドがいる。勝率なんかに左右されず、ただ目的の為に拳を振るうのみだ。


 そういえば、拳で思い出した。

 ジュディ・スリィの短槍を受けた際に、指の部品が吹っ飛んだことをすっかり忘れていたのだ。本隊と合流した際にドクター・メルトから説教が待っていることを想像すると、エルドは今すぐ泣きたくなってくる。


 顔を青褪めさせながらハンドルを握るエルドに異常を察知したのか、ユーバ・アインスがエルドに心配そうな声で問いかける。



「【疑問】エルド、どうした。心拍数が上昇している。発汗量も凄いことになっているが?」


「いやー……戦闘用外装の指の部分をすっ飛ばしたような気がして……」



 エルドは泣きそうになりながらユーバ・アインスへ振り返り、



「どうしよ……ドクターに叱られる……」


「【回答】なるほど、そういうことか」



 ユーバ・アインスは納得したように頷くと、



「【提案】当機がエルドの改造部分を修理する。それからドクター・メルトに診せれば問題はない」


「神か?」


「【否定】当機はユーバシリーズが初号機、ユーバ・アインスだ」



 軽率に奇跡を起こすことが出来る最強のレガリの存在を、エルドは心の底から感謝を捧げるのだった。

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