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Regalia  作者: 山下愁
第1章:目覚めた白い破壊神
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【第2話】

「いやー、今日は絶好のお仕事日和でヤンスねー」



 静かな森の中に、陽気な声が響く。


 声の主はやたら厚着をした少年である。

 キノコを想起させる茶色い帽子を目深に被り、分厚い眼鏡をかけ、防塵対策を施した厚手のコートをしっかりと着込んでいる。さらに巨大な背嚢リュックサックまで背負い、ヨタヨタとした足取りで森の中を歩いていた。


 少年の名前はヤーコブ・レスト。傭兵団『黎明の咆哮』にて情報を収集する仕事を主に引き受ける、潜入捜査等の専門家である。――ちなみに自称である。



「うるせぇぞ、ヤーコブ。敵さんにバレたらテメェを盾にして逃げるからな、俺は」


「み、見捨てないでくださいよぅエルドさん。ウチの傭兵団きっての稼ぎ頭に見捨てられたら、あっしは戦場で無様に死ぬしかないですってぇ」


「地べたでも這いつくばれば、土の一部として誤認されんじゃねえのか?」


「適当なことを言ってません?」



 ヤーコブはジト目で先を歩くエルドの背中を見やり、



「にしてもエルドさん、相変わらず露出が多いでヤンスね。それでよくもまあ怪我もしないで戦場に出られるものでヤンスな」



 ヤーコブが指摘したエルドの格好は、地肌に軽鎧を装着しただけの超軽装だった。生身の左腕は見えてしまっているし、戦場で弾丸が掠りでもすれば怪我どころの話ではない。

 だが不思議なことに、エルドはこの格好を何年も続けていた。それはもう『黎明の咆哮』に加入した頃からずっとこの装備である。しかもこの地肌に軽鎧のみを装備した状態でも、ほとんど無傷で戦場から生還するので恐ろしいところだ。


 エルドは自分の背中をヨタヨタとした足取りで追いかけるヤーコブを一瞥し、



「聞きてえか?」


「何がでヤンス?」


「俺がどうしてこの格好をしてるかって話だよ」


「出来れば是非」



 ヤーコブは興味津々そうに眼鏡を輝かせて、エルドに「さあ、さあ」と詰め寄った。余計な情報を与えたかもしれない。



「俺の右腕が思った以上に規格外の改造をされちまってな、おかげでまともな服が着れなくなった訳だ」


「……思った以上にくだらねー理由でヤンスな。聞いて損した」


「よーし、テメェの頭を潰しちゃおっかな」



 エルドは満面の笑みを浮かべて鋼鉄の右腕をガシャ、と鳴らす。指を広げればヤーコブの小さな頭などキノコの帽子ごとぐしゃりと握り潰せることだろう。

 さすがに自分でも悪いことを言ったという自覚はあるのか、ヤーコブは口元を引き攣らせて「すみませんでしたぁ」などと謝った。彼には戦う能力がないので戦場に置いて行ってもいいのだが、そうするとあとで団長のレジーナからこっぴどく叱られる未来が待ち受けているので止めた。


 その時、近くの茂みがガサッと音を立てた。



「あん?」


「ひいッ」



 エルドは「何だ」と言わんばかりに振り返り、ヤーコブは慌てた様子で隠れる。


 茂みから姿を見せたのは、全身が黒だけで統一された人形である。

 髪の毛もない、顔立ちものっぺらぼうで眼球の部分に当たる箇所のみチカチカと青い光が明滅する。球体関節が特徴の手足は枝のように細いが、人間の頚椎を軽く叩き折るほどの力を誇るのだ。


 リーヴェ帝国が作り出した自立型魔導兵器『レガリア』――その量産型である。彼らは魔力を動力源とし、超常的な現象を容易く起こすと密かに囁かれている。まあ量産型にそんな機能などないのだが。



「ピ、ガガ」



 青い光を明滅させていた目の部分が、エルドとヤーコブを認識した瞬間に赤く染まる。「ピガーッ」とも奇声を発した。



「うるせえな」



 エルドは短く吐き捨てると、



「兵装展開――起きろアシュラ」



 エルドの巨大な右腕に、青色の光が灯った。ガシャンガシャンと右腕から部品が組み変わるような音が響き、隙間から青い光を放つ。

 これがアルヴェル王国が開発した、身体の1部を機械に作り変えて常軌を逸した身体能力を発揮する『改造人間』である。特に改造を施した身体の部位は飛躍的に機能を上昇させ、風のように速く走れたり、岩をも砕く剛腕を発揮したりと様々な効果が得られる。


 エルドの場合は見て分かる通り、岩をも砕く――いいや岩をも粉微塵にするほどの破壊力ある剛腕を発揮するのだ。



「ピピーッ、ピ」


「黙ってろっての、耳障りなんだよテメェらの声は」



 半身を引き、エルドは軽く量産型レガリアの顔面をぶん殴った。


 軽くとは言ったが、彼が使ったのは改造された右腕である。飛躍的に機能が上昇された右腕を使えば、量産型レガリアとて無事では済まない。

 案の定、量産型レガリアは首と胴体がオサラバする羽目になった。首はボールのように遠くへ飛んでいき、胴体はゆっくりと膝をついて地面に倒れ込む。


 エルドは退屈そうに欠伸をすると、



「ッたく、こんな玩具をよくもまあ戦場に出そうとしたモンだな。素直に感心するわ」



 周囲をぐるりと見渡せば、先程ぶっ飛ばしたばかりの量産型レガリアが5体ほど出現した。仲間の敵討ちだと言わんばかりの態度である。


 こんな量産型レガリアでは退屈凌ぎにもなりはしない。

 エルドは嘆き悲しむようにため息を吐き、腰にしがみついて悲鳴を上げるヤーコブに「うるせえから黙れ」と命じる。


 とはいえ、仕事として引き受けてしまった以上はやるしかない。ここから先は消化試合である。



 ☆



「ほい、終わりっと」



 一瞬にしてガラクタの山と化した量産型レガリアを積み上げて、エルドは「今日のお仕事終わり」と宣言する。



「いやいや、まだ警備は終わってないでヤンスよ。団長に叱られるでヤンス」


「えー、これ以上に何があるってんだよ。もう嫌だよ俺は」


「サボらないサボらない、その為にあっしが同行したんでヤンスから」



 地面に座り込もうとするエルドの巨体を小さな身体で押し上げて、ヤーコブは「森の奥まででヤンス」と言う。


 この先には廃教会ぐらいしかなかったはずだ。

 信心深い訳ではないエルドは、教会が壊されても「ふーん」としか感じない。神様とはその程度である。


 まあ、どうせなら教会を冷やかして帰るのもいいだろう。このまま拠点まで帰れば確実に団長のレジーナから「ちゃんと仕事をしたのか」と説教されてしまう。

 あれをやっても説教、これをやっても説教とは生きづらい人生になったものだとエルドは嘆いた。傭兵団に加入する前は自堕落な生活を送ってきたので、昔の生活がひどく羨ましく思えてきた。


 仕方なしにヤーコブの主張を受け入れたエルドは、



「じゃあ教会までな」


「ヤンス」



 ダラダラとした足取りで森の中を突き進んでいくと、すぐに廃教会がエルドとヤーコブの前に現れる。


 森の中にひっそりと佇む廃教会は、何故か神聖な雰囲気があった。

 尖った屋根に掲げれられた十字架は折れ、ステンドグラスが嵌め込まれた窓は割れている。扉は半分だけ傾いた状態となり、鍵などかかっていないに等しい有様だった。



「教会の中にレガリアが潜んでいるかもしれないんでヤンス、ちゃんと教会の中まで見るでヤンスよ」


「テメェ、何で俺の言いたいことが分かった?」


「当たり前でヤンス。エルドさんの行動は意外と分かりやすいんで」



 教会まで来たのだから帰ろうとしたのだが、ヤーコブに先手を打たれてしまった。エルドは渋面を作る。


 ただ、団長のレジーナにこれ以上の説教はされたくないので、仕方なしにヤーコブの指示に従った。

 蝶番から取れかけた扉を慎重に開き、エルドは教会の内部を覗き込む。埃っぽい臭いが鼻を掠め、思わず咳き込んでしまった。


 ひっくり返った長椅子に崩れかけた祭壇、天井付近に掲げられた聖母の石膏像は曖昧な笑みを保つ。何の変哲もない教会の中だったが、1つだけ異様なものが存在していた。



「白い人でヤンスね」


「…………いや、あれは」



 教会の奥、神々へ祈りを捧げる祭壇にそれはいた。


 真っ白な人間である。この世のあらゆる色から忘れられ、髪も肌も身につけた衣服さえも真っ白に染まった人間だ。

 ただし左腕は千切れており、両足もあらぬ方向に折れ曲がっている。祭壇に寄りかかって瞳を閉じる人間は、右腕だけで這いずりながらこの教会まで来たのだろうか。


 いいや、それよりもだ。

 あの白い人間を、エルドは見た覚えがある。



「ユーバシリーズ、初号機……」



 数あるレガリアの中でも最優を謳われる『ユーバシリーズ』――その最強と言われる初号機が、満身創痍の状態で機能停止していた。

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