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Regalia  作者: 山下愁
第2章:驕れる兵器に叛逆を

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【第8話】

「作戦が通った。エルド、ユーバ・アインスと共にレストン王国の裏手に回ってくれ」



 団長のレジーナが作戦司令部にユーバ・アインスが得た索敵の情報と、それに基づいた作戦を提案したことで旨味のあるお仕事が傭兵団『黎明の咆哮』に回ってきた。これで本国から得られる特別報奨金はいただきである。


 エルドはユーバ・アインスの先導を受けて、レストン王国の裏手に回って自立型魔法兵器レガリアの警備が手薄な場所を目指していた。

 周辺に森などはないので、ユーバ・アインスの展開する通常兵装の光学迷彩を使用して移動している状態だ。おかげで警備の目を光らせるレガリアから逃れることが出来ていた。



「【報告】目的地に到着した。ここならレガリアの警備の目も手薄になっている」



 ユーバ・アインスが立ち止まった場所は、用水路の出口だった。

 汚れた水が流れる川の両端には、1人分が歩ける程度の小さな足場が薄暗い空間に向かって伸びている。足場を辿ればレストン王国へ容易に侵入することが出来るだろう。


 銀灰色ぎんかいしょくの双眸でユーバ・アインスはエルドへ振り返り、



「【質問】準備はいいか?」


「おう」


「ああ」


「ん?」



 聞き覚えのない声の応答があった。


 エルドが振り返った先には、青みがかった黒髪パッツン美女のレジーナがいたのだ。緑色の双眸でエルドを見据え、彼女は「どうした?」と首を傾げる。

 どうしたもこうしたもない。彼女は傭兵団『黎明の咆哮』を率いる団長なのだから、安全地帯で指示でも出していればいいのについてくるとは何事だ。


 エルドは「待った待った」と制止をかけ、



「姉御、何でこんなところにいるんだ?」


「他の連中には陽動部隊に回ってもらった。お前と私、それからユーバ・アインスがいれば問題ないだろう」


「だからって姉御がここまでついてくる必要性はなかったろ。今から敵陣のど真ん中に潜入するのに、危険なことをしてんじゃねえよ」


「エルド、お前は私のことを舐めすぎだぞ」



 レジーナは控えめな胸を張ると、



「私は『黎明の咆哮』を率いる団長として、同胞に舐められる訳にはいかん。よって私も敵陣の真ん中に潜入することにする」


「おーい、誰かこの分からず屋をオルヴランに突き返してくれ」



 エルドは頭を抱えた。


 レジーナは頑固なところがあるので、こうなったら何を言っても無駄である。出来れば団長のレジーナが死ぬような真似は避けたいところだ。もしかしたらレジーナが戦死した暁には、エルドが傭兵団『黎明の咆哮』を率いることになってしまうかもしれない。

 出来ればそんな事態は避けたい。何せエルドには戦う能力しかないのだ。こんなズボラ人間が傭兵団を率いれるはずがない。


 深々とため息を吐いたエルドは、



「分かった、じゃあ姉御も行くか」


「聞き分けのいい奴は好きだぞ、エルド」



 満足げに頷くレジーナをよそに、エルドは小さな声でユーバ・アインスに耳打ちをする。



「アインス、コイツをオルヴランに送り返すことって出来ねえかな」


「【回答】可能だ」


「本当?」


「【回答】当機の通常兵装に対象者を指定箇所に転送させるものがある。それを発動すればオルヴランまで団長を送り届けることが可能だ」


「よし」



 エルドはユーバ・アインスの報告を受けて頷くと、



「早速やってくれ」


「【了解】任務を受諾する」



 ユーバ・アインスはしっかりと頷き、それからツカツカとレジーナに歩み寄る。ポンと彼女の肩を叩くと、



「どうしたユーバ・アインス、激励か?」


「【展開】転送移動テレポート


「あ?」



 レジーナの足元に白い光が生まれたと思ったら、次の瞬間に彼女の姿が消えていた。綺麗に消えていた。



「アインス、本当にオルヴランへ送ったんだろうな?」


「【肯定】確かに当機の兵装である『転送移動テレポート』は問題なく発動し、団長はオルヴランの町に放り込まれた。【報告】現在、彼女は地団駄を踏んで悔しがっている模様」


「そんなところまで見えるのか」


「【回答】当機の視覚能力は広範囲に設定されている。この程度であれば問題ない」



 淡々とした声で報告してくるユーバ・アインス。


 勝手にオルヴランへ転送させられたことで地団駄を踏んでいるということは、帰還したら多分真っ先に怒られると思う。いや絶対にそうだ、これは怒られるに決まっている。

 まあレジーナが戦死する可能性を積んだのだから万々歳だ。怒られることぐらい、今日のところは我慢するしかない。


 エルドは大きく膨らんだ改造された右腕をガションと揺らすと、



「よし、じゃあ行くぞアインス」


「【肯定】ああ」



 頷いたユーバ・アインスが先導して用水路の足場に降り立ち、エルドは暗闇を平然と歩いていく白い背中を追いかけた。



 ☆



 用水路をしばらく歩いていると、ユーバ・アインスがピタリと立ち止まった。



「どうした、アインス」


「【回答】生体反応を確認。数は13」


「多いな」



 生体反応を確認ということは、レストン王国から逃げ出してきた人質なのだろうか。よくもまあレガリアの目を盗んで逃げ出せたものだ、傭兵として雇いたいぐらいである。



「武器の所有は?」


「【回答】武器の所有あり。型落ちの魔導具」


「型落ちか……」



 魔導具とは、魔力があらかじめ充填された武器である。身体があまりにも弱いせいで改造手術が施せない時は、この魔導具を使うのが傭兵の間では当たり前となっているのだ。

 まあ身体が弱い人間はそもそも戦場に出ることはない。非戦闘員として傭兵たちの補佐に回ることが大半だが、非戦闘員には基本的に魔導具の装備をさせるのが傭兵団『黎明の咆哮』のやり方である。


 この暗闇の先にいるのは、型落ちの魔導具を装備した人質だろうと推測できる。早いところ保護しないとまずいのではないだろうか?



「アインス、とりあえずテメェはその格好をどうにかしろ」


「【疑問】どうにかとは?」


「全身真っ白だろうが」



 ユーバ・アインスの身体には色が施されていないので、完全に暗闇の中で浮かび上がっている。全身が真っ白な人間など存在せず、該当する人物と言えばリーヴェ帝国で最優にして最強のレガリアと名高いユーバシリーズの初号機ぐらいだ。

 つまり、こちら側からすれば敵である。彼の姿を一般人が認識すれば、間違いなく怯えるし叫ばれて恐慌状態となって保護するどころの問題ではなくなってしまうのだ。


 それをユーバ・アインスも納得したのか、



「【了解】それでは光学迷彩で当機は姿を隠す。【提案】貴殿が生存者の保護を」


「ついでに姉御に通信は出来ねえのか?」


「【了解】該当する広域用通信兵装を展開し、団長と連絡を取る。【疑問】戦闘要員を何名か回してもらうので時間がかかるが、貴殿には時間稼ぎをしてほしいのだが可能か?」


「それぐらい任せろ。伊達に何年も傭兵をやってねえんだよ」



 ユーバ・アインスは「【展開】光学迷彩インビジブル」と告げると、フッとその場から姿を消す。さすが奇跡を軽く起こす自立型魔導兵器レガリアである。


 姿が完璧に消えたことを確認したエルドは、生存者がいると告げられた方向を歩く。

 薄暗い用水路の足場に注意しながら歩くと、話し声が耳朶に触れた。「早く歩け」「追ってくるぞ」「まずい」などと聞こえてきていた。



「おい、こっちだ!!」


「ッ!!」



 エルドが用水路の奥に呼びかけると、誰かの呼吸音が鼓膜を僅かに揺らす。生存者が逃げてきたのは確定である。



「だ、誰だ!?」


「オルヴランに集まった傭兵だ、アルヴェル王国に所属してる。避難を手伝うからこっちに!!」


「まずい、来てるぞ!!」



 誰かの悲鳴。


 エルドが次に聞いたのは、ガサリという変な音だった。

 壁を這うような音だ。ザリザリと用水路の壁を擦るような音が徐々に近づいてくる。



「天井――ッ!?」



 エルドは弾かれたように上を見やると、そこには用水路の天井に張り付いた気味の悪いレガリアがいた。

 両手両足の他に、脇から2本の腕が天井を掴んでいる。まるで蜘蛛のような格好のレガリアだ。チカチカと明滅する赤い2つの光が品定めするようにエルドを見据え、左右から引き裂けた口から銃口のようなものが覗く。


 逃げてきた生存者が悲鳴を上げるより先に、エルドは右拳を引き絞った。



「起きろアシュラ!!」



 エルドの右腕に青色の光が流れていく。

 展開された強靭な右拳が突き上げられ、天井に張り付いたレガリアをぶん殴った。崩落したら元も子もないので、多少の手加減はした。


 頭を潰されたレガリアは掴んでいた壁から離れ、ドボンと用水路を流れる汚い水の中に落ちた。ピクリとも動かなくなったレガリアは、ゆっくりと遠くへ流されていった。

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