【第6話】
「テメェ、何言ってくれちゃってんの?」
「【疑問】何がだ?」
「惚ける機能まで搭載してるなんざァ便利なお人形だな、おい」
出発準備をするエルドは荷物を大型四輪車に積み込みながら、同じく木箱を軽々と2つほど抱えるユーバ・アインスに言う。
リーヴェ帝国が作りし自立型魔導兵器『レガリア』――その最優にして最強と名高いユーバシリーズが初号機たるユーバ・アインスは、傭兵団『黎明の咆哮』に見事受け入れられた。
その受け入れられた理由が、エルドにぞっこんラヴだからという何とも下らないものである。一瞬でバレる嘘なのに、何故か仲間の傭兵たちは信じてしまったのだ。
「そんな気配、微塵もなかったろうが」
「【回答】信じてもらうにはこうする他はなかったと推測する」
ユーバ・アインスは大型四輪車の荷台に木箱を積み込みながら、
「【補足】アルヴェル王国がレガリアに対して警戒心を抱くのは理解できるが、当機の請け負う秘匿任務を簡単に話す訳にはいかない。よって多少の誤差が生じる範囲で嘘を吐くことにした」
「レガリアもしれっと嘘が吐けるんだな」
「【回答】もっとも、吐ける場合と吐けない場合がある」
「その違いってのは一体何なんだ。俺のことが好きって嘘は普通に吐けるのかよ」
エルドがユーバ・アインスをジト目で睨みつければ、ユーバ・アインスは「【回答】さあ……?」と曖昧な返答をしてきた。自立型魔導兵器『レガリア』は答えすらも用意できない場合はこんなことを返してくるのか。
ますますもって人間らしい。本当にレガリアを騙る魔法使いか何かと思えてしまう。それほどユーバ・アインスという真っ白なレガリアは人間味がある。
すると、団長のレジーナが「何をしている」と話に割り込んできた。
「すぐに出発するぞ、モタモタするな。イチャつくなら移動中にやれ」
「姉御は何でそんな嘘を信じるかなァ!?」
「どうせ真実を語らんのであれば嘘を信じた方がいい、それに」
レジーナは切れ長の双眸を僅かに細めると、
「私とて、お前の恋人に間違われるのは今後お断りしたいところだしな」
「ゥオイ姉御、それはどういう意味だ? 俺とテメェはそんな仲じゃねえだろただの腐れ縁だよなそうだよな!?」
レジーナは美人ではあるが、エルドの好みとはかけ離れた強気の美人である。さすがに恋人として間違われるのは不本意だ。
叫ぶエルドを無視したレジーナは、ユーバ・アインスに「だらしのない男だがいい奴だぞ」と適当なことを言ってから自分の四輪車に乗り込んでしまった。
やはり『黎明の咆哮』には辞表を叩きつけてやるべきだろうか。あの澄まし顔に辞表を叩きつけてやったら、さぞ爽快なことだろう。「お前は我が団の稼ぎ頭だ」と大量の飴を頂戴したところで悪いのだが、エルドの他にも稼ぎ頭候補は何人もいるのでエルドが1人で引退したところで何も影響はないはずだ。
次の作戦が終わったら考えるかな、とエルドが大型四輪車の荷台に最後の木箱を放り込んだところで荷造りは終了である。他の傭兵たちも出発準備を終えているので、あとは四輪車を発進させるだけだ。
「アインス、何してんだ。行くぞ」
「…………」
エルドは棒立ちするユーバ・アインスに振り返り、声をかける。
純白のレガリアは、レジーナが乗り込んだ四輪車をじっと見つめていた。
エルドが「おい」と肩を叩いても、彼は微動だにしない。ただレジーナを乗せる四輪車を感情のない銀灰色の瞳で凝視しているだけだった。
「アインス?」
「【回答】すぐに行く」
ユーバ・アインスはくるりと踵を返すと、エルドの四輪車の助手席に乗り込んだ。昨日までは躊躇する素振りを見せていたのに、今回ばかりは遠慮がなかった。
エルドはユーバ・アインスの態度の変わりように首を傾げる。
何があったのか不明だが、自立型魔導兵器『レガリア』でも苛立つことはあるのだろうか。表情が全く変化しないので正直なところ何に苛立っているのか分からないが。
☆
通信装置から下手くそな歌が流れている。
アルヴェル王国の軍歌だが、歌っている本人の改変がかなり施されていた。音程も外れているし、気持ちよく歌っているところ申し訳ないのだが聴いているこっちは運転の気が散りそうだ。
調子っぱずれなアルヴェル王国軍歌を垂れ流す通信装置を睨みつけ、エルドは「はあ」とため息を吐いた。
「うるせえ」
通信装置の電源を落とせば、ブツンと音を立ててアルヴェル王国軍歌が途絶える。あの下手くそな歌を次の拠点に到着するまで聴き続ける気力はなかった。
「【疑問】先程の酷い歌は何だ?」
「アルヴェル王国の軍歌だよ。傭兵の中にはアルヴェル王国の軍に所属していた連中も多いからな」
ただ、そこまで愛国心が強い訳ではないので、戦争が始まってから上司に辞表を叩きつけて傭兵に転職した連中が多い。軍歌におかしな改変を加えて面白く歌う行為に愛国心のなさが感じ取れた。
実際、エルドやレジーナもアルヴェル王国の軍隊に所属していた。改造人間のみで編成された部隊に所属していたが、どうにもあの時代はアルヴェル王国内における改造人間の地位が低かったので、虐げられて生活するぐらいなら傭兵でもやっていた方がマシだと考えて辞表を叩きつけたのだ。
それから燻っていたところをレジーナに拾われて、傭兵団『黎明の咆哮』に仲間入りである。大して面白みのない過去話だ。
「リーヴェ帝国には軍歌なんてあるのかよ」
「【回答】あるにはあるが、当機に軍歌を再生する機能は搭載されていない」
「何だ、歌えねえのか」
「【代案】子守唄なら再生可能だ」
「事故らせる気か?」
とんでもない提案をしてくるユーバ・アインスを一瞥するエルドは、そこでふと思い直す。
電源は切ってしまったが、未だあの調子っぱずれなアルヴェル王国の軍歌は聴こえるはずだ。聴こえてくるならユーバ・アインスの子守唄で対抗すればどうなるだろうか?
これはほんの興味である。エルドが試しに通信装置の電源を入れれば、まだアルヴェル王国軍歌が下手くそな音程に乗せられて垂れ流される。
「よしアインス、歌え。子守唄」
「【了解】その命令を受諾する」
通信装置の受話器を手に取ったユーバ・アインスは、子守唄を再生する為の兵装を展開した。
「【展開】安眠歌唱」
そうして薄い唇から紡がれたのは、透き通るような歌声だった。
綺麗な歌声が受話器を通じて下手くそなアルヴェル王国軍歌と重なり、絶妙な不協和音を奏でる。これは聴いているだけで頭が痛くなりそうだ。
隊列を組んで走っている傭兵団の車も、何故か次々と蛇行運転をし始めた。この下手くそな軍歌と綺麗な子守唄の嫌な合唱を聴いて、嫌なものだと絶叫しているに違いない。ざまあみろ。
『エルド、エルド。おい、エルド』
「【質問】団長か?」
『その声はユーバ・アインスだな。何の真似だ』
「【回答】調子外れなアルヴェル王国軍歌が聴こえたものだから、子守唄で対抗しろとエルドに命じられた」
淡々と語るユーバ・アインスに耐えきれず、エルドは思わず噴き出してしまった。
不思議そうに銀灰色の瞳を向けてくる純白のレガリアに「受話器をちょっと貸してくれ」と言えば、運転中であることを鑑みて受話器をエルドの口元に添えてくる。察しのいいレガリアだ。
どこか怒り心頭なレジーナに、エルドは笑いを隠さずに言う。
「姉御、歌を邪魔された気分はどうだ?」
『エルド、覚えておけよ』
「姉御が悪いんでしょうがよ、下手くそな歌を通信装置越しに垂れ流すから。誰も言えんから俺が言ってやるのよ、心優しい俺でしょ?」
そう、先程の酷い歌声の正体はレジーナだ。
レジーナは歌が下手くそである。それはもう歌声だけで悪魔が召喚できるのではないかと思えるほど下手くそである。しかも本人に自覚がない。
誰も言い出せないのでエルドが代わりに言ってやる優しさである。いつまでもあの下手くそな歌を聴いていたら士気が下がる。
「【提案】それでは団長、当機が団長の歌声を模倣・再現しよう。ぜひ参考にしてほしい」
「え、おいアインス?」
「【展開】歌唱模倣」
息を吸い込んだユーバ・アインスによるレジーナの歌声を完璧に模倣した調子外れなアルヴェル王国軍歌が、通信装置に叩き込まれる。
傭兵たちの蛇行運転もさらに激しさを増し、さらに団長のレジーナから『もういい、もういい分かった!!』という珍しい言葉を引き出せた。これはいい傾向である。
エルドは目的地であるオルヴランに到着するまで、ユーバ・アインスの歌声を止めるように言わなかった。