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Regalia  作者: 山下愁
第2章:驕れる兵器に叛逆を
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【第5話】

 カーン、という鐘の音でエルドは自然と覚醒した。



「ふあぁ……」



 背もたれを倒した四輪車の椅子から起き上がれば、身体がバキバキに凝り固まっていた。眠れたからよかったものの、やはり車中泊は身体を休めるのに適さないような気がする。

 まあ、もう慣れたので仕方がないのだが。戦時中で傭兵の身なので、贅沢なことは言っていられない。


 大きな欠伸をしながら、エルドはふと助手席に視線をやった。



「ッ!?」



 息を呑む。


 助手席に寝転がっていたのは全身から色という色が抜け落ちた真っ白い人形――自立型魔導兵器レガリアのユーバ・アインスだった。

 閉ざされた瞼を縁取る真っ白な睫毛は瞬きだけで竜巻でも起こせそうなほど長く、ツンと高い鼻と薄い唇の黄金比は男のエルドから見ても綺麗なものだと思えてしまう。生気を感じさせない白い肌はレガリアらしいと言えばらしいのだろうか。


 呼吸もせず、ただ瞳を閉じた状態で助手席に寝転がっているので寝ているとは思えなかった。本当に死んでいないのだろうか?



「お、おいアインス? 朝だぞ」



 肩を掴んで軽く揺らしてみれば、どこからか平坦な声が聞こえてくる。



 ――起動言語ウェイクアップを受諾、起動シークエンスに移行します。


 ――擬似魔力回路、安全回路、動作回路の正常作動を確認。


 ――非戦闘モードに移行。


 ――非戦闘モードに移行完了。


 ――位置情報の取得を完了、現在地を入力。


 ――索敵範囲内に武装勢力を確認。本体の判断により非戦闘モードを継続。


 ――起動準備完了。



 ――Regalia『ユーバシリーズ』初号機・アインス、起動します。



 様々な情報が高速で飛び交った先、ユーバ・アインスの瞼が持ち上がる。銀灰色ぎんかいしょくの双眸で四輪車の低い天井を見上げ、それから滑らかな動作で上体を起こした。

 寝癖すらない真っ白な髪を揺らし、ユーバ・アインスはエルドの方へ向き直る。薄い唇が開かれ、紡がれたのは聞き覚えのある機械じみた声だ。



「【挨拶】おはよう、エルド。【疑問】よく眠れたか?」


「テメェ、死んだように眠るなよ……」


「【回答】当機は自立型魔導兵器なので、睡眠時の呼吸等は必要ない。【補足】当機の休眠状態はあれが普通なので、貴殿にも慣れてほしい」



 不満げにそんなことを言うユーバ・アインスに、エルドは「はいはい」と適当に応じた。

 自立型魔導兵器レガリアが、休眠状態の時に呼吸をしないということは予想できたはずだ。何故なら彼らは基本的に呼吸を必要とせず、動くには魔力があればいいのだ。空気中の魔素を魔力に変換する機能も備わっているので、この世に魔素が存在する限り生きていける。


 エルドは「ふあぁ」と欠伸をし、



「朝飯……」


「【提案】当機が作るか?」


「ンにゃ、どうせヤーコブの奴が……お」



 すると、コンコンコンと四輪車の扉が叩かれる。窓の下で茶色いキノコが右往左往している姿が確認できた。


 エルドは四輪車の窓を開けると、そこから瓶底眼鏡の少年――ヤーコブ・レストが「おはようございますでヤンス」と顔を覗かせる。

 防塵対策が施された分厚い外套コートを羽織り、分厚い眼鏡の向こうで人畜無害そうな瞳が弧を描く。相変わらずキノコを想起させる帽子を目深に被り、巨大な背嚢リュックを背負っていた。



「エルドさん、よく寝れましたでヤンスか?」


「まあ、ぼちぼち」


「最近はユーノを拠点にしていましたからベッドで寝れていましたけど、車中泊は久々ではないでヤンスか? エルドさんは我が『黎明の咆哮』での稼ぎ頭なんで今日の作戦でしっかり稼いでもらわなきゃいけないんでヤンスからね」



 はいこれ、もヤーコブが窓から銀色の包装紙に包まれた携帯食料と水筒を投げ入れてくる。エルドの太腿にボトボトと落ちた携帯食料と水筒を受け取り、いつものように「おう、ありがとうな」と礼だけ言う。


 ヤーコブは「ところでぇ……」と言いにくげに四輪車の奥を見やる。

 彼の視線の先にいたのは純白の自立型魔導兵器レガリア、ユーバ・アインスだ。銀灰色の双眸でヤーコブを見つめるユーバ・アインスは「【疑問】当機に何か用事が?」と問いかける。



「あのー、団長がお呼びでヤンス。朝飯食ったら来いと」


「今日の作戦参加についてまだ何かあんのかよ?」


「あー、いやー、違くて」



 ヤーコブはユーバ・アインスを指差すと、



「傭兵団のみんなにも報告を兼ねて、ユーバ・アインスさんをお披露目するとのことでヤンス……」



 エルドは包装紙を破いた携帯食料を取り落としそうになった。



 ☆



 全員の視線が痛い。



「『黎明の咆哮』に所属する傭兵たちに告ぐ。先日、とある地域から保護した一般人についてだ」



 エルドは隣で朗々と声を響かせるレジーナを一瞥する。


 彼女は傭兵団『黎明の咆哮』に所属する傭兵たち285名を前に、臆することなく言葉を述べていた。

 傭兵団『黎明の咆哮』は戦闘要員が135名に対し、非戦闘要員が150名も在籍する大所帯だ。大半が戦争によって故郷や住処を追われたことで、あちこちを彷徨うことになってしまった連中を片っ端から引き取ったことが影響している。


 打算的に見えるが、レジーナは非常に面倒見が良い奴なのだ。それはエルドが1番よく知っている。



「その一般人だが、我々にとって敵と認識できる国に属していたことが判明している」


「ッてーとリーヴェ帝国からの亡命者か何かですか?」


「今あの国も相当な食糧難とか抱えてるからな」


「逃げ出す奴らがいてもおかしくないだろ。レガリアの製造に食い扶持が持ってかれりゃなァ」



 傭兵たちは呑気にそんなことを話しているが、亡命してきた連中はそんな生易しい相手ではないのだ。



「全員、武器を構えることは止めてくれ。おそらく我々が束になっても奴には敵わん」


「それほど強い相手なんですかィ」


「え、まさかレガリアとか言うんじゃねえよな?」


「いやいやまさか。アイツらが母国を捨てて逃げるような連中に見えるか?」



 そのまさかなんだよなァ、とエルドは口に出せなかった。拾ってきた手前、もう何も言えない。


 レジーナはエルドの背後で襤褸布ぼろぬのを被った状態で佇むユーバ・アインスに視線をやり、手の動きだけで前に出るよう指示してきた。

 ユーバ・アインスはレジーナの指示に従い、躊躇いなく前に進み出てくる。それから頭まですっぽりと覆っていた襤褸布を外した。


 零れ落ちる真っ白な髪、傭兵たちを見据える銀灰色の双眸。世界中に存在する色という色から嫌われたと言ってもいいほど彼に色が抜け落ち、浮かび上がるように純白だ。



「【報告】当機は自立型魔導兵器『レガリア』――ユーバシリーズが初号機、ユーバ・アインスである。この度、当機は傭兵団『黎明の咆哮』に所属して貴殿らと共に戦うことになる」



 ザッと傭兵たちが揃って自分たちの改造部分を構えた。


 当然の反応である。

 傭兵たちだって、目の前のレガリアがどういう存在か知っている。最優にして最強と名高いユーバシリーズが初号機であり、白い破壊神の二つ名を冠する反則並みの強さを有するレガリアが目の前に現れればそんな反応をするにしまっていた。


 レジーナは「全員、武器を下ろせ」と指示し、



「ユーバ・アインスが我が団に所属することになった経緯は」


「【説明】当機がこちらのエルド・マルティーニに一目惚れしたからだ」



 何それ聞いてねえ。



「【補足】戦場で初めて会った時から当機の思考回路に僅かな誤差が生じ、その誤差が積もり積もって当機をリーヴェ帝国からの離反させる要因となった」



 無理な説明にも程があるだろ、おい。



「えー、あー、つまりユーバ・アインスはエルドにぞっこんラヴみたいで、あー、我々の勝利に協力してくれる運びとなった、訳だ」


「【肯定】エルドが大切にしているこの傭兵団を、レガリアの脅威には晒させないと誓おう」



 レジーナも適当なことで誤魔化そうとしているが、本当にユーバ・アインスが傭兵団『黎明の咆哮』に所属する経緯は知らない。それを知っているのはこの世界でエルドだけだ。

 ユーバ・アインスには開発者の遺志を受け、リーヴェ帝国の撃滅と弟妹機である他のユーバシリーズの撃破を秘匿任務として設定されている。何よりも優先されるべき任務であり、アルヴェル王国に所属するべきと判断したのだ。


 それがどうしてこうなった。無茶な理由にも程があるだろう。



「それなら、まあ……」


「いんじゃね?」


「ユーバシリーズの初号機が仲間入りとか勝利も確定だろ」


「嘘だろおい」



 早々に受け入れ始めてしまった仲間たちに、エルドは絶句した。本気でユーバ・アインスが述べた馬鹿みたいな内容を信じるのか。



「そういう訳だ。受け入れてくれるな?」


「エルドの嫁なら受け入れねえ訳ねえだろ」


「そろそろ誰かが管理する必要があったもんな」


「団長だけ負担になるんだもんな、あのズボラ。そろそろ本当に誰かが面倒を見てやらねえとますますダメになるだろ」


「テメェら、本当に覚えておけよ。誰が嫁だ誰が!!」



 改造されて膨れ上がった右腕の兵装を掲げ、エルドは仲間達に向かって叫んでいた。敵だったはずのレガリアを受け入れる彼らの度量の深さには感服するが、嫁で納得するのはいかがなものか。


 ちなみにこの時、ユーバ・アインスはしれっと明後日の方向を見上げていた。

 この真っ白なレガリア、必要な時に嘘を吐くような機能があるとは驚きである。レガリアを装った人間ではないのだろうか、コイツ。

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