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Regalia  作者: 山下愁
第12章:黎明に勝利の咆哮を
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【第6話】

 部屋の最奥は隠し扉となっていた。



「お」



 エルドが壁に取り付けられた箱のような装置に触れた途端、僅かな駆動音を立てて壁の一部が横に滑る。


 その向こうに広がっていたのは、やたら明るい部屋だった。

 眩い光に満たされた室内は天井が非常に高く、首が痛くなるほど見上げてもその先が見えない。広い部屋は緩やかな円を描くような形となっており、曲線を描く壁に室内の光が鈍く反射して容赦なく網膜に突き刺さってくる。鉄製の壁や床には太い配線がいくつも伸びており、部屋の中央に置かれたものと繋がっていた。


 部屋の中央に置かれたものは、巨大な培養槽である。硝子製の円筒は配線がいくつも繋げられた蓋で塞がれており、内部は緑色の液体で満たされている。緑色の液体には部屋の外で無数に湧き出てくる子供と同じ姿をした裸の少年が、蓋から垂れ落ちる配線に背骨やうなじなどを繋がれた状態で沈められていた。



「何だよこれ……」


「【回答】生体装置だ。【予測】おそらく、制御装置の中枢を担うのに使用されているのだろう」



 呆然とするエルドにユーバ・アインスが淡々とした口調で説明すると、



『ご名答だよ、初号機』



 機械音声には聞こえない少年の声が、どこからともなく流れてきた。


 培養槽に沈められた少年が、ゆっくりと閉ざしていた瞼を持ち上げる。その向こうから覗いた瞳は黒曜石の色を湛えているが、瞳孔には数字が高速で流れている異様なものだった。

 緑色の液体に漂う少年は、優雅に微笑んでくる。慈愛に満ちた眼差しは自立型魔導兵器『レガリア』らしくはなく、まるで人間そのもののようだった。



『初めまして、ユーバシリーズ初号機。僕はユーバシリーズの8号機、ユーバ・アハトさ』


「【疑問】この場にいるのが、貴殿の本体か?」


『そうだよ』



 培養槽の少年――ユーバ・アハトは平然と頷き、



『僕はね、最も人間らしくあれと作られたんだ。だから君たちレガリアとは喋り方が違うでしょ? リーヴェ帝国が総力を上げて組み上げた人工知能と、この制御装置があるから流暢に話すことが出来るんだ』



 ユーバ・アハトの視線が、円筒の外側をぐるりと巡る。


 つられてエルドも室内を見渡せば、培養槽から発される光を反射していた壁や床がチカチカと明滅していることが分かった。

 よく観察すると、それらは全て機械の群れである。大小様々な機械が薄い硝子製の板を1枚挟んだ向こう側にギッシリと詰め込まれている。鋼の床だと思っていたのだが、どうやら違っていたようだ。


 ユーバ・アインスは銀灰色の双眸を音もなく眇めると、



「【回答】当機は貴殿を弟機とは認めない。【宣言】秘匿任務に基づき、貴殿を破壊する」


『それは出来るかな?』



 ユーバ・アハトは優雅な微笑みを絶やさないまま、



『――――アインス、秘匿任務を中止しなさい』



 それは、先程まで聞こえてきた子供特有の高くて甘い声ではない。年季を重ねた男性の声である。


 男性の声が秘匿任務の中止を促すと、ユーバ・アインスの手から純白の盾が滑り落ちる。

 銀灰色の双眸を見開いたまま、彼は静止していた。培養槽に沈められた少年が、動きを止めたユーバ・アインスを眺めて笑みをさらに濃くする。


 エルドはユーバ・アインスの肩を掴むと、



「おい、アインス?」


「【否定】不可能だ」


「は?」


「【回答】当機は秘匿任務を遂行できない。開発者に命じられてしまった」



 ユーバ・アインスは首を横に振って、秘匿任務が完遂できないと宣う。



「何言ってんだ、ここまで来たってのにいきなり『出来ません』だなんて!!」


「【回答】開発者の命令はレガリアにとって絶対だ。中止を命じられれば中止せざるを得ない」


「ふざけんなよ!! あと1歩だってのに!?」



 ここに来てユーバ・アインスを止められるのは痛手すぎる。

 あの年齢を重ねた印象のある男性の声は、ユーバ・アインスたちの開発者の声だったのか。その手札がある以上、自立型魔導兵器『レガリア』であるユーバ・アインスは思うように動けない。


 どうにかして開発者の音声という手札を奪わなければ、この勝利1歩手前というところで終わりである。こんな結末だったら死んでも死に切れない。



『目下の脅威であるユーバシリーズ初号機は封じたところで――』



 ユーバ・アハトの黒曜石の双眸がエルドへと向けられ、



『――次は君かな、改造人間君』



 エルドの身体に衝撃が叩きつけられる。


 真正面から大型四輪車に轢かれたような強い衝撃がエルドを後方に吹き飛ばし、背中から壁に叩きつけられる。機械の群れを覆う硝子製の薄い板は割れもせず、叩きつけられたことによる鈍い痛みが背骨を通じて全身を駆け巡った。

 あまりの痛みに、エルドは声すら出なかった。何が起きたのかも理解は出来ない。攻撃をされたという事実だけは頭の中で理解できるのだが、どんな攻撃だったのか検討もつかない。


 ユーバ・アハトは『脆いねぇ』と言い、



『改造人間は愚かだね。生身のある状態でレガリアに挑もうとするところが実に愚かだ』



 ガシャン、という音が耳朶に触れる。


 見れば、ユーバ・アハトを閉じ込める培養槽を塞ぐ蓋の部分から機械で作られた巨大な腕が伸びていた。人間らしい作りのそれは、大きな手のひらを広げてエルドに向けられる。

 あの巨大な手のひらで握り潰されれば、いくらエルドでもひとたまりもない。今まではユーバ・アインスという心強い相棒がいたから何とか出来たのだろうが、今回ばかりはそうもいかない。


 やはり改造人間はレガリアには勝てない。所詮はそういう運命なのだ。



「――――?」



 痛みによる幻覚か。

 それとも目前に迫る戦死の絶望が見せる妄想か。


 ユーバ・アハトの広げる巨大な手のひらの向こうで、それまで存在しなかったはずの男がエルドに向かって手を振っていた。



「は?」



 エルドは我が目を疑った。


 ユーバ・アハトの開発者だろうか。背筋の曲がった老人が白衣を着ており、エルドへ向けて手を振っている。雪のような白い髪の毛を1つに束ね、眼鏡をかけた爺さんである。こんな戦いのど真ん中にいれば3秒で死にかねない。

 背の曲がった老人はエルドと視線が合うなり、壁に隙間なく並べられた機械の群れの一部を指差す。彼が指で示した場所には同じような機械が並んでいるのだが、他の機械には赤や青などの光が点滅しているにも関わらず、その機械だけ何の光も点滅していなかった。


 機械を指で示していた老人はおもむろに拳を握ると、殴るような仕草をする。『この機械を殴って壊せ』と告げているように。



『じゃあね、改造人間』



 ユーバ・アハトの広げた手のひらが目前にまで迫っていた。

 もう時間はない。幻覚かエルドの妄想か不明だが、ここで死ぬよりか一縷の望みに賭けてみた方が遥かにマシだ。


 痛みに支配された身体に鞭を打って起き上がったエルドは、右腕の戦闘用外装で拳を作る。ユーバ・アハトの巨大な手のひらより遥かに小さな右拳を引き絞り、



「アシュラ!!」



 エルドの右拳に、青色の光が駆け抜けていく。


 岩をも砕く右拳がユーバ・アハトの巨大な手のひらのど真ん中に突き刺さり、見事に弾いた。弾いたことで隙が生じ、エルドは巨大な手のひらの隙間を掻い潜る。

 培養槽に閉じ込められたユーバ・アハトが分かりやすく驚いていた。エルドが弾いた巨大な手のひらで追いかけてくるのだが、それよりも早くエルドは目的の場所に辿り着く。あの白衣姿の老人が示していた場所だ。


 狙いを定め、右拳を作る。走ったことで勢いも十分についていた。



「ゥオラ!!」



 右拳で、エルドは目的の機械をぶん殴った。


 機械の群れを守っていた硝子製の薄い板は呆気なく粉砕され、その向こうにある機械を破壊する。エルドの拳が思った以上に大きくて他の機械も壊してしまったようだが構うものか。

 目標の機械から黒い煙が上がり、紫電が弾け飛ぶ。それから遅れて『ジジジ、ザザザ』という雑音がどこからともなく聞こえてきた。



『――この音声が再生されているということは、私はすでにこの世を去っている頃だろう』



 それは、先程ユーバ・アハトが真似た声そのものだった。



『私はしがない研究者だ。世界を少しでもよくしたい、平和にしたいと願われてあの子たちを生み出した。大切な我が子だ、私の命よりも』



 静かに、ゆっくりと。



『この先、あの子たちが平和に穏やかな未来を歩んでいけるように――私はこの命令を遺す』



 命令を下す。



『ユーバシリーズ全機へ。お前たちは私の大切な息子と娘たちだ。それをどうか忘れずに、自分の意思で行動をしなさい』



 最後に、名もなき開発者はこう締め括った。



『お前たちの未来に、幸多からんことを』



 ぷつん、と音声は途絶える。


 ユーバ・アハトは『何だよ、これ』と呆然とした様子で呟いていた。

 培養槽に閉じ込められたユーバシリーズの紛い物でも、この命令は初耳だったようだ。残念ながらユーバ・アハトの開発者はユーバ・アインスとは異なるので、この命令はおそらく適用されない。


 眉を吊り上げるユーバ・アハトは巨大な手のひらを振り上げ、



『ふざけんな、何でこんなものを残して――!!』


「【展開】超電磁砲レールガン



 閃光が室内を駆け抜け、ユーバ・アハトが振り上げた巨大な手のひらの配線を焼き切る。


 配線から途切れた巨大な手のひらは、制御を失って床に叩きつけられる。耳障りな音が鼓膜に突き刺さった。

 無理やり断ち切られた配線から緑色の液体が漏れ、かすかに紫電も飛び散る。残念ながら、手のひらがもう攻撃手段として動くことはなかった。



「【了解】その命令を受諾する」



 白い砲塔から純白の盾に持ち替えたユーバ・アインスは、



「【報告】当機はこれより自己判断により行動を開始する。【設定】自己判断に従い、秘匿任務の続行を選択。最良の戦術を設定」



 そしてユーバ・アインスは瞳を閉じる。



 ――通常兵装、起動準備完了。


 ――非戦闘用兵装を休眠状態に移行。戦闘終了まで、この兵装を使うことは出来ません。


 ――残存魔力72.84%です。適宜、空気中の魔素を取り込み回復いたします。


 ――彼〈リーヴェ帝国所属、自立型魔導兵器レガリア『ユーバシリーズ』8号機〉我〈自立型魔導兵器レガリア『ユーバシリーズ』初号機〉戦闘予測を開始します。


 ――戦闘準備完了。



 様々な情報が飛び交い、ユーバ・アインスはいつもの淡々とした声で宣告した。



「【状況開始】戦闘を開始する」

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