【第1話】
自陣に帰還をすれば、兵士たちがバタバタと駆け回っていた。
「エルド、ユーバ・アインス。戻ったか」
「姉御」
兵士がバタバタと駆け回る中、器用に彼らを避けてやってきた団長のレジーナがユーバ・アインスに抱えられるユーバ・ツヴァイを見つけた。
「ユーバ・ツヴァイか?」
「姉御、コイツをどこか安全な場所に埋めてやりてえんだけど」
「残念だが、時間がない。すぐに移動を始めなければ戦線がすぐに崩れる」
エルドの要求に悩む素振りを見せたレジーナは「仕方がない」と言う。それから彼女が振り返った先は、魔導調律師のメルト・オナーズの乗る大型四輪車だった。
改造部分の修理や調整などで必要な部品や工具を大量に詰め込んだ箱を次々と大型四輪車に乗せてもらい、ドクター・メルトは「あー、そこじゃないですぅ」とか「そっちにお願いしまぁす」と同胞に指示を出していた。あの大型四輪車はドクター・メルトの診療所も兼ねることが出来るので便利だ。
レジーナはドクター・メルトの乗る大型四輪車の荷台を示し、
「あそこに乗せろ、お前たちの後部座席では狭いだろう」
「え、ドクターのところに乗せて大丈夫か? 解剖とかしない?」
「ドクターとてそんな状態のレガリアに危害は加えないだろう。ましてユーバ・アインスの弟機だ、丁重に扱うさ」
レジーナが言うのだから仕方がない。現にエルドとユーバ・アインスが乗る四輪車にはすでにエルドの戦闘用外装を積むことになっているので、ユーバ・ツヴァイを乗せる為の空間がないのだ。
ユーバ・アインスもそれが理解しているのか、エルドを見やると1度だけ頷いた。彼もユーバ・ツヴァイをドクター・メルトの乗る大型四輪車の荷台に乗せることへ賛成を示していた。
ユーバ・ツヴァイの亡骸を抱えたユーバ・アインスは、
「【要求】ドクター・メルト、ユーバ・ツヴァイを荷台に積んでほしい」
「ほぎゃあ!? ユーバシリーズの2号機じゃないですかぁ!?」
ユーバ・ツヴァイを抱えて帰還を果たしたユーバ・アインスに、ドクター・メルトはあからさまに驚いていた。まさか撃破されるのがユーバ・アインスの方だとでも思っていたのか。
ドクター・メルトは慌てた様子で大型四輪車の荷台を見渡す。改造部分に使われる部品の数々を詰め込んだ箱が並ぶ棚や機材などが荷台に隙間なく配置されており、隅の方には簡易的なベッドの存在もある。拠点で展開されているドクター・メルトの診療所をそのまま移動形式にしたような感覚だ。
ユーバ・ツヴァイの亡骸を保管する場所を決めたドクター・メルトは、大型四輪車の隅に立てかけられていた梯子を下ろす。しっかりした作りの梯子は荷台へ乗り込むことが出来るようになっており、ドクター・メルトはユーバ・アインスを大型四輪車の荷台内へ導いた。
「こちらに寝かせてくださいねぇ」
「【感謝】助かる、ドクター・メルト。【要求】どうか丁寧に扱ってほしい」
「ユーバ・アインスさんの弟さんですから丁重に扱いますよぅ」
ユーバ・アインスはユーバ・ツヴァイを荷台の隅に設けられたベッドに寝かせると、別れを惜しむように一瞥してから荷台を降りてくる。ドクター・メルトも「梯子をしまっちゃいますねぇ」と荷台にかけられていた梯子を回収していた。
大型四輪車の扉が閉じ、ユーバ・ツヴァイの亡骸が鋼鉄の扉の向こう側に消えていく。ドクター・メルトのことだからユーバ・ツヴァイの亡骸にあれやこれやを仕掛けそうだが、すでに機能停止したレガリアを叩き起こすような真似はしないはずだ。
大型四輪車の前で立ち尽くすユーバ・アインスの肩を叩いたエルドは、
「アインス、行くぞ」
「【了解】その命令を受諾する」
ちょうど、レジーナが戦闘要員に向けて集合をかけていたのだ。
☆
「これから向かう場所はリーヴェ帝国の本陣だ。リーヴェ帝国は自国に保管されている量産型レガリアやシリーズ名で管理されるレガリアを大量に引っ張り出して戦線を混乱させている」
使い込まれた地図がレジーナの前に広げられており、その地図上には大量の駒が配置されていた。その駒がリーヴェ帝国の引っ張り出してきた自立型魔導兵器『レガリア』の群れなのだろう。
一体どれほどの個体数が存在するのか。気の遠くなるような駒の数に、エルドは圧倒される。こんなものをまともに相手していたら、改造人間などいくついても足りないぐらいだ。
レジーナが白魚のような指先で示したのは、リーヴェ帝国本体だ。
「ユーバ・アインス、レガリアを管理している装置があると聞いたが本当か?」
「【肯定】自立型魔導兵器『レガリア』の制御装置が存在する。その制御装置からの信号を受信、当機らは戦闘行動に移る」
「ではその装置を手っ取り早く破壊してしまおう」
レジーナはしれっと難しいことを言ってくれた。ふざけないでほしい。
制御装置なんて大層なものを前線に引っ張り出してくるような馬鹿ではないはずだ。おそらく本陣にある動かせない大掛かりな装置だろうが、そんなものを破壊するなどという任務は厳しい。リーヴェ帝国本陣に潜り込むことになるのだ。
つまり周囲をリーヴェ帝国の軍人に囲まれた状態での作戦行動である。命がいくつあればそんな危険な行動を承諾できるのだろうか。
「そんな訳でエルド、さくっと壊してこい」
「簡単に言うな、姉御。そんなもん壊せるか!!」
「簡単に言えるだろう、こちらにはユーバ・アインスがいるんだぞ」
不可能だと訴えるエルドの言葉を一蹴するレジーナは、
「ユーバ・アインスにとっては久しぶりの故郷だ、隅々まで熟知していることだろう。制御装置を破壊すればレガリアの動きが止まるのだから、そうすれば我々の勝ちだ」
「それはそうだけどよ……」
エルドは納得できずにいた。
ユーバ・アインスの故郷だとしても、彼がリーヴェ帝国を離れてどれほど経過しているだろうか。内部事情が変わっているかもしれないし、その過程で大勢のリーヴェ帝国軍人に囲まれたら確実に死ねる自信がある。
今回の作戦は無茶だとは思うのだが、リーヴェ帝国が大量に引っ張り出してくる自立型魔導兵器『レガリア』の群れに対抗するにはこれが最適だ。自立型魔導兵器『レガリア』の信号とやらを断ち切ってしまえば、アルヴェル王国側の勝利は確定である。
危険な道を選ぶことに抵抗するエルドに、ユーバ・アインスが言う。
「【回答】エルド、問題ない。当機が貴殿を守る」
「アインス……」
「【補足】当機は貴殿を死なせない」
淡々とした口調は、何故か妙に信頼できた。ユーバ・アインスであれば間違いなくやってくれそうな気がするのだ。
それに、ユーバ・アインスには末弟のユーバ・アハトを撃破するという更新された秘匿任務がある。エルドはそれを補佐すると言ったのだ、相棒が敵陣のど真ん中へ行くのについていかないのは相棒ではない。
エルドは「仕方ねえな」と言い、
「任せたぞ、相棒」
「【了解】その命令を受諾する」
ユーバ・アインスはしっかりと頷いて応じる。
「姉御、敵陣に行くのは何人だ?」
「お前とユーバ・アインスだけに決まっているだろう」
「は?」
とんでもない人数が聞こえた気がした。
エルドは驚いたような表情を見せるが、レジーナは「冗談だ」と言わなかった。これはつまり、ユーバ・アインスとたった2人でリーヴェ帝国に乗り込まなければならないのだ。
確かに少数精鋭の方がいいのだろうが、これは些か少数精鋭すぎないか。たった2人で乗り込み、囲まれたら終わりである。
「よし作戦も決まったことだ、移動するぞ」
「おい待て姉御、2人ってのはさすがにアインスにも負担になるんじゃねえか!?」
「頑張れ」
「姉御!!」
容赦なく同胞を敵陣のど真ん中に送り込む鬼畜な団長様に、エルドは「畜生!!」と叫んだ。