【第8話】
「【嘆息】やはり簡単に勝たせてくれる兄ではないですね」
射抜かれたユーバ・ツヴァイの瞳は、自動回復機構によって元通りに修復される。
視覚機能を取り戻した2号機の弟は肩を竦めて言った。戦場に於いて手加減など無用である。これが戦闘訓練であっても、相手の成長を妨げる要因となるのでユーバ・アインスが手を抜くことはない。
ユーバ・アインスは純白の自動拳銃を切り替えて、
「【回答】手加減をするつもりは毛頭ない」
「【理解】分かっています。兄さんはそういう真面目な性格ですから」
ユーバ・ツヴァイは小さく微笑み、
「【回答】だから当機も挑み甲斐があります」
右手を突き出してくる。
今までの戦闘訓練での記録を引っ張り出し、彼の行動が何を示すのか理解した。ユーバ・アインスは即座に回避行動を取る。
それとほぼ同時に、ユーバ・アインスが立っていた地面が爆発した。粉塵が巻き上がり、視界が土埃に覆われてしまう。
右手を突き出してくる行為は狙いを定めているのだ。あの行為が最初は理解できずに何発か爆発に巻き込まれもしたが、積み重ねられた戦闘記録は嘘を吐くことはない。
「【展開】地底連爆」
ユーバ・ツヴァイの次なる攻撃。
土埃が晴れると同時に、ユーバ・アインスを狙って連続で地面を爆破してくる。爆破される場所を予測して回避行動を取り、ユーバ・アインスは純白の盾でユーバ・ツヴァイの爆破攻撃を凌ぐ。
爆破の衝撃が純白の盾から伝わってきて、頭部に搭載された人工知能が『衝撃を感知』だとかいちいち伝えてくる。同じ言葉が何度も繰り返される。
「【構築】先程の攻撃を摸倣」
――【了解】模倣します。
自分の最大の強みである模倣を命じると、人工知能は言われた通りにユーバ・ツヴァイによる連続爆破を模倣した兵装の構築を始める。
――【報告】爆破の衝撃、その他諸々の計算が終了。
――【構築完了】兵装『連続爆撃』起動します。
ユーバ・アインスの視覚機能に狙いを定める為の十字線が表示される。
土埃がもうもうと立ち込める戦場で、ユーバ・ツヴァイの位置情報を計算。揺らぐ影や風向きなどを計算に含めて算出し、ユーバ・アインスは右腕を持ち上げる。
茶色の煙に隠れた弟機に手を伸ばすように、ユーバ・ツヴァイの行動を真似する。視覚機能に表示された十字線が重なり、その先にユーバ・ツヴァイが存在することを告げていた。
兵装発動。
「ッ!?」
爆発音が聴覚機能を刺激する。
ユーバ・アインスが仕掛けた爆破攻撃をかわしたユーバ・ツヴァイは、驚愕に満ちた表情を向けてくる。
まさか兵装を模倣されるとは考え付かなかったのだろう。ユーバ・アインスの強みは相手の攻撃を模倣することだ、その情報さえ戦術に組み込むのはユーバ・アインスを相手にする際に当然のことである。
ユーバ・アインスは逃げるユーバ・ツヴァイを狙って爆破攻撃を仕掛け、
「【疑問】どうした、ユーバ・ツヴァイ? 何故攻撃をしてこない?」
「【憤怒】意地の悪い兄さんだ!!」
ユーバ・ツヴァイはユーバ・アインスの爆破攻撃を回避しつつ、
「【展開】爆発突撃」
足元を爆破して、ユーバ・ツヴァイが突進してくる。
「【展開】一方通行」
「【驚愕】何ッ!?」
突っ込んできたユーバ・ツヴァイめがけて純白の盾を突き出し、ユーバ・アインスは兵装を発動させた。
受けた攻撃をそのまま受け止め続けるだけの『絶対防御』ではない。受けた攻撃をそのままそっくり跳ね返す兵装だ。これは飛び道具にしか通用しない欠点があるのだが、自らが大砲になって飛び込んできた際にも通用する。
ユーバ・ツヴァイは爆発を上手く活用した突進攻撃をそのまま止められずに、ユーバ・アインスの純白の盾に頭から突っ込んだ。兵装が発動され、突っ込んだ速度と同じ速さでユーバ・ツヴァイが吹き飛ばされる。
「【構築】先程の突進攻撃を模倣」
――【了解】模倣を開始。
――【報告】爆破の衝撃による移動速度、衝突した際の衝撃、爆破による推進方法の計算が終了。
――【構築完了】兵装『爆破推進』起動します。
ユーバ・ツヴァイと同じく足元が爆破すると、ユーバ・アインスは体勢を立て直している最中だったユーバ・ツヴァイに突進する。
驚愕に目を見開くユーバ・ツヴァイ。一度のみならず二度までも兵装を模倣されるとは想定外だったのだろう。
ユーバ・ツヴァイに肉薄するユーバ・アインスは、次なる兵装を展開。爆破による移動の速度を利用するならば、あの兵装が適しているだろう。
「【展開】剛神鉄拳」
純白の巨大な拳が出現する。
ユーバ・アインスの腕の移動に合わせて引き絞られ、岩をも砕く剛腕がユーバ・ツヴァイに襲いかかった。
ぶん殴られた衝撃でユーバ・ツヴァイの顔面が凹み、右腕が衝撃で千切れ飛び、まるで紙細工のように打ち上げられる。高く打ち上げられたユーバ・ツヴァイはそのまま重力に従って落下すると、耳障りな音を立てて地面に叩きつけられた。
「【遺憾】兄さんのこの攻撃は初めてですね。【回答】ですが、まだ当機が負けた訳では」
ふらふらと修復されていく頭を押さえて、ユーバ・ツヴァイが立ち上がる。
その時だ。
戦闘中であれば絶対に聞こえてはならない音が、ユーバ・アインスとユーバ・ツヴァイの間で響き渡る。
――残存魔力最低ラインに到達しました。外部から魔力を摂取してください。
――展開中の自動回復機構を停止します。
それはユーバ・アインスから明かされた情報ではない。ユーバ・アインスの魔力の貯蔵は十分にあり、今もなお空気中の魔素を取り込んで回復中の状態にある。
弟機を見やれば、彼はやれやれと言わんばかりに肩を竦めた。どうやら兄弟喧嘩はここで強制終了となってしまった。
ユーバ・ツヴァイは「【遺憾】残念です」と言い、
「【回答】兄さんとの兄弟喧嘩はここで終了ですね」
「【疑問】これでよかったのか?」
「【肯定】はい、最後に兄さんの手で破壊されるのが当機の望みです」
爆破による攻撃は大幅に魔力を消費するし、なおかつユーバ・アインスによる攻撃を修復する自動回復機構のことも要因しているのだろう。ユーバ・ツヴァイの魔力がここに来て尽きてしまったのだ。
それはユーバ・ツヴァイ本人も理解していたようで、魔力がない状態で無理に戦闘をしようとは思っていなかった。魔力がない時点で戦力差は歴然である。逃げ帰って魔力を補給するという選択肢も、もちろんないだろう。
ユーバ・ツヴァイは両腕を広げると、
「【謝罪】すみません、兄さん。貴方に当機の死を背負わせます」
「【否定】構わない。【回答】3号機から7号機も死した後、貴殿を待っている」
「【回答】そうだといいですけど」
ユーバ・ツヴァイは困ったように笑い、
「【疑問】兄さんはどうするつもりですか?」
「【回答】エルドの最後を看取ってから、当機も自壊するつもりでいる」
「【納得】なるほど、そうですか。それなら再会は少し期間が開きそうですね」
まだこの未来が確定した訳ではないが、いずれそうなったらいいというユーバ・アインスの願望である。
エルドと最後までいたい。そして彼の最後を看取ってから、与えられた命令を完遂するだけだ。「生きろ」と言われれば生きるまでである。
ユーバ・アインスは『超電磁砲』の兵装を展開すると、
「【疑問】何か言い残すことは?」
「【回答】ありません」
「【納得】そうか」
潔い弟機の全身をユーバ・アインスが有する最大火力で焼き払おうとした直後のことだ。
「【不満】あーあ、ツヴァイ兄ちゃんが負けたらつまらないじゃないか」
どこからか声が聞こえると同時に、ユーバ・ツヴァイの胸元に背後から何者かの腕が突き刺さった。