【第4話】
「今日は夜も遅い。ヘロヘロの状態で戦われても困るから、明朝まで休んでくれ」
現場監督を任されているカイニスの言葉により、傭兵団『黎明の咆哮』はしばしの休息を得るのだった。
建ち並ぶテントの一角を借り受け、明日に戦闘を控えた戦闘要員たちは2人1組となってテントを1つずつ使って休む。中には寝れない戦闘要員たちは、内緒で持ち込んだらしい酒と燻製肉で人生最後かもしれない酒宴を楽しんでいた。
エルドは必然的にユーバ・アインスと一緒にテントを使うことになった。今までもホテルや車中泊でも一緒だったので、別に今更離れられても落ち着かない。
「【批判】布団がないのが残念だが」
「そんな贅沢品はねえよ、諦めろ」
「【回答】当機は問題ない。心配なのはエルドが身体を壊さないかだ」
「俺はそこまで柔じゃねえっての」
エルドは旅行鞄を枕にして、テントの床に寝転がる。
テントそのものが硬い地面に設置されたからか、寝転がると地面の硬さが伝わってくるような気がする。薄い布の隙間から土臭さも漂ってきた。テントよりも車中泊の方がマシに思えてきた。
疲れもあってか、瞳を閉じていると自然と眠気が忍び寄ってくる。遠くで聞こえていた戦闘音や怒号も今ではすっかり落ち着いているので、少しぐらいは眠れそうだ。
「アインス、テメェも休んどけよ。明日はテメェも、最後の弟機と戦うことになるんだろ」
「【回答】当機に休むという行動は必要ないが、エルドがそう命じるのであればそうしよう」
ユーバ・アインスはエルドの側に寝転がり、
「【疑問】エルド、側に寄ってもいいだろうか?」
「あん?」
ウトウトと微睡んでいたエルドは、ユーバ・アインスの要求を聞いて目を開ける。
側に寄るも何も、すでにユーバ・アインスはエルドのすぐ側にいた。隣に寝転がっている状態である。これ以上となると、抱きつくという形以外にない。
エルドは両腕を広げると、
「ほら、来い」
「【感謝】ありがとう、エルド」
ずりずりと身体を引きずり、ユーバ・アインスはエルドの腕の中にすっぽりと収まる。
全身が鋼鉄で作られているので、人間らしい柔らかさなど存在しない。女性らしくいい匂いもしない。でも腕の中にいる真っ白なレガリアに、安心感を覚える。
出会った頃からだいぶ経過するが、エルドの中でもユーバ・アインスの存在が大きくなっていた。こうして腕の中に抱いて眠ることが出来るぐらいには。
「アインス」
「【疑問】何だ?」
「テメェと出会ってからだいぶ経つけど……」
ユーバ・アインスを抱き寄せるエルドは、
「最初は敵だったレガリアが側にいるなんてって思ってたけど、でも今は平気になった。むしろ側にいてほしいとさえ望むようになった」
このままずっと、側にいてほしい。
便利で気が利く自立型魔導兵器『レガリア』だからではなく、ユーバ・アインスだからこそだ。相棒として――出来ればそれ以上として。
エルドは静かに瞳を閉じ、小さく欠伸を漏らす。
「アインス、このまま俺の側にいてくれ」
「【回答】ああ」
ユーバ・アインスは逞しいエルドの胸板に額を寄せ、
「【回答】当機は、貴殿の側から離れることはない」
「そうか……」
もう眠気も限界だった。
ユーバ・アインスはいつのまにか体温を上げる兵装を展開していたのか、腕の中に横たわる真っ白なレガリアは抱き寄せると温かく感じる。別に冷たくてもよかったのだが、でもありがたいことには変わりない。
抱き心地のいいユーバ・アインスを抱きしめて、エルドは眠りの世界に旅立った。
☆
確実にエルドの中で、ユーバ・アインスの存在が大きくなっている。
良妻を演じるつもりはなく、ただユーバ・アインスがエルドにしてやりたいから普段の行動も起こしているだけだ。料理も、身の回りの世話も、エルドを守ることも、エルドの義手の整備も何もかも。
ああ、これが『執着』か。そしてエルドに執着されるたびに『歓喜』に打ち震える。
「【回答】エルド、当機は貴殿の側から離れない。――絶対に」
眠るエルドの頬を撫で、胸板に耳を寄せる。
薄皮1枚を隔てた先には、どくどくと定期的に心臓が音を立てている。規則正しい呼吸も聴覚機能が感知しており、彼が生きていることを示していた。
何があっても守らなければならない。この人だけは死なせる訳にはいかない。
「【回答】エルド、好きだ」
この感情が『愛する』ということであれば、多分そうなのだろう。
守り、慈しみ、側にいる。いつしか彼が永遠の眠りについたその時は、最期を看取ってユーバ・アインスはどうしようか。その時はだいぶ先の話になるので、それはエルドが年老いてから決めるのも悪くはない。
彼の鍛えられた胸板に擦り寄り、逞しい背中に手を回す。ユーバ・アインスの腰にはエルドの腕が巻き付けられているので離れることなど不可能であり、当然だがユーバ・アインスも離れることは望まない。このまま朝までエルドの腕の中で眠る予定だ。
(【驚愕】兄さん、変わりましたね)
頭の中で声が響く。
通信だ。
しかも、リットー要塞の防衛任務に当たっている2号機のユーバ・ツヴァイである。
(【叱責】戦闘時以外の時間を覗き見するとは感心しないが)
(【謝罪】すみません。兄さんの信号を確認したので)
ユーバ・ツヴァイは申し訳なさの欠片も感じられない謝罪の言葉を口にすると、
(【疑問】兄さん、その男は誰ですか? 何故抱かれているのです?)
(【回答】当機がそう望んだからだ)
(【疑問】自立型魔導兵器『レガリア』が人肌を求めたと?)
(【回答】エルドだから求めただけだ。他であれば拒否する)
ユーバ・アインスにとって特別な存在であるのがエルドだ。他の人物から頼まれても拒否する所存である。
人間と触れ合う機会がない故に、ユーバ・ツヴァイには兄であるユーバ・アインスが意味不明なことをしていると理解に苦しんでいる人違いない。ユーバ・アインスでも過去の記録と照らし合わせると、自分自身が意味のないことを熱心に力を注いでいると分かる。
恋や愛などは、非合理的だ。現実的ではなく、ユーバ・アインスのように自立型魔導兵器『レガリア』にとってこの感情は重すぎるし邪魔すぎる。
(【教示】それでも、人間に触れなければ分からないこともある。当機がエルドに抱く感情と同じだ)
(【回答】理解に苦しみます)
ユーバ・ツヴァイは淡々とした口調で応じ、
(【回答】その男を守る価値など感じられませんが)
(【叱責】エルドのことを悪く言えば、たとえ弟機であろうと許さない)
(【嘆息】やはり兄さんは変わられた。人の手に落ち、腑抜けた存在になってしまった)
腑抜けた存在とは面白いことを言う。
ユーバ・アインスの性能は何も変わっていない。頭部に搭載された人工知能な数々のエラーを吐いてはエルドに関する感情・記憶を消去して合理化を図った方がいいとたびたび提案されるが、全て一蹴して問題ないぐらいだ。
むしろ、自分1機だけでは不可能だったものも可能になった。エルドは信頼における相棒であり、愛すべき旦那様なのだ。それを理解しないとは愚かである。
ユーバ・アインスはエルドの背中を強く抱きしめて、
(【警告】これ以上、当機の邪魔をするのであれば遠隔にて兵装を展開・貴殿を迎撃する。本戦は明朝に持ち越しだ)
(【回答】邪魔をするつもりはありません。量産型レガリアも撤退させましたし、明日は兄さんと戦える大切な日ですから修繕をしっかりしておかなければなりませんので)
ユーバ・ツヴァイはそうして、
(【挨拶】おやすみなさい、兄さん)
通信を切った。
弟機に邪魔される訳にはいかない。
この時間は大切にしなければならないのだ。エルドがあとどれほど生きているのか分からないのだから。
ユーバ・アインスはエルドに擦り寄り、瞳を閉じる。自立型魔導兵器『レガリア』なので、当たり前だが夢は見ない。