無智
灰皿のベンチ、浅い色の空、酩酊の醜男、踏み潰された花、嗤うCが、
「あんた、どこ迄馬鹿なの?」
「何か、問題でも?」
「犯罪をしちゃいないのに、……」声を荒げ、「何? 逃避行って」
「単純なことじゃないか。罪を犯した。それだけさ」
「訳がわからない」
「わからぬことはないだろう。汝、知らぬか? 我の、かの行ないは、罪なり。はて、無知かね?」
「無智なのは、あなたでしょう? あのことの何処が、罪というの」
「やんぬる哉。僕はね、窪みに知を与えることは、嫌いなのだよ。失敬」
「おい、止まれ! 無智め! あんたは、一度でもドーナツの全貌を見たことがあるのか! 穴ばかりを見つめているのは、そちらの方だ。自惚れるな! 周囲を見てみろ。何人が惜しんだか。何人が裏切られたか。
ああ、そうだ。テメェなんか、罪人だ!」
路傍に落ちている、一篇の小説にも、佳いところというものが、僅かにある、
「無知は透明だ。美しく、そして素晴らしい。
何も知らないが故に輝く純粋さ。その美しさは、宝石の美しさにさえも勝るのではないだろうか。
それに比べて、有知さなんてものは、宝石に似ても似付かない。道端に落ちている大粒の石、と形容するのがきっと妥当だろう。」
カランコロン、と音がした。下駄であろうか。「鼻緒というのも、美麗である。七宝、紗綾形、麻の葉、青海波、……」待人、去ぬ。
然れど下駄は、小坂を駆く木筆。「うむ、黒鉛というものも、あるな」