捜索(2)
【捜索(1)】の続き
アルフレデリック側の動きです
修正しました。
アルフレデリックは床からチャーム型の測位石を拾い上げて、自身の測位石と繋がる光の糸を見つめた。
「アニュリィ」
二つの測位石は掌上で同時に光を失い、繋がっていた光の糸は両端から真ん中へと燃え尽きるように消えていった
物音一つない室内で、ギリッとアルフレデリックは奥歯を噛みしめる。
唯一ディアヌローズとの繋がりだった対の測位石を固く握りしめると、その拳を壁に叩きつけた。
顔が歪んだのは痛みではなく、己に対する怒りだ。慎重になり過ぎた。包囲など考えず、測位石が光を伸ばした時点で突入していれば、犯人にしてやられることなどなかった。
じわりと血の滲む関節を睨み、風の精霊に命じる。
「ブラスク。この建物内でディアヌローズを探索し、見つけ次第足犯人を足止めせよ」
ふわりとマントの裾が翻って、すぐに直った。ブラスクによる諾の返事である。
それからアルフレデリックは腰の物入れから伝達石を取り出すと、光の燕を出現させて、屋敷精霊たちに宿及び周辺建物の地下室探索を依頼するようにとヴァランタンに伝言を飛ばした。
部下の到着とブラスクの報告を待つ間、室内に目を配っていく。
玻璃の薄汚れた小窓から入る陽は漂う埃を照らし、どす黒く汚れた床がところどころ灰色なのは積もった塵によるもの。
床よりは汚れがマシな壁の、ちょうどディアヌローズの背丈ほどの位置から床までに、何かが擦れた痕を見つけて歩み寄った。
直下の床には不自然に斑な新しい傷もあり、よく見れば『奏』と刻まれている。その斑になった赤黒い部分を中指でなぞり、親指と擦り合わせるとベタついた。血、である。
おそらく、ディアヌローズが犯人に見つからないよう工夫したのだろう。痕跡を残す行いは機転が利く半面、危険を顧みない無謀な行為だ。犯人に知れたら命にかかわる。
そして。ここでもディアヌローズは暴力を振るわれたのだ。幼子に暴力を振るう行為に胸が悪くなる。と同時に、焦燥感が増した。
室内を一通り検分し、最後に荷袋を拾い上げて裏返す。白金の髪と僅かな血痕があった。荷袋は日用的なものであるだけに、たとえ街中で見かけたとしても不審に思う者などいないだろう。
風に混じってブラスクから「姿無し」との報告があり、周辺に範囲を広げて捜索するよう新たに命じた。
間を置かず、部下たちがどかどかと騒がしい靴音を響かせてやって来た。
「既にディアヌローズはここにはいない。痕跡を探せ」
荒い息のまま部下たちが散っていき、一人残ったアルフレデリックは顎先に手をあてて考える。
血痕は乾いていなかった。ここからディアヌローズが移されたとしても、時間はごく僅かしか経っていない筈。にも拘らず、ブラスクでも発見できず、屋敷精霊からも知らせは無い……。
アルフレデリックは虚空に呼びかける。
「フィデリ」
アルフレデリックの手許から光が迸り、銀を帯びた白い魔犬が寄り添うように顕現した。大型犬のボルゾイにも似た、流線型の体躯に長い口先。垂れ耳で長毛の優美な魔獣だ。
荷袋の匂いを嗅がせると、フィデリはすぐさまアルフレデリックを先導し始めた。床に鼻を近づけて、迷いなく宿の中を進んでいく。
ところが。
廊下の突き当たりで、フィデリはその場に座り込んだ。薄汚れた壁を見据えて微動だにしない。
アルフレデリックは壁の腰板に、ひときわ手垢のついた箇所を見つけた。
その部分を探るように動かして、現れた窪みに手を掛け横に引く。壁は滑るように動いた。隠し戸の存在に、思わず舌打ちする。
大きく隠し戸を開けると、フィデリが戸縁にある血痕を鼻先で知らせた。床には白金の髪も落ちていて、それを拾う。ディアヌローズがここを通ったのは間違いない。
現れた廊下を前に、落ち着きなく見上げてくるフィデリに追跡再開の指示を出し、アルフレデリックは隠し戸を抜けた。
途中「ディアヌローズを発見できず」との報告が入った。ブラスクからは地上探索について。屋敷精霊からは地下探索についてを伝達石によるヴァランタン経由で。
先導するフィデリの速度が増し、アルフレデリックも足早に続く。
廊下を一度曲がり、突き当り手前の部屋に入った。乱雑に積まれた木箱の間を通り抜け、屋外に出る。
再びフィデリは座り込んだ。
地面には車輪の跡があることから、どうやら荷車が停められていたらしい。
そして、たくさんの花びらが落ちている。中には形を保ったものも。花まつりに乗じて、花荷の中にディアヌローズを隠したとみるべきだろう。
アルフレデリックは一輪の花を拾い上げて、ぐしゃりと握り潰した。
領事棟への帰途、風を切って翔ぶ青竜の背でアルフレデリックは虚空を睨む。
数名を捕らえたが、ディアヌローズに繋がる手掛かりは無い。
商会で捕縛した者の中で、宿を知っていたのは大男のみ。しかも、緊急時には宿へ移すよう指示されただけだという。
宿で捕縛した者も、他のアジトどころか、隠し戸の存在すら知らなかった。
知らなければ口を割ることもなく、始末する手間もかからない。末端は切り捨てる上手いやり方だ。
収穫はゼロどころか、測位石のチャームが落ちていた時点でマイナスだ。可能性として、犯人が気づいて測位石を捨てたとも考えられる。
一般的に、追い詰められた犯人は人質を楯にして逃走する。人質が足手まといになれば、放置、もしくは命を奪うのが大半だ。
だが、この犯人は追い詰められてもディアヌローズを手放さなかった。
命まで奪う気は無さそうだが、魔獣を嗾けた実行犯の供述と合わせれば、無差別の拉致などではなく、ディアヌローズが目的なのは明白である。
とはいえ、魔獣襲撃当初から狙われる理由に見当がつかない。
確信はないが、呪詛の術者は係わっていないだろう。自分が術者なら綱渡りのような力業は行わず、拉致した時点でディアヌローズを転移させる。その方が確実で容易いからだ。
この事件は何かがおかしい。犯人に悉く先をいかれ、挙句まんまとしてやられた。
情報が洩れている可能性を念頭に置き、ディアヌローズを知る者を一から洗い直す必要がある。
◆◇◆
「成果は芳しくないようだな」
アルフレデリックが執務室に入るなりコンスタンティンはそう声をかけ、出迎えたヴァランタンは「お疲れ」とアルフレデリックの肩に手を置いた。
アルフレデリックは僅かに目を伏せる。
「──新たな報告はありません。捕縛した数名は中央に引き渡し、部下を尋問に立ち会わせています」
押収した遺留品が、アルフレデリックの指示で応接卓に並べられていく。
測位石のチャーム、星の欠片、白金の髪、ディアヌローズが入れられていた荷袋と紐。
そして。応接卓の脇には、託けが記された机。
「机!?」
「裏に、ディアヌローズの託けが……」
驚くヴァランタンの前で、机が裏返される。
コンスタンティンやヴァランタンをはじめ、皆が食い入るように託けを読んだ。誰もが言葉を失い、ディアヌローズの側仕えたちは涙を滲ませた。本来執務室には主の伴う側近だけが入室できるのだが、この度はコンスタンティンの計らいで、ディアヌローズの側仕えたちにも入室が許されている。
とさり、とコンスタンティンは腰を下ろした。
「必ず、救い出せ。アルフレデリック」
「心得ております。父上」
ヴァランタンが机をちらりと見て、感心したように言う。
「しかし、机の裏なんてよく気付いたな」
「この印を見つけたので」
元に戻された机の天板側面に『奏』と刻まれている部分をアルフレデリックが指さすと、ヴァランタンはその印をまじまじと見た。
「──見たことない。何ていうか……記号、だな」
「ええ。以前、ディアヌローズが自分の記号だと」
「お前が憶えていてくれて良かったよ」
「ですが、手詰まりです」
今や、ディアヌローズの居所を探知できる測位石は応接卓の上にある。
青竜の背で考えたことを踏まえ、アルフレデリックは今後についてをコンスタンティンとヴァランタンに話さなければならない。だが、その前に。
アルフレデリックは皆を退室させた。
念には念を入れて遮音石を取り出し「ペルドル」と展開させる。黄色の光膜が三人を覆った。
「おふたりにご相談があります」
遮音された中で、アルフレデリックは自身の推論をふたりに伝えた。
表情を険しくしたふたりと今後の対策を話し合い、遮音石を解除する。側近たちを執務室に入れた。
「では」
ヴァランタンはアルフレデリックと視線を交わして頷き、部下を連れて執務室を出て行った。
その背を見送って、コンスタンティンがアルフレデリックに訊ねる。
「連れ去られた先に見当はつくか?」
「……いえ。少なくとも、周辺の建物にはいませんでした」
「手掛かりは無しか……」
犯人の狙いどおりというべきだろう。きのうが花まつりだっただけに城下は荷馬車の往来が多く、しかも花荷に隠されていると思われるため、一見しただけではわからない。
検問も考えたが、許可の下りる頃には逃げられていると諦めた。
今、アルフレデリックにできることは、範囲を広げて地道に探索するくらいしか残されていない。──ただ。
「ディアヌローズはこれまで何某かの痕跡を残しています。
可能性として、次へ繋がる手掛かりを何処かに残しているかもしれません」
「無理をしなければいいがな……」
期待したくはない。寧ろ、犯人を刺激しないよう、何もせずにいてほしい。それでも。一刻も早く救い出したい気持ちを、アルフレデリックは抑えることができなかった。
不意に、扉の向こうで小鐘が鳴った。
対応したアントナンが左手を右手で大切そうに覆って、アルフレデリックの処にやって来た。
「アルフレデリック様宛に、こちらを。子どもが城下門に持ってきたそうです」
通常、身許不確かな者からの品が領事棟内に持ち込まれることも、ましてやその人物の下調べも無しに側近が主に渡すなどありえない。
常とは違うアントナンに、アルフレデリックは訝しい目を向けた。
だが、アントナンは恭しく両手を差し出して、覆っている右手をあけた。
掌上には────
薄汚れたハンカチ。
すぐさまアルフレデリックはハンカチを手に取って、応接卓に広げた。
目に飛び込んできたのは、ガタガタな文字の羅列だ。
見覚えのある手蹟はどこかしら自分のそれと似ている。ディアヌローズに文字の手本を書いたのはアルフレデリック自身だ。
おそらく移動中の荷馬車で書いたであろう躍る文字を、アルフレデリックは拾っていく。
『森 アジト 花辿る ランメルト アルフ』
『アルフ』とはアルフレデリックと書きたかったのだろう。最後の一文字は、隅に刺繍されたディアヌローズのイニシャル上にあった。
さして大きくないハンカチいっぱいに、必要な情報が端的に詰め込まれている。
「なんと……」
向かい側で、コンスタンティンは感嘆の声を漏らした。
アルフレデリックはところどころ血が付着したハンカチを見詰めたまま、アントナンに訊ねる。
「これを届けた子どもは?」
「門番によると『ランメルト領事区域のアルフレデリック様に渡して』と、いきなりこのハンカチを押し付けたそうです。告げるだけ告げて名乗らないまま、あっという間に噴水広場の方へ走り去ったと」
「その子どもの特徴は聞いているか?」
「裕福な身形で、歳は洗礼前後。瞳は金。髪は鳶色。後ろの髪が一房、馬の尻尾のように長かったと」
「「!」」
アルフレデリックとコンスタンティンは目を大きくして、顔を見合わせた。
「後ろの髪が一房だけ長かったのだな?」
「そのように聞いております」
念押しをアントナンが肯定し、アルフレデリックはコンスタンティンについと視線を戻す。
「父上、確認して頂けますか?」
「よかろう。直接聞いてくる」
「私は花を辿ります」
痕跡の途絶えた地面には、花が落ちていた。
アルフレデリックとコンスタンティンはそれぞれの目的のために執務室を出た。
◆◇◆
再び、アルフレデリックは部下たちと城下街に下りた。
ディアヌローズの痕跡が途絶えた場所で、落ちている花の中から種類の異なる花を拾い集めた。これらと同じ花が道標となっている筈である。とはいえ、花は萎れてしまうもの。風に飛ばされもするだろう。
時間との勝負だが、花は小さすぎて上空からでは探せない。宿を中心として、全ての通りに部下を徒歩で探索に向かわせた。
道標の花はなかなか見つからなかった。
花まつり翌日ということもあり、城下は平時よりも花で溢れ、通りに落ちている花も多くあった。
日は高く、春の陽射しとはいえ、花はじきに萎れてしまうだろう。
夕方も近くなり、諦めの色が濃くなった頃、城下を抜けた森の手前で道標の花を発見したとの報告が入る。
アルフレデリックはその森に範囲を絞り、ブラスクに探索を命じて領事棟へ戻った。
執務室に戻って暫くすると、コンスタンティンも戻ってきた。
腰を下ろした途端渋い顔になったコンスタンティンに、アルフレデリックは訊ねる。
「見当違いでしたか?」
「いや……」
「では何が──」
話の途中で、ブラスクが戻ってきた。お構いなしに報告を始める。
「発見した。森の奥。石積みの建物一つ。犯人は三。鍵の掛かった部屋に子供が十二」
執務室のあちらこちらで安堵の息が漏れた。
「よくやった、ブラスク。
では父上、救出に向かいます」
立ち上がろうとアルフレデリックが腰を浮かせた、その時。
「待て! アルフレデリック」
「っ⁉」
動きを止めたアルフレデリックは、腰を浮かせたままコンスタンティンを見た。
皆の視線も、一斉にコンスタンティンに向かった。




