移動教室【インスタントフィクション#6】
次の授業は化学。実験室への移動教室の途中、
私はレポートを教室に置いてきたことに気づいた。
一緒に移動していた友人にその旨を告げ、教室に向かって踵を返す。
生徒がいなくなり消灯している教室の、前側のドアをガラリとあける。
窓側から二列目の後方の自席のほうに目を向けると、
私の席に誰かが座っている。
詰襟の学ランを着て、髪の長い男子生徒である。
見覚えはないため、他のクラスの男子かもしれない。
予想していなかった状況に立ちすくんでいたが、
その男子は私に対して何の反応もせず、
私の席に姿勢よく座りながら、まっすぐ虚空を見つめている。
まるで私の存在に気づいてないかのように。
恐怖と嫌悪感がどっと押し寄せ、とっさに振り返り、教室から
飛び出す。
実験室に駆け付け、友人に先刻のことを話したが、
誰もそんな生徒はみたことがないという。
その後、気味が悪くなった私は、
隣の生徒と席替えをしてもらった。
それから、その男子生徒を見ることはなかった。
これが幽霊というものなのか、と思うことにしたが、
幽霊というものはやけに実像がくっきりしていて人間と
見まごうことがないのだな、というのが正直な感想である。