偽りの農民と長い歴史の一幕
あるとき、一人の男が村にやってきた。男は村の農民どもを一堂に集め、そこで彼らに一つの質問をした。
「この国一番の宝は何だ?」
「小麦だ。俺たちが作ってる小麦は全国民の主食であるパンになるし、他国との取引でも使われていると聞いたことがある。これ以上に貴重なものなんてないね」と農民の一人が言った。
「土地がなければいくら私たちでも小麦を作ることはできない。この国の宝は広大な土地、国土だ」と別の農民が言った。
それを聞いた男は笑った。農民は何が可笑しくて彼が笑っているのか理解できなかった。そして男は言った。
「あなたたちは何もわかっていない。この国の一番の宝は、あなたたち農民だというのに」
すると男は唐突に声を荒げた。
「国民は国の宝だ。であれば、国民の大多数を占める農民が国一番の宝であるはずだ。小麦を消費しているのは誰だ?我々農民だ!この国の土地に住んでいるのは誰だ?我々農民だ!にもかかわらず、王族や貴族の連中は我々に苦しい生活を強いる。奴らは我々のことを搾取の対象としか考えていない!」
「そうだ。いったい誰のおかげで毎日パンや野菜が食えると思ってるんだ」ある農民がつぶやいた。周りの農民たちも口々に叫んだ。
「俺たちは硬いパンや味の薄いスープしか口にしていないのに!」
「税として取り立てられる小麦の量は毎年増えていってる。これじゃ俺らの身が持たねぇぞ!」
「こうなりゃ戦争だ!奴らに農民の底力を思い知らせてやろう!」
男は満足そうに頷いてこう言った。
「王国軍は今日、遠くの国へ遠征に出発した。国内の防衛は手薄になっている今なら王を打ち取るのは容易い」
「すでに他の村の方々にも話はしてある。今日から五日後、この国の農民が一斉に王城へ侵攻を始める。王国軍はいないから、王は必ず投降する。そうなればもう、我々の勝ちだ」
その後も農民たちはみな、ひどく熱心に男の話に耳を傾けていた。自分が貴族と同様の生活を送ることができるかもしれない、その夢に酔いしれていた。
あるとき、一人の男が一国の王の座に就いた。クーデターにより王位を手に入れた彼は貴族専制の政治体制を築き、農民により厳しい税負担を敷いた。その時はじめて国民は気が付いた。
その男は嘘つきだったのだ。
読んでいただきありがとうございます。
本作は企画応募用作品であり千字以内という字数制限があり、その中でストーリー性を出しなおかつ「オチ」をつけようとした結果、ものすごく抽象的な文章になってしまいました。内容は分かりやすいので「何を言っているのかわからない」事態には陥っていないと思うのですが、いかがでしたでしょうか。
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