第9話 惜しまれる命
「ちょっと!叶詩ちゃん!一体なにがあったの!?」
叶詩ちゃんを起こそうと部屋へ赴くと、手首から血を流していた。私は慌てて手に持っていたカッターナイフを取り上げる。
「切っちゃった…えへへ…。」
「どうしてこんな事したの!」
急いで傷に効く薬を取りに行こうとする。
「何処へ行くの?」
叶詩ちゃんが不安気な表情で聞いてくる。
「お薬を取りに行くのよ!」
「本当に?」
「不安なら着いておいで。」
すると服の裾を掴みながら着いてくる。
「手当するから手を出して!」
叶詩ちゃんは嬉しそうに手を差し出す。
「もうこんな事しちゃダメだからね?」
今日の叶詩ちゃんは放っておくと危険かもしれない。注意しないと…。
「ねぇ…大香、今日は依頼を受けに行くの?」
「依頼?行くつもりだったけど叶詩ちゃんが嫌なら今日は辞めておくよ。」
叶詩ちゃんのことだから行かないと応えるだろう。今日は家で安静にして…
「大香が行きたいならいこうよ。」
「え…あ、うん。」
意外な返答に少し戸惑う。しまった、今日は辞めておくというべきだったかな…」
「それじゃ、ご飯にしよう!」
二人は食事を済ませ、庭で寝ていたケルベロスを起こす。
「ケルベロスさん、依頼に行くから協力してくれる?」
「ちっ、どうせここに繋がれたままじゃ退屈だからな…。」
「ありがとう!」
私達はケルベロスに乗り、酒場へ向かう。今日は叶詩ちゃんのこともあるし出来るだけ簡単な依頼を選ぼう…。
「じゃ、今日は地下水路での依頼を受けよっか!」
地下水路に出現する魔物ならこの辺では一番危険が小さいし、もし何かあったとしてもすぐに街に戻ることができる。ケルベロスは不満そうだったが今日のところは仕方がないと説得する。
地下水路へ行くといきなり何匹かのディッチュウに遭遇する。この依頼は難易度は低いがそれに伴って報酬も安く人気がないため、モンスターが繁殖しやすいのだ。
「いっぱいいるね…」
「怖いよ…」
叶詩ちゃんはそう言って私にしがみついてきた。
「無理しないで良いからね、できる範囲でがんばってね!」
「わかった…」
私は魔法を放つために、少し離れるようにと伝える。
『雷竜巻‼︎」
雷を宿した強風がデッチュウを蹴散らして行く。
『地獄紅蓮」
水の上だろうと関係なく強烈な炎が燃え盛る。
「ほう、貴様なかなかやるようだな。」
「ケルベロスさんこそすごいじゃ無いですか。」
叶詩ちゃんが何故か怒ったような表情でこちらを見てくる。すると彼女の背後から一体のディッチュウが攻撃を仕掛ける。
「叶詩ちゃん後ろ!!」
デッチュウ程度の敵なら簡単に倒せるだろう。そう思っていたが叶詩ちゃんは何故か避けることもなくディッチュウの攻撃を喰らう。
「痛いよっ…大香助けて…」
そう言うと大袈裟に痛がって見せた。
『炎弾丸‼︎』
ディッチュウを倒し、あわてて叶詩ちゃんの元へ駆け寄る。傷口を確認すると大した事がないとわかり私は胸を撫で下ろす。
「大丈夫だった?」
「足が痛くて歩けない…ごめんね、足手纏いになっちゃって…」
「大丈夫!あとは私とケルベロスさんとでちゃちゃっと依頼を終わらせるからね!」
そう言ってケルベロスと二手に分かれ、残りの依頼を片付ける。酒場へ戻って報酬を受け取り、家を目指す。
「今日の小娘はいったいなにがどうなってるんだ?」
私は叶詩ちゃんに起こっていることを説明する。
「デスキノコ?この世界の事についてはある程度調べているつもりだったがその存在は初めて知った。そんなものがあるんだな。」
私がケルベロスさんと会話をしていると叶詩ちゃんが急に口を開く。
「私、大香の役に立てないし…いっつも迷惑かけてばっかりだし、こんなんならキノコ食べた時に死んじゃえばよかったんだ…」
「死んじゃえばよかったなんて言わないでっ!私は叶詩ちゃんに出会えてよかったと思ってるよ!迷惑だなんて思ってないし。助けたり助けられたりはお互い様でしょ!叶詩ちゃんのおかげで毎日が楽しいんだから!大好きだよ!」
そう言って私は叶詩ちゃんを抱きしめる。
「ごめんね…ありがとう…。私も大香が大好き…。」
叶詩ちゃんはしばらく泣いていた。家に着く頃には笑顔に戻り、いつも通りに戻っていた。
「ケルベロスさん、今日はありがとうね!これからもよろしくね!」
「ちっ、いつになったら解放されるんだか…」
家に入ると叶詩ちゃんはお昼寝を始めた。私は今晩のご飯の材料を買いに行くためにもう一度出かける事にした。
一人でお出かけするのってなんだか久しぶりだな〜。最近はいつも叶詩ちゃんと一緒だったし。一緒に暮らし始めてもうだいぶ経ってるように感じたけどまだ一周間しか経ってないんだ。毎日容姿が変化したり、四天王を倒してペットにしたり…いろいろなことがあったからかもっと時間が経ってるような気がする。これからもずっと今日と同じ日々が続いて行くといいな〜。
いけない!もうこんな時間!久しぶりにいろいろと張り切って買いすぎちゃった…そろそろ帰ってご飯の支度をしなきゃ。
「叶詩ちゃんただいま〜!まだ寝てるかな?」
リビングへ向かうと昼寝していた叶詩ちゃんの姿はなかった。なんだか胸騒ぎがした。私は慌てて叶詩ちゃんの部屋へ向かう。するとそこには、手首から流血している叶詩ちゃんの姿があった。
「っ叶詩ちゃん!?しっかりして!」
この流血の量はかなり危険だ。急いで手当をしなければ!
「叶詩ちゃん!叶詩ちゃん!」
何度呼びかけても目を開けない。私は急いで包帯で流血を抑える。
「どうして…。どうしてこんな事に…。うっ…。」
私が叶詩ちゃんを一人にしていなければ…私が買回復の魔法が使えたら…私のせいで…。涙で視界がぼやける。
「どうした、一体なにがあったんだ!?」
ケルベロスが異変を感じ、中へ入ってきた。
「小娘、また手首を切ったのか…愚かだな。」
大香はケルベロスを睨みつける。
「安心しろ、この娘は俺が助けてやる。死なれたら俺がどうなるかわからんからな。」
『癒心灯火』
暖かい光が叶詩ちゃんを包み込む。
「まったく、世話がやけるな。」
すると叶詩ちゃんがゆっくりと目を開ける。
「叶詩ちゃん!」
「大香…。」
私は叶詩ちゃんの頬を叩く。
「どれだけ心配したと思ってるの!叶詩ちゃんが死んじゃったら…私…。」
「…ごめんね…。起きたら大香がいなくて?不安で不安で…。」
「もういいのよ。無事でよかったわ。」
私は叶詩ちゃんを強く抱きしめる。
「ありがとう、ケルベロスさん!」
「自分のためににやっただけだ。」
ケルベロスは振り返り庭へ帰っていった。
「ごめんね、もう絶対にこんな事しない…。」
「絶対だよ?約束してね。」
叶詩は自分が死ぬと周りには悲しむ人がいることを知った。