第4話 闇より出でるヤバい奴
今日も大香が起こしに来てくれていた。
「叶詩ちゃんおっはよ〜!今日の叶詩ちゃんはどんな叶詩ちゃんかな〜♪」
大香が勢いよく布団を捲る。また叫び声でも上げるのかなと思っていたが何だかがっかりした様子だった。どうしたのだろう、今日はどんな姿になっているのかな?あれ、なんだか毎日姿が変わる事に慣れてきちゃってる…?そんなことを考えながら目を開けると大香と目が合った。
「お、おはようございます…」
あ、あれ!?何だか大香と顔を合わせるのが恥ずかしい…!?何でだ!?
「あれれ!?どうしたの叶詩ちゃん?」
再び何だか楽しそうな様子だ。
「べ、別にな、なんでもありません…」
な、なぜかうまく喋られない!大香がニヤニヤしてこちらを見ている。何だか腹が立つ!
「叶詩ちゃん〜、一緒にお買い物行かない?」
「い、いぃですよ…か、顔あらってき、きますね…」
だめだ…どうしても言葉が詰まってしまう。恐らくデスキノコの効果だ。とりあえず顔を洗… 。鏡に映った顔は間違いなく自分の顔だった。ただ、鏡の自分とすら目を合わせるのが恥ずかしい。
「叶詩ちゃん、ご飯できたよ〜!」
私はさっさと顔を洗ってリビングへ向かった。
「あれ?寝癖ついてるよ?直してあげようか?」
出かけるのにこのまま行くわけにはいかない、ここは大香に甘えるしかないか。叶詩は黙って頷く。
「その前に先に食べよう!冷めちゃうよ!」
そう言われてもう一度静かに頷く。
「…いただき…ます…」
目玉焼きの乗ったトーストを一口齧ろうとした瞬間、食べるところを見られるのが恥ずかしく、食事が進まない。私は黙ってトーストの乗ったお皿を持ってもう一度自分の部屋に戻った。食事を終え皿を運ぶと洗面台から私を呼ぶ声がした。
「寝癖、直してあげるね。」
大香が目をキラキラさせながら言ってくる。私を膝に乗せて髪をセットして行く。この瞬間がたまらなく恥ずかしい…。今日私は羞恥心で死んでしまうのではないだろうか。
「さて、出かけようか!」
靴を履いたが、外に出る勇気が出ない。その様子を見ていた大香が私にしがみつくと良いと満面の笑みで言ってきた。本望ではないけれど仕方がなくその言葉に甘え、目を瞑って大香にギュッとしがみついた。
最初の目的地は八百屋の様だ。店員にいらっしゃいませ!と声をかけられるだけで恥ずかしさが込み上げてくる。
八百屋以外にも寄るのかと思っていたがどうやら必要な物は全て買えたらしい。あとはエルヤ地区に生息する植物モンスターの狩りフラワーから採れる素材を取りに行く様だ。本当は今すぐにでも帰りたいが一人では帰れないし、エルヤ地区は家とは正反対の方向にあるためわざわざ大香についてきてもらうわけには行かないので黙ってついて行く事にした。
「狩りフラワーは近付くと危険だから気をつけてね!」
私はまだ大香にしがみついたまま頷く。
「ほら見て!狩りフラワーだよ!」
私は大香の指差す方を見た。すると狩りフラワーと目があった。すると今度は羞恥心ではなく何故か憤りを感じた。気付くと無意識に何やら魔法陣を描いていた。そして詠唱を始めていた。
『我が忠実なる僕よ、かの魔物を滅せよ』
「ネクロマンス」
すると魔法陣から真っ黒な可愛らしい子犬が現れた。その子犬は狩りフラワーに向かって歩き出す。敵の射程内に自ら入り込んだと思ったら子犬の口が四つに裂け、狩りフラワーに勢いよく噛み付いた。その光景はとてもおぞましいものだった。
「か、叶詩ちゃん、今のは何?」
恐る恐る大香が質問してくる。が、私にもわからない。冒険者カードを見てみると職業の欄には ネクロマンサー と書かれていた。
「ネクロマンサーってかなりレアな職種よ!?そうだ!この先に魔王軍四天王の一体、ケルベロスが居る神殿があるんだけど行ってみない!?」
「し、四天王…な、何しに行くの…?」
「決まってるじゃん!討伐だよ!」
「と、討伐… む、無理でしょ… 」
「大丈夫!ケルベロスは四天王の中でも最弱だから!」
「と、とは言っても四天王でしょ…?」
「そのネクロマンサー技を活用すれば大丈夫よ!」
あまり気は乗らないが、大香に言われるがまま神殿に向かった。
「ネクロマンサーはね、召喚した魔物と目が共有できるのよ!そう本に書いてあったの!あ、見えてきた!あそこがケルベロスがいると言われてる神殿よ!」
「ほ、本当に…大丈夫…かな?」
私は言われた通りに魔物を何体か召喚した。召喚には魔力を消費するみたいで、魔力を込めれば込めるほど強力な魔物が生成出来るみたいだ。
「…ネクロマンス」
ネクロマンスによって子犬が10体、イビルバットが5体、イビルゴーレム2対を召喚した。
「この黒い塊は何だろう?」
よく見ると召喚した魔物の中に一つ、モヤモヤした黒い塊がある。大香にわからないなら私にわかるわけがない。
「…サーベイランス」
先程教えてもらった召喚魔と目を共有するスキルを使い、遺跡へと足を運ばせた。編成はイビルバットを一体先頭におき、その後ろにイビルゴーレム2体を配置、後ろから子犬達を同行させている。イビルバットは戦闘は行えないが、目としての大切な役割がある。どうやら遺跡は迷宮の様になっており、さまざまな罠が仕掛けられている様だった。
「シェアリング」
大香が突然何かの魔法を使用した。
「あぁ、今のはね、シェアリングって言って叶詩が使ってるサーベイランスのスキルで観れる映像が私にも見える様にしたの。何も見えないとただ退屈なだけだからね!」
大香って何でもできるんだな…
「ゴーレム達、順調に進んでるわね。でもこのままじゃ埒が開かないわね。私の魔力を分けてあげるからもっとフォレストバットを召喚しよっか!」
言われた通り、フォレストバットを50体ほど追加し、ゴーレム達には一時待機してもらった。
三十分程経ってケルベロスの姿が見えた。どうやら眠っている様子だった。そこへゴーレム達を案内させるとケルベロスが目を覚ました。
「よくぞここまで辿り着いたものだ。褒めてやろう。だが貴様達はここで死ぬ。我が眠りを邪魔したことを後悔するが良い!」
そう言うとゴーレム達とケルベロスとの戦闘が始まった。三つの頭がある為死角が無く、なかなかダメージを与えられない。ゴーレムが一生懸命攻撃を受けているがこちらからの攻撃は殆ど通ってはいないみたいだ。
「叶詩ちゃん!スケルトンを召喚して!」
「で、でもここからじゃ…。」
「大丈夫!一匹の子犬に魔法陣を描かせれば良いのよ。」
「そ…そんなことできるのなら召喚魔も魔法を使えたりするの?」
「うん、込められてる魔力分は使えるわよ。」
〈なるほど…便利だ。〉
私は言われた通り、召喚魔に魔法陣を書かせてそこからスケルトンを召喚した。スケルトン達は遠距離から矢を放つ。これでダメージが入る様になったが、あまり効いているようには見えない。
「小賢しい!まとめて吹き飛ばしてくれる!」
ケルベロスは大きく口を開き、次々と召喚魔を倒して行く。
「は…大香、ど、どうしよう…」
「大丈夫!もし全滅してもケルベロスが神殿から出てくることはないから。」
「そ…それでさっきから余裕そうなのね…」
私も安心して召喚魔達の様子を伺うことにした。気付けば子犬は半分近くやられて消滅していた。ゴーレムももうやられそうな程にボロボロになっていた。スケルトン、イビルバットの数に変化はない。
「叶詩ちゃん、さっきの黒い塊が大きくなってるよ!」
本当だ。しかもただ大きくなってるだけではない様な…?よく見ると人の上半身の様な形になりつつあった。ここでまた一体の子犬がやられる。するとまた黒い塊が成長した。どうやら召喚魔がやられると大きくなって行くみたいだ。しかしこれにどんな意味があるのかわからない。ただ様子を見ることしか出来なかった。
「火炎息吹!」
あたり一面が炎で埋め尽くされる。これによりスケルトンが全滅する。
「そ…そんなこともできたなんて…」
「一応火の攻撃が得意みたいだからね。」
スケルトンがやられた事でまた黒い塊に変化が起こる。異常に発達した腕が形成されている様に見えた。
「単発火炎!」
先程よりも大きなエネルギーを持つ炎の球が一体のゴーレムに直撃する。それにより片方の腕が破壊される。すぐさまケルベロスの二つの頭がゴーレムに牙を向き、ゴーレムは消滅してしまう。
「あらら、これは勝負あったみたいね。」
大香は負けを確信した。
ゴーレムが一体になった事でケルベロスの頭に余裕が生まれる。
「地獄乃牙!」
もう一体のゴーレムもあっけなく噛み砕かれて消滅した。
「火炎息吹!」
再び広範囲に広がる炎によって残りの子犬達も消滅する。炎が収まる頃に召喚魔の姿は確認できなかった。
「ま…負けちゃったね…。」
「うん。仕方ないよ!帰ろうか。」
「あ…あれ?で…もおかしくない…?」
「どうしたの?」
「え…えぇと。し…召喚魔が全滅したのなら何でまだ映像が見えてるの…?」
「確かに!もう一度さっきの魔法陣からイビルバットを召喚してみて!」
「ネクロマンス…」
切り替わった映像を見て二人は驚きの声を上げた。そこには腕以上に発達したおぞましいオーラを放つ女性の上半身の様な黒い影があった。
「こ…これって…。」
「さっきの黒い塊ね!」
すると突然、黒い塊だったモノが手を器用に使ってケルベロスに近付く。
「地獄乃牙!」
ケルベロスが鋭い牙を向け、勢いよく噛みつこうとする。それを黒いモノが片手で受け止める。ケルベロスは慌てて手から逃れようとするが動くことができない。その刹那もう片方の腕でその頭を切り落とす。
「ぐぁあぁぁっ」
悲痛の声が響き渡る。黒いモノは表情を変えることなく腕で地面を叩き空中へ舞う。すると腕が刀のように変形し、ケルベロスに斬りかかる。そのまま手を休める事無く刻み続ける。ケルベロスは叫ぶことしかできず骨まで木っ端微塵にされて行く。
「…。」
二人は無言でその様子を眺めていた。それから三分は経っただろうか。黒いモノはピタリと静止した。魔王軍四天王のケルベロスは原型を留めない見るも無残な状態になっていた。
「シテンノウ ケルベロス 滅シタリ」
低く掠れた不気味な声でそれだけ言うと黒いモノは塵となった。役目を終え、イビルバットも消滅し、映像は途絶えた。
「帰ろっか。」
暫くしてようやく大香が口を開いた。私は黙って頷く。イシクルの街に着く頃には夕暮れ時になっていた。
「お腹、すいてない?」
私は首を横に振る。
「そうだよね、じゃあ家にもどろうか。」
帰ったらまずは風呂に入ることにした。そこで今日の出来事を整理してみる。
私は魔王軍四天王の一体を倒したのだ。正確には間接的に。だからより実感が湧かない。それにあの黒いモノ…あれはそもそも私が召喚したのだろうか。そもそもこの力はデスキノコによるもので...考えれば考えるほど訳がわからなくなる。また明日も別の姿になってるのかな。でもこの力をうまく使いこなせば魔王だって倒せるかもしれない。ならやれるだけのことはやってみよう。そう決意した。