第2話 切れぬものなど無い!
私は大香の声で勢いよく飛び起きた。どうやらデスキノコの毒により死ぬ事はなかったようだ。なら何故、大香は大声を上げたのだろう?
「どうしたんだ?大香?」
「えっと…どちら様…でしょうか?」
「あぁ?叶詩だけど?」
「良いからこっち来て!」
大香に手を引かれ洗面台へ連れて行かれた。その鏡に映った顔をみて息を飲んだ。
「おい誰だよこれ!」
鏡には自分ではない女性が写っていた。
「一体何があったの!?なんだか口調も違うみたいだいし…そしてその着物は…?」
「分からん。あたしにも何が何だか。」
目は吊り上がり、着物を着て、胸には刺青…さっぱり分からん。これがデスキノコの影響か。まぁ、死ぬよりはマシだったな。なんだか力が湧いてきているような…?
「討伐クエストに行こう。」
「どうしたの急に?ご飯はいいの?というかその状況で!?」
「あぁ、なんだか力が溢れてくる感じがするんだ。」
そう言って二人は酒場へ向かった。依頼を選んで梨乃の元へいくとあたかも初めて会ったかのような感じで今はそれどころでは無いと依頼を断られた。どうやら私が叶詩だとは気づいていないようだ。今は説明する余裕もなさそうなのでまた今度にしようと、諦めて酒場を出た。街の外も空気がピリピリしていた。
「ちっ、仕方ねぇな。すぐそこのウカンの森で試し切りでもするか。」
「叶詩、何だか怖い…」
「なんか言ったか?」
「ひっ…、 何でもありません!」
〈あれ?私何か叶詩に言わなきゃならないことがあったはずなんだけど…何だっけ?〉
ウカンの森に入るとフォレストバードが群で襲ってきた。叶詩は腰にあった武器を構え、一振りすると斬撃がフォレストバードの首を綺麗に薙ぎ払った。
「一体何が起きたんだ!?こんな技使えなかったはずだが…それにこの武器も扱うのは初めてだ。なのに何故か戦い方を知っている…」
「おそらくデスキノコですね…ですがデスキノコを食べて身体を強化するケースは初めてですね…」
「おい、どうして敬語何だ?」
「ひぃっ…すみません!」
「あ、大変なこと思い出したわ!叶詩!ウカンの森に魔王軍が潜んでるから近付いてはいけないという放送が流れていたわ!急いで逃げましょう!」
「いや、もう遅いみたいだ。」
騒ぎすぎてしまったのだろう。どこに隠れていたのか既に沢山のゴブリンやスケルトン等のモンスターに囲まれていた。するとリーダー格のモンスターが口を開く。
「人間か、たった二人でどうしたんだ?」
〈不味いな、あたしじゃ勝ち目がない…一体どうしたら…)
「無視…か。俺は魔王軍四天王サモクレーヌ様直属の部下、オーガのアルマディアである。出会した人間は殺しても良いとのご命令だ。ここで死んでもらおう。」
「すまない大香、あたしのせいでこんな事に…」
「いいのよ、私が言いそびれちゃったせいで、むしろごめんなさい」
〈この力があれば周りの雑魚くらいは倒せる筈。隙を作ってせめて大香を逃そう。〉
「アルマディア様、人間の女二人くらい朝飯前ですよ。ここはお任せください。」
「あぁ、そうだな、ちゃっちゃと捻り潰してやれ!」
一体のゴブリンがナイフを向けこちらに突っ込んでくる。叶詩はナイフをひらりとかわしゴブリンの背後を取り、片腕を削ぎ落とす。想像以上の切れ味だ。
「うぐぁぁっ!」
ゴブリンは悲痛の叫びをあげた。
「何をしている、早くやれ。」
アルマディアの声にゴブリン達が一斉に飛びかかってきた。叶詩は先程フォレストバードに放った斬撃を発生させた。生じた斬撃はゴブリン達を刻み、あろう事か空中で方向を変え、次々と敵をバラバラにしていく。かかってきたモンスター達の大半を一瞬のうちに倒してしまった。
〈やはり雑魚達は何とかなりそうだ。今のうちに大香を逃すか。いや、こいつら以外にも敵がいる可能性もある。離れるのは危険か。〉
「もう良いお前ら。俺が出る。」
ゴブリン達が退きアルマディアとの一騎打ちが始まる。
「大香!少し離れていろ!」
「はい!」
アルマディアがどこからか金棒を持ち出し、近寄ってきた。
「貴様、なかなかやるようだな。ただ、こいつらを倒した程度でいい気になるなよ?」
「あぁ、別にあんたに勝てる気ではいないさ。」
「フン、雑魚が、よくわかってるじゃねぇか。」
「だが何だか負ける気もしない。」
「調子に乗るなぁ!!」
アルマディアが金棒を振り下ろす。叶詩は刀でなんとかその攻撃を防ぐ。
「ぐっ、重いっ。」
「やはり大したことはないようだなぁ」
不敵な笑みを浮かべながら次々と金棒を振り下ろしてくる。叶詩は隙をみて間合いを取り、斬撃を仕掛けた。しかしアルマディアにはかすり傷程度のダメージしか入らない。
「貴様の攻撃はその程度か?」
笑顔で余裕を見せつけてくる。叶詩は連続で斬撃を発生させるも大してダメージは入らない。斬撃をものともせず間合いを詰めてきたアルマディアは先程よりも重く素早い攻撃を仕掛けてくる。ガードが間に合わず金棒を受け、後ろに大きく飛ばされる。
「叶詩ちゃん‼︎」
大香が呼びかけるも叶詩はピクリとも動かない。あれだけ強くなってもアルマディアには敵わないのだろうか…。アルマディアがニヤニヤしながら叶詩の元へ近づく。
「これで終わりだな。せめて楽に行かせてやるよ!」
戦闘をただ眺めていたゴブリン達も手を上げながら勝ちを確信したように声を上げている。アルマディアが金棒を振り上げ叫ぶ。
「死ねぇっ!」
その直後、叶詩が不敵な笑みを浮かべ大きく目を見開く。
「死ヌノ是アンタノ方ダ」
悪魔のような声でそう囁いた瞬間、叶詩はアルマディアの背後に背を向けて立っていた。アルマディアは驚いて振り返った瞬間、片足が落ちる。慌てて金棒を振り下ろすも叶詩が目の前から消え、気付けばまた背後を取られる。振り返ると今度は片腕が落ちる。
そしてアルマディアの頭上に飛び
「殺命技・嵐」
と呟きながら刀を車輪のように回転させながら背後に着地する。
「バカな…。」
直後アルマディアの体は真っ二つに引き裂かれた。
「敵将、討ち取った。」
叶詩は不敵な笑みを浮かべその場に崩れ落ちる。周りのゴブリン達は恐れ慄き、逃げ帰って行く。
「叶詩ちゃん‼︎」
再び呼びかけながら叶詩に近づく。呼吸を確認でき、眠っているだけと気づき大香は安堵した。叶詩を背負い街に帰ると緊張の走った空気はなく、いつも通りの時間が流れていた。街の人に魔王軍はどうなったのかと聞くと何故か撤退して行ったとのこと。
〈おそらく叶詩ちゃんが倒したあのアルマディアが今回の侵略の指揮官か何かだったのね。あんなのたった一人で倒しちゃうなんて…一体何物!?〉
なかなか起きない叶詩を布団まで連れて行った。
それから何時間か経って何事もなかったかのように叶詩が出てきた。
〈うぅー。いつになったら元の姿に戻るんだろう…〉
そんなことを考えていると叶詩が口を開きお腹が空いたと言った。大香は何だか安心して笑いが込み上げてくる。叶詩が不思議そうな顔をしてこちらを見てくる。
「何でもないよ!ご飯食べに行こっか!」
そう言って酒場へ歩いて行った。