「夢⑨」縫玩具
「夢⑨」縫玩具
彼は今日も暗闇に包まれる中、目をゆっくりと閉じていく。
「おやすみ…クク…」
決して綺麗とは言えないであろう人生を支える、物言わぬパートナーと共に…。
「‥‥はっ…!?」
気が付くと彼はその場に座り込んでいた。
「ここは…一体…?」
微睡む瞼を擦り、不安定な視界を正常に戻す。
下を見渡す限り…床一面に緑の草原が広がっている……
ように思えた時
正面に見えたのは、白くて無地な小さき壁だった。
四方向と上を覆っていて、窮屈な箱のような場所に彼と、もう一人
「…え、ククも居る…!?」
自分の背丈より少し小さいような、熊の縫いぐるみも彼の傍に座っている。
「良かった…でも、どうしてこんな場所に…?」
そんな理解の追い付かない状態に、彼の思考は若干の謎を抱えたままだが、至って冷静を装った。
「…出口、無いのかな」
縫いぐるみを抱きながら壁を見渡して、ドアノブらしきものが無いかを探そうとする。
床が草原なのに対して白い壁によって塞がれた空間は、未知のギャップを覚え、気持ち悪ささえ感じるような感覚に陥ってしまう。
無風で草は揺れず、地に手を触れると僅かな暖かさを感じる。
壁に手を触れてみると氷であるかように冷たくて、とても触れられるものでは無かった。
ドアノブらしき物もある訳では無く、自分がどうしてこのような場所に来ているのか不明なまま元居た場所に数歩歩いた。
そうして数分間、気になった事を散策したが…得られたのは感情の変化のみであった。
それも多少の憂鬱感を背負ってしまった。
「誰か~!誰かいませんか…!!!」
彼は自分の出せる中くらいの声量で、助けを呼んでみた。
だが不思議な事に…
いませんか~…
ませんか~…
んか~…
と、部屋の中を反響して、山から聞こえる木霊のような声が耳を微かに通り去った。
彼は少しばかり胸を撫でおろした。
すると
『見ろよあいつ、熊の縫いぐるみなんか持ってやがるぜ!!!』
「‥‥は?」
声のした、後ろの方を振り向いた先には
白い無地だった筈の壁に、四角い窓枠がいつの間にか取り付けられていた。
その奥に居るのは
「‥‥うわ…」
『うっわ、高校生にもなってまだあんなの持ってんのか~、子供すぎィ!!!』
『やっぱあいつキモイな、だってクソ汚れてるような汚物を抱いて寝てるんだからさぁ!!!』
「チッ…」
『なに?こっち見んでくれん?貧乏臭が移るからさ』
『こわーい、ほらあっち行こ?あんな幼稚な奴と居たら、色々誤解されちゃうでしょ?』
『早く死んでほしいわ、お前なんかと過ごしてやってるこっちの身にもなれよ』
奴等は窓の外に消えていった。
「ふぅ…はぁ…」
彼は溜息であるかどうか分からない息を吐く。
だが、一息付けるまでも無く
『その人形、汚いから捨てなさいよ』
「っ‥‥!」
成人した女性の姿
彼を育んでいく、一つの存在。
『もう立派な大人なんだから、断捨離しないとダメだよね?』
「やめろよ…来るなよ…!」
一つの窓は
瞬きをした次の瞬間に、縦型の扉へと変わっていた。
『入るよ~』
扉が少しずつ開いていく。
彼は、縫いぐるみを強く…強く…抱きしめた。
そして、ギュっと目を閉じた。
‥‥
何一つとして音が聞こえてこない。
だが、微かに感じるのは
誰かに抱かれている感覚。
その正体を特定するのは容易かった。
「ク…ク…?」
声が聞こえてくる。
「ーーーーーーーーーーーーーーー」
次の瞬間。
彼の瞳には涙を含ませた。
そして叫んだ。
「俺…ククをずっと大切にしてるから…!誰に、何と言われようと、、ずっと…!!!!!」
ほんのりと暖かさに包まれたまま
意識がぼんやりとして…
やがて 消えた。
「はっ‥‥!?」
目を見開くと彼は、よく見知った天井を眺めていた。
呆然とする意識の中…多少の安堵を覚えながらウトウトと微睡んでいると…
扉の開く音が聞こえ
『起きなさいよ~、朝だよ~』
と、張りのある母親の声が聞こえてくる。
「ん…分かった…」
目を擦り、上半身を起こす。
すると、ベッドの掛布団がはだけて
クマの存在が現れる。
『あんた、まだ縫いぐるみを抱いて寝てたんだ』
「いや…別にこれは…」
必死にごまかそうとする彼
だが
『汚くなってるから、今日洗ってあげる』
その必要は無かったのかもしれない。
≪誰にも理解されない思いならば…自分が信じろ。そうすればきっと理解してくれる人が生まれる≫
いずれ理解されるときは来る。
それまでは敵が多いかもしれない。
でも、潜り抜けた後の空はきっと広く広大で美しいものなんだって
そう、信じて生きていきたい。
私はこの言葉を後世に伝えたい。
freedom of thinking
思想は自由であれ。
と。
神果みかん