導く兎
心当たりない僕に、レオナルドが必死に伝える。
「ほら、なんちゃら弥生ってところで魔法使いに追いかけ回されたって話しただろ?」
……ああ。『ネモフィラ弥生山』だ。
レオナルドが未だに素材一つ回収できずに行くのを躊躇していたマルチエリア。
障害物ないエリアなので、魔法使い系のプレイヤーが箒の飛行を楽しむ場所。
なのだが。
よく分からない仕様で加速する魔法使い系プレイヤーが陣取っていると噂になっている。
アイツが件の魔法使いらしいが……何で、イベントに参加しているんだ?
僕が疑問を抱いていると。
女共を押しのけ、暴走族野郎は僕たちに近づいている。
レオナルドが「えっと」と面と向かいあった暴走族相手に言葉を迷っていると、ジロジロ容姿を確認した暴走族の方は眉間にしわ寄せ吠えた。
「おい、テメェ。あん時の『農家』かぁ?」
『農家』という墓守系を指すネットスラングを理解したレオナルドは「まぁ」と頭をかく。
まさかと思うが、コイツ。レオナルド狙いで参加したのか……?
何でこうも次から次へと……暴走族野郎は僕らにお構いなく告げた。
「おい、今日決着つけんぞ。俺とテメェ、どっちが先にゴールするか」
「え? このイベントってゴールみたいなもん、あるのかな??」
「知るかよ! 俺が勝ったら二度と俺のシマ入って来んじゃねぇぞ!!」
「う、うーん……」
レオナルドは複雑そうだった。
彼が、今日まで逆刃鎌の速度を追求してきたのは、僕が一番知っている。
それでも、ジョブスキル構成や重量を限界まで削いでも、満足してない様子だったので、現状コイツを追い越せる自信がないのだろう。
唐突に勝負を持ち掛けられ、困惑しているレオナルドと暴走族に割って入ってくる奴がいた。
「悪いけどソイツ、ウチより遅いよ。勝負つけるなら、ウチとつけな」
黒のタンクトップに炎が描かれたワイドパンツの容姿。
縛ってない黒のロングヘアーの少女・ホノカだ。
どういう訳か、彼女一人だけでギルドメンバーは一緒じゃない。
彼女と因縁あるようだが、肝心の暴走族は顔をしかめて鼻先で笑う。
「あん時の餓鬼かよ。何度も言わせんじゃねーよ! ゴール決めて、先にゴールしたのは俺だろうが!! 負けた癖にイキるな、ゲーマーが!!」
「粘ったもん勝ちだろ。ウチから逃げたのはそっちだ」
「はぁあぁっ!!?」
僕らの前で喧嘩を始める二人に、周囲の女共も最早割り込むどころか、無関係を装い出す。
ムサシは他人事のように「仲がいいな」と呟き、レオナルドが苦笑していた。
遠くにいるカサブランカは、僕らの様子を伺うのを止めていた。周囲を観察している。
すると、モラルが欠けたアイドルファン達に動きがあった。
「早く早く、あっちにいるって!」
「心く~ん!」
「白崎様ー!!!」
どうやら『クインテット・ローズ』のメンバーが会場に現れたようだ。
これでファンの意識が彼らに向けられ、僕らはゆっくりイベントを楽しめる筈。
気づいた頃には、アナウンスも終わっていた。
そろそろ、イベントが開始するかと僕が『薬品一式』の準備を整え。
ムサシもカタナを鞘から引き抜いている。
レオナルドは……カサブランカに意識を奪われていた。アイドルファン達も『クインテット・ローズ』を取り囲んで、僕ら周りが手薄。
僕が不穏を感じ、レオナルドに声かける。
「駄目だよ、レオナルド。もうすぐ、イベント開始のアナウンスが流れるだろうね」
レオナルドは僕の言葉に驚き、我に返って目をぱちくりさせる。
「お、おお……悪い。カサブランカに声かけたかったんだけど、無理そうだな」
やれやれと僕が溜息ついた矢先。
また、レオナルドは妙な動きをしていた。
今度は何だと視線を追うと―――レオナルドは子供っぽく、しゃがみ込んで、足元にいたあるものをまじまじと観察している。
兎だ。
四足歩行の真っ白な兎。
首回りに奇妙な装飾がつけられている以外は、顔を洗うような動作、小刻みにヒクつかせる鼻、無表情ですました顔と、現実の兎に忠実だった。
間違いない。これはイベントの――………
「兎だ!」
興奮気味に大声出したのは、レオナルドだった。
僕は制する事ができなかったのは、彼の行動の読めなさが原因だ。
恐らく、レオナルドは周囲の人間が『クインテット・ローズ』に意識を奪われているのを理解して、あえて大声で兎の存在を教えたのだろう。
「みんな! 兎がいる!!」
更に大声を張り上げると、ホノカや暴走族、アイドルファン達もレオナルドに振り向いている。
仕方ないか……
僕が準備しておいたAGI強化の『薬品一式』を使用しようとしたが。
突如、僕らの足場に穴がぽっかりと開かれて真っ逆さまに落ちた。
「う、わああぁああぁぁあぁぁあぁぁあああぁぁっ!!?!?!?!!」
もうイベントが始まったのか!? 合図もなしに!!?
しかも、落ちているのは僕とレオナルド、ムサシだけじゃない。
近くにいたホノカと暴走族まで巻き込まれている。
一時、急降下していたが、途中からゆったりとした速度で降下するようになった。
僕らの周囲を、すました顔の白兎が浮遊している。
レオナルドは兎に触れたいのか、兎に手を差し伸べるがなかなか届かない。
そうこうしているうちに、到着地点である広間に衝撃もなく着地する僕ら。
ムサシは不満一つなく。
突然の始まりに驚いたらしいホノカは、疲労感ある表情を浮かべ。
暴走族に至っては、レオナルドとの決着をイベントでやりたかっただけに、共に行動するのには不満があるようだった。
当のレオナルドは、広間の中央にあるテーブルにちょこんと居る白兎に興味を注いでいた。
逃げないか警戒してジリジリと距離詰めていた彼を差し置いて。
ホノカとムサシが躊躇なく白兎に近づいた。
イベント慣れしている彼らは、まどろっこしいイベントを一刻も早く処理したいのだろう。
「この兎、追いかければいいんだろ? さっさと次、行くぞ」
せっかちのホノカに、僕が咳払いしてから言う。
「いえ。原作の『アリス』に準えているなら、次は僕らの大きさを変える展開になるかと」
すると。
妙なノイズ音が聞こえる。
最初はイベント専用のアナウンスに不具合があったのかと様子見する。
音は……俄かには信じがたいが、白兎の首回りに装着されている装飾から聞こえていた。
やがて、ノイズが若干晴れて青年の声が届く。
『―――せん………ますか? ……の任務を受けた方々で間違いないでしょうか? 僕はトム。「祓魔師」のトムです。まず、皆様の状況をご説明します。皆様はマザーグースの子供が一人『オーエン』の神域にいます……つまり「神隠し」です』
エクソシスト……?
僕が喋ったつもりの声は出て来なかった。
暴走族やレオナルドも静かだ。要はイベント会話だから、僕たちは口出しできない仕様になっている。
『祓魔師』のトムは、不慣れだと分かる口ぶりで喋り続けた。
『えっと、そこにいる子が現実世界へ案内してくれます。まだ任務に慣れていないので、皆様にご迷惑おかけするかもしれませんが……あ、いえ! 僕はまだ新人なので、その子もまだって感じで………っ……声が………』
何等かの理由で声が遠ざかり、トムの声は完全に聞こえなくなり、ノイズ音すらなくなった。
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