ダウリス
それからは本当に関係ない話ばかりした。
ゲームを誘ったレオナルドの友人やルイスたちの話。
今朝、ニュースでやってたパンダの赤ちゃんの話。店にいるジャバウォック達の話もした。
レオナルドはそこで、ゲーム設定だけでは把握できなかった妖怪達の情報を、『マザーグース』から聞くことができた。
バンダースナッチは『マザーグーズの子供』の中では一番上、長男に属するらしい。
燃費の悪さから、何度も死にかけ、何度も機械体を自力で改造し、どうにか今の形態で落ち着いたようだ。
ゲーム上では最難関になる強さを誇るだけあり、信じられない過去。
だからだろうか、自分よりも他の兄弟を優先して、『マザーグース』から与えられた食事も成長の乏しかったメリーや、出て行った『スパロウ』、そのスパロウが産み落としたクックロビン隊に与えていた。
レオナルドからバンダースナッチが少し食事をとった話を聞き『マザーグース』は「そうか…」と安堵した返事を漏らす。
『マザーグース』は、スティンクがクックロビン隊を育てているのかと尋ねて来た。
異次元に身を隠す事ができても、人間に化けるようにならなければ駄目だと彼は言う。
話を聞き、レオナルドは、クックロビン隊の歪な形に納得した。
「今、一生懸命頑張ってる」とレオナルドは告げた。
彼らが、部分的にでも人間に化けようと特訓しているのだと分かったからだ。
クックロビン隊が言葉を喋れるように手伝っているとレオナルドが伝える。
しかしそれは、今の今までスティンクは何もしてこなかったのを意味している。
レオナルドは「自分の家に、一緒に住まわせてるだけで十分頑張っていると思う」とフォローした。
苛烈な性格の彼女が嫌々仕方なくでも最低限度の事を守っているのは、凄いと。
次に『マザーグース』はロンロンの事を尋ねる。
この時の声色は決して良くない雰囲気だった。
幾度も人間に橋を破壊されるほど、ロンロンの思想は危険そのもの。反面、ロンロンの接触したものを橋の一部に変換する能力が厄介で。幾度も再生を繰り返し、あの渓谷でオルゴールを鳴らし続ける。
自身の子供だから、破壊する事を躊躇している『マザーグース』は人間に「近づくな」と警告するしかなかった。
レオナルドは「性格も含めて、なんか人間に人気だぜ?」と教えた。
女性の感性を理解できないレオナルドにはピンと来ないが、実際にロンロンは性格の屑さや顔の良さで女性人気がある。SNSでゲームの情報収集をしてた時も、ロンロンのイラストがしょっちゅう流れて来るほどだ。
案外、ああいうタイプはもてるんだろうか。とレオナルドも首を傾げる。
レオナルドが嘘を言っていないからこそ『マザーグース』も理解に苦しんでいる様子だった。
メリーに関しても『マザーグース』は心配していた。
容姿は不気味だが、性格や言動はレオナルドや他プレイヤーが知っての通り、可愛らしく感じられる。
人間にとっては好意的だが、妖怪としては致命的だった。
妖怪は恐怖が糧。詳しい生態は不明だが、妖怪は人間から恐怖を吸収できなければ消滅……死に至る。
なので、将来を考えると不安でしかないらしい。
レオナルドは以前、メリーが縄張り争い云々を語っていたのを思い出し。
「ちゃんと分かっていると思う」と告げた。
『マザーグース』に寄生して縄張り争いをせずに、楽している点は堕落しているようなものだが。
無鉄砲に物事を考えていない点や、妖怪図鑑に載ってたように、妖怪の振る舞いは心掛けているようだと。
リジーとボーデンに関しては独立し合った方がいいと『マザーグース』が言う。
彼ら以外も、『マザーグース』から独立しないだろうかとぼやいていた。
『マザーグース』が知る限り、家を飛び出した『スパロウ』を除いて、自立して好き勝手やっていると思しきはジャバウォックとロンロンのみ。
根本として『マザーグース』が人間と再同盟をする意思はないようだ。
レオナルドは「ボーデンは独り立ちしたいって言ってたから。すぐには無理だけど、意思はあるから、これからだな」と教えた。
他にも、バンダースナッチが『スパロウ』を探したい事や。皆は『マザーグース』の琴線に触れたくないから話そうにも話せないんだと、レオナルドは語った。
一通り話を聞いて『マザーグース』は呆れの溜息をつく。
自分の子供たちに対してではなく、レオナルドに対してだった。
「どうやったら、あの屑共を都合よく善人に解釈できるんだ。お前は」
「善悪なんて考えてないし、善悪なんて無いと思ってるぞ。俺は。アイツらはああいう奴らなんだって受け入れている。人間相手だって同じだぜ」
すると、レオナルドにだけ場違いな効果音が聞こえる。
初めて聞いた音なので、思わず周囲を見回したレオナルド。淡白な機械音声メッセージが述べた。
『残り時間 五分経過。制限時間までクリアできなかった場合、クエスト未達成となります』
これはどうなるのだろうか。
つまり、ロンロンと同じボスの手から逃れればいいのか?
「どうした」と尋ねる『マザーグース』に、レオナルドは上手く伝えようと言葉を選ぶ。
「そろそろ時間なんだ。もっと話したいけど……帰らなくちゃいけない」
「……ああ、仕方ないな」
「また来るよ。……俺たちの店に来る? 今は人間が押し寄せているから、しばらく経った後の方がいいぞ」
「どうしようか………分からない」
「そっか。外に出るのは、その気になったらでいいさ。また来るよ。今度は、お前の好きなもん用意するから。何が好きなんだ?」
長い間の後、『マザーグース』は答えた。
「私は……音楽が好きだな」
結構、難しいものを頼まれたが、流行りの曲のリズムでも覚えようかと考え、レオナルドは「分かった」と返事する。
それから『マザーグース』はレオナルドを引き留めるように話す。
「お前に一つ教えておきたい」
「なんだ?」
「私の名前だ。『ダウリス』。『ダウリス・マザーグース』」
所謂、フルネームという奴だ。
ゲーム内では『ダウリス』の名がないどころか。その名がある事すら知られていない。
ゲーム世界の人間も把握しているか怪しい。
「ああ。じゃあな、ダウリス」
レオナルドは真っ直ぐ、深淵を見据えて明るく別れを告げた。
法廷から出る最後までレオナルドは背後に手を振り続ける。
最後に、レオナルドが無事に脱出を果たし『スペシャルクリア』のメッセージが表示される瞬間。
ポツンと真っ白な人間の形をした何かが、深淵の中に取り残されていた。
皆様、感想・誤字報告・評価・ブクマありがとうございます。
これにて本当にマザーグース戦は終了です。
次回の投稿は明後日になります。