答え
『マザーグース』の怒号は悲痛な叫びにも聞こえた。
レオナルドの表情は複雑である。
彼は今日に至るまでの人生。
様々な人間、様々な場面を傍観し、悟った末に導き出した真実を疑わない。
レオナルドも、『マザーグース』も、腐った世界では『弱い存在』で『屑共』のサンドバッグに最適なのだ。
そんなレオナルドに、『マザーグース』は告げる。
「お前には責任がある。お前自身が取り巻く状況を理解している。ならば、お前自身が立ち上がるべきだ。訴えるべきだ。抵抗をしなければ、お前は出る杭の一本として取り除かれるぞ」
「俺は何もしない」
「この偽善者が!」
突如、深淵から『マザーグース』の醜い腕が伸び、法廷に並べられていた蝋燭をなぎ倒した。
野太い毛むくじゃらの腕。
その腕に不気味な形相の顔が無数に貼りついている。
どれも統一性ない、若い男から、老人、老婆、真っ黒すぎる肌の男。
図体が現れると、真っ先に飛び込んでくるのは『なまはげ』の仮面だった。
黒と青が混ざった体にも様々な顔が貼りついて、人間以外にも梟やウサギがボソボソとしきりに何か呟いている。
それを除けば、ベースとなっているのは『なまはげ』の仮面と白く染められたつけ藁の衣装。
メインクエストボスには勿論、元ネタになった妖怪等がいる。
『マザーグース』の場合は――『ブギーマン』。
世界各国、あらゆる場所に共通して存在する『子供をさらうか、殺す』特徴を持つ、悪い子供を恐怖させる怪物。
悪を制する妖怪だからこそ、悪を根絶しようと喚くのだ。
「お前は無責任だ。他の者にも迷惑を与え、傷つけ、疲弊させる! 全てお前のせいだぞ!!」
「そうかもな。でも、俺は何もしない」
「お前は正義を為せるのに、他人を救わず、自分勝手に満足しようとしている! 本気で独善的な屑に成り下がるつもりか!!」
レオナルドは冷酷に告げる。
「だって、お前が失敗したんだから。俺に出来る訳ないだろ」
『マザーグース』は突如黙った。レオナルドは更に続けた。
「お前がそんなんになっちまうのを見たら、尚更やらねぇ。反面教師って奴だよ」
だが、何も今に始まった話ではない。
正義感ある人間が『マザーグース』のように成り果てるのを、目にしてきたからこそ、レオナルドは拒絶するのだ。正義を掲げる事を。
立て続けに、レオナルドは言った。
「人間に説得しても謝罪しても、訴えても、何一つ上手くいかなかったんだろ? だからこれでいいんだよ。不安になるのは分かるけど、お前の判断は正しいよ」
「ああああああああああああああああああああああああああああああああ」
絶叫と共に、『マザーグース』の歪な手元に『出刃包丁』が出現する。
盛大に振り下ろされる出刃包丁の軌道を見切り、レオナルドは微動だにせず、じっとした。
出刃包丁は、激しく幾度も床に叩きつけられる。
レオナルドに目掛けて振り下ろされてはいなかった。無茶苦茶な軌道で、法廷内にある台や席を薙ぎ払っていく。
「俺は妖怪だからだ、お前は違う、私は失敗した、お前は違う」
「違わないって。人間と同盟組んだのは、自分の為じゃなくて、『家族』の為にやってたじゃねーか」
「アイツらは私を何とも思っていなかった……! 私を都合のいい奴と利用していたんだ!!」
「利用されたくないから、縁切ったんだろ?」
「違う、違う、違う違う違う違う違う違う違う違う違う……」
「俺も、母親に二度と会いたくないって縁切られちまったんだ。俺の事、産みたくなかったって言ってたし……」
「お前の話は聞きたくない。何もかも間違っている」
「あー、じゃあ……俺の父親の話するよ。俺の出産に立ち会う前に事故で死んだんだ。道の真ん中に動けなくなった猫、助けようとして。母さんは『私より猫の方が大事なのか』ってキレて、父親も俺も嫌いになったんだよ」
「お前の母親がキチガイだ!」
「んなことねーよ。どうかしてんのは父親の方だよ。俺は父親に似て、そーいうの放っておけない性分になっちまったと思う。そのせいで、人生色々損してんだ」
「いい加減にしろ! 誰もお前に正しい事を教えなかったのか! お前は間違っていると、たったそれだけの事を誰も!?」
レオナルドは少しムキになって『マザーグース』を睨む。
「でも、考えてくれよ。このままだと、俺も猫が放っておけなくなって、事故で死ぬかもしれない。―――今の自分から変わりたいんだ」
それとも、レオナルドが尋ねる。
「変わらない方がいいのか?」
ケダモノの『マザーグース』は一旦深淵に戻り、ゆっくりと述べた。
先程まで激情は嘘のように。
最初に聞こえた若い青年の声で。
「お前は……変われない」
「………」
「私がそうだからな。お前も変われない」
レオナルドは少し残念そうな反応を見せ、聞いた。
「じゃあ、どうすればいい?」
「……私に聞くな。私にも分からない」
「そっか」
本気で残念だったレオナルドは、仕方なくこんな話を持ち出した。
「じゃあ……いいや。楽しい話しようぜ。なんでもいいよ」
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