マザーグース
春エリアメインクエスト最終ボス『マザーグース』。
プレイヤーが転移されるのは薄暗い石造りの廊下の途中。
豪華な赤絨毯が敷かれ、高級そうな花瓶とそれがのる装飾ある台が廊下の突き当りまで、左右の端に並べられている。
だが、絨毯は色褪せ、空間全体にホコリが積もっている。灯りとして灯される筈の蝋燭も火がない。
長年手入れされていない証拠だ。
転移されたのは、木製の逆刃鎌だけ装備したレオナルドのみ。
いつも通り、妖精『しき』が登場すると若干明るくなった。
あまり意識しないが『しき』の体はぼんやりと七色のオーラに包まれている。
妖精の特徴なのか不明だが、皮肉にも彼女の存在が薄暗い廊下を照らしてくれていた。
「ついに……館の中に入ったヨン。この奥に『マザーグース』がいるヨン。魔法を使ったりして灯りをつけると、魔力で『マザーグース』に存在が知られてしまうヨン。私が案内するから、ちゃんとついてくるヨン」
自動的に会話が進み、レオナルドの体も勝手に『しき』の後を追った。
時折、『しき』の発光で照らされた何かの影が視界の端や、遠くを駆けていく。
明らかな足音や笑い声、うめき声、ヒソヒソと喋る音……
『しき』も多少恐怖しつつ、『マザーグース』がいる法廷がある扉の前に到着する。
「わ、私が案内できるのは、ここまでヨン……どうするかは、貴方次第ヨン」
意味深に言い残し、彼女は姿を消した。
深呼吸をした後、レオナルドはゆっくりと重厚な扉を開く。
軋む音が響きながら開かれた扉の先は――まだ深淵が広がっている。一つ違うのは、僅かに蝋燭の火が灯っていること。
レオナルドは傍聴席を通り抜け、証言台に近づいた時。
裁判官席の深淵から若い男の声が聞こえた。
「バンダースナッチか……」
だが、直ぐに別の声が深淵より聞こえる。
「違うぞ。知らない奴だ」
今度は子供っぽい声が喋る。
「人間だ! 人間がいるぞ!!」
それからも老若男女、様々な声が飛び交う。
「どこから入って来た!?」
「使えない糞餓鬼ね! 人間一匹取り逃がすなんて!!」
「もしかしたら、仲良くなれるかも」
「殺せ、殺せ!!」
「人間は信用しない」
「ヒソヒソヒソ」
「嫌だ、死にたくない」
支離滅裂な台詞ばかり流れていく。
最初に聞こえた若い男の声が、他の声を押しのけ、ハッキリと聞こえる。
「お前の名を名乗れ」
「俺はレオ……小鳥遊怜雄だ」
すると、ざわざわと声が静まり返っていく。
先程よりかはまともな話が出来そうだと、レオナルドにも分かった。
『マザーグース』はこの程度で警戒心を緩めない。続けて質問をしてくる。
「何をしに来た」
「一言で済ますのは難しいな……俺はお前と気が合うんじゃないかと思って、話をしに来た」
「妖怪が人間と気が合うと思うのか」
「似たような被害にあってるから、多分」
レオナルドが真実を語っているからだろう。『マザーグース』は沈黙をする。
気が合う。
だから友達になれるかも。
そんな単純なものじゃない。レオナルドは更に続ける。
「俺は俺なりに考えたんだ。でも、なんだ、俺の考えを聞いてどう思うのかって、知り合い相手でもしないんだよな。小難しいし。楽しくないから」
「………」
「ああ、勘違いしないでくれ。俺は、自分の状況をお前に解決して欲しくて来たんじゃない。話を聞いて欲しい。妖怪は違うかもしんねーけどさ。人間って話すだけでも気持ちが軽くなるんだ」
「………」
「妖怪の価値観ってのもあるだろーし。俺自身、興味があるんだ。……話してもいいか?」
なんだか一方的に話をしてしまったとレオナルドは気まずさを覚える。
永遠と感じるような沈黙を破り『マザーグース』が告げた。
「私はお前の手助けはしない」
「うん」
「話を聞くだけだ」
「わかった。えーと……色々説明することあるんだよなぁ」
そうして、レオナルドは自身の周りで起きている出来事を、妖怪の――NPCにも分かるよう上手く説明していった。
実際、ゲームのバックストーリーで展開されていた『マザーグース』に対する人間の迫害が、どのような内容かは分からない。
少なくとも、共感は出来るんじゃないか。レオナルドは考えていた。
一通り話終えて、レオナルドは一息つく。
ただ一方的に話してしまったが、不思議と知らない相手に事情を明かすのは悪くない。
推理小説の犯人が悠々と自供し始める優越感に似ている気がした。
レオナルドの話を聞き終え、『マザーグース』が一言感想を述べる。
「いつの時代も、人間は変わらない」
「そっか。お前の時と似てたか。あ、無理に昔の話はしなくていいぞ」
レオナルドが慌てて『マザーグース』を制してから、話を続けた。
「ってことは、うん。やっぱり俺の考えてた通りなんだろーなぁ」
「どうするつもりだ」
『マザーグース』はどこかレオナルドを期待している風に尋ねる。
彼の様子を確かめてから、酷く落ち着いた態度でレオナルドは宣言した。
「どうもしねーよ。何したって意味ねぇんだもん。これから、どうするって、俺は普通に店戻って、明日の準備して、これからもムサシとルイスと一緒に生きてくよ」
「何を言う。お前たちを迫害する人間は? どうするつもりだ。放っておくのか」
「放っておくしかねぇんだ。実際、話して分かったよ。アイツらは自分が正しいと思ってたり、単に俺を精神でボコれるから調子乗ってたり、感情的になって冷静に判断できなかったり。いくら俺の事情を説明しても、俺のこと好きになってくれないんだから、何言ったって無駄なんだよ。仕方ねぇんだ」
「…………」
「仕方ねぇんだよ。分かるよ。納得できないよな。優しい人間ってのは、いるよ。自分で言うのもアレだけど、俺も似たような人間だ。でも、今の世の中、優しい人間は住みづらいんだ。自分勝手で他人を平気で傷つけられて、独善的な奴が生き残れるんだ」
「………」
「いいよな。俺、ああいう奴らにスゲー憧れてるんだ。だってさ。親しくしてた相手を何とも思わないで躊躇なく裏切って暴力振ったりできるんだぜ。俺には絶対できない。ほんとスゲーよな!」
「………」
「俺もさ。アイツらみたいに、欲望とかあれば、自分に好きなもんがあれば、ああいう事できるようになんのかなって。でも、ないんだ。俺には。情けねぇよな。俺は他人の為にしか意欲が湧かない。駄目な人間だよ」
熱烈に語ったレオナルドに対し、酷く狼狽した『マザーグース』の声色が聞こえた。
「お前は………間違っている」
レオナルドが自然に見上げた深淵の奥では、何かが蠢いている。
震える声で『マザーグース』が吠えた。
「いい訳がないだろう……! こんな腐った世界!! ふざけるな! ふざけるな!! お前は正しい人間だ! それを……! 馬鹿な事を考えるな、世間知らずが!!!」
皆様、感想・誤字報告・評価・ブクマありがとうございます。
戦闘描写はないので、マザーグース戦は次回で完結予定です。
次回の投稿は明後日になります。