嘘をつくな
春エリア最終ボス『マザーグース』。
ムサシの攻略動画が出回って以降、ここまで到達したプレイヤーは百人超えられるか怪しいと聞く。
原因は、手前のバンダースナッチで苦戦しているせいだ。
僕も、ムサシの動画を参考にして攻略を練ろうとしていたが、ハッキリ言ってバンダースナッチよりも弱い。
ラスボス手前のボスが強い、なんてのは良く聞く話。
まさしく、それを体現した形。
決して、弱くない部類なんだろうが、成長したレオナルドなら僕のサポートなしでも余裕で回避できる攻撃ばかり。
厄介な攻略の手順を必要としている、今までの春エリアのボスたちと同じだ。
実際、攻略サイトでもバンダースナッチより強くないと称されている。
問題は――ボス戦前。『マザーグース』との対話だ。
以前も触れたが、ボス戦前で『マザーグース』は対話することが可能な特殊な状態から始まる。
メリーがアドバイスした『嘘をつくな』を踏まえたうえで、癇癪状態の『マザーグース』を説得できるか。
これが戦闘勝利よりも困難を極める特殊勝利への道のり。
◆
ホノカとマーティンの前で『マザーグース』戦に挑むと宣言したレオナルド。
傍らにいるジャバウォックが、無垢な表情でレオナルドを見上げている。
贖罪のつもりか、話を聞いたマーティンが提案した。
「じ、じゃあ、俺とギルドメンバーも一緒に行かせてくれっ。フォローするから」
レオナルドは控えめに断る。
「悪い。戦いにじゃなくて、話に行く奴だから、戦力はいらねぇんだ」
「まさか、噂の特殊勝利狙いに?」
「おう」
ホノカは「物好きだな」と呆れ半分のリアクションをしている。
僕はレオナルドに確認しておく。
「結局、どういう作戦でいくつもりだい?」
「作戦てか……うーん。…………友達になろうかなって」
随分と曖昧で計画性がないように見えるが、まあ仕方ないかもしれない。
なんせ、嘘をついてはならない。
これがどの範囲まで適応されるのか、不明。
誘導尋問すら利かない可能性がある。……尤も、あの『マザーグース』だと話を聞いてくれるかも怪しい。
しかし、レオナルドの一貫した目的を達成するには……僕は告げた。
「レオナルド、君一人で行った方がいい」
「え? そしたら、ルイスは『マザーグース』戦どうすんだよ」
「僕は別にメインボスを全部倒したい完璧主義者じゃないから、別にいいんだよ。レシピイベントを回収しておきたかっただけだからね。事の顛末を君の口から聞かせて貰えば十分かな」
「お前なぁ……でも、俺一人の方がいいってどういう?」
「嘘をつかないのが、僕には難しいだけさ。僕じゃなくても些細な嘘までつくな、なんて難しい話だよ。君は良くも悪くも正直だ」
僕自身のことは僕が一番知っている。
不都合な言い訳をしないよう、日ごろ立ち回っているだけあって。
今まで、一体どれだけ嘘をついたか数えきれない。
僕の返事に、怪訝そうな表情をするレオナルドは首傾げながら、傍らにいるジャバウォックに聞く。
「ちょっとくらい大丈夫だよな?」
ジャバウォックは手元にある兎の小物を動かしながら喋る。
「虚偽は断罪すべし! 赦しはせん! 首をはねよ、首をはねよ、首をはねよ!!」
『マザーグース』の台詞だ。
子供らしいジャバウォックの返事は、レオナルドの考えを否定するものだと受け止めれる。
僕は一つだけ、彼に助言を与えた。
「レオナルド。多分だけど……現実の本名を名乗った方がいいよ」
「え?」
「今日まで色々な『マザーグース』戦の動画を見たけど……最初『マザーグース』に名を名乗れと言われるだろう。プレイヤーが名乗った時点で『マザーグース』は怒るけど、ムサシの動画だけはそうじゃなかった。―――彼の本名もムサシだからだよ」
「おー、なるほど。気をつける」
レオナルドは木製の逆刃鎌だけ装備して、他の武器は一旦倉庫に移動させた。
彼の動向を見守っていたマーティンとホノカに、ふとレオナルドは思いついたように言う。
「野次馬が来るかもしれねぇから、嫌だったら早く移動した方がいいぞ」
マーティンは相応の責任感があるのか、退かなかった。
「いや、大丈夫だ。それより、このまま謝って帰る訳にはいかない。二人の代わりに、俺が素材集めするってのはどうだ」
「え、うーん……じゃあ、ジャバウォック達は庭で食事したいから、邪魔しないように野次馬を追っ払ってくれるか? 無理ならいいけど」
「あ、ああ。わかった!」
思わぬ事を頼まれ、マーティンも驚きながら返事をしたのを聞いて、レオナルドは『マザーグース』戦へ向かって転移した。
どことなく事情を察したらしいホノカは、僕の背後にいるバンダースナッチたちの様子を眺めながら、無神経に問いかけて来る。
「今、なにやってんだ? アイツら」
そうだ。バンダースナッチは『重湯』を食べてくれたのだろうか。
僕は戻ると、明らかに妙な反応をしているメリー達がいる。
メリーは不味そうな表情で文句垂れる。
「も~なにこれ!? しょっぱい味しかしなーい!」
だから、食べるな!
これはバンダースナッチに作ったんだぞ!?
僕の苛立ちが表情に出ていたのか、ボーデンが血相と態度を変えて首を横に激しく振る。
「味見! 味見だって!! ちょっとしか食ってない!」
リジーは恥ずかしそうに、顔の包帯解かれた下にある裂かれた口で喋る。
「ご、ごめんなさい。皆が変な反応するから気になっちゃって」
ああ、もう……
手っ取り早く、席に座らず突っ立ったままのスティンクに確認を取った。
「彼、ちゃんと食べてくれましたか?」
「一口だけですね」
僅かに残った『重湯』に興味惹かれながらも、皆の反応を見てか、クックロビン隊はなかなか嘴を茶碗に突っ込もうとはしないようだ。
当のバンダースナッチは、心底面倒そうな態度のまま、嫌々言い訳する。
「食う経験あるメリー達の反応、気になっただけだ。カッカすんなよ、お前よ……」
仕方ない。僕は更に作ろうと決心する。
怒りを抑えて、普段通り笑みを浮かべながら告げた。
「では、味を薄めたスープなどを用意しましょう。まずは一皿一人で召し上がってください」
ホノカが僕らの様子を目にし「あいつ、鬼だな」と呟いて、マーティンが苦笑する声が、しっかり聞こえた。
皆様、感想・誤字報告・評価・ブクマありがとうございます。
ブクマに関しては急に増えたので驚いております。
次回は27日深夜頃に投稿します。