和解
これまた面倒な……
だが、これは最後の欠片が揃ったようなものだ。
『マザーグース』が面倒な人間との同盟を嫌々行わざる負えない理由。
いがみ合うバンダースナッチとスティンクを見かねて、レオナルドが僕に頼んでくる。
「ルイス。なんか、渡しにくい料理とか作れるか?」
ああ、要は気軽にクックロビン隊へ与えられない形のか……
僕は一つ思いついた。念の為、確認する。
「食べ物はあまり口にしていない、という事で間違いありませんか?」
嫌味ったらしくスティンクが答えた。
「あまり、どころか一切食べていませんよ。コイツは」
面倒そうな態度でバンダースナッチが「昔、ちっと食べた」と適当な事をぼやく。
昔は昔。全然食べていないようなものだ。
そこで僕が用意したのは――『重湯』。
粥の上澄み液に塩味を加えた簡単な一品。
妖怪達全員が茶碗に入った白濁汁を、奇妙なものを観察するような目で眺めていた。
僕は説明する。
「これは人間の流動食。食べ物を消化する胃が弱まっている病人に提供するものです。普段は食事をなさらないとのことですので、いきなり固形物から食べて貰う訳にはいきません。まずは胃に負担をかけないものから、慣れて貰います」
困惑するバンダースナッチに対し、スティンクが鼻で笑う。
「いいじゃありませんか、病人食。貴方にお似合いですよ」
「妖怪と人間じゃ……はぁ………」
『重湯』とセットで渡したスプーンを嫌々手に取ってみるバンダースナッチ。
その時。
僕らが目を離した隙に、レオナルドを弄ぶのを中断し、生垣へ移動していたジャバウォックが「ふぉんふぉんふぉん」と警告サイレンの効果音を真似し始めている。
野次馬が現れたからかと思いきや。
見覚えあるプレイヤーの姿が二人あった。
一人はホノカだった。
僕が彼女の姿を目にしたのは、バトルロイヤルの一件以来だ。
もう一人は、容姿は全く変わっていたが、茶髪のマッシュヘアと顔立ち、ジャバウォックの存在に驚いている声で思い出す。
最初にパーティを組んだ時にいて、ホノカ達にレオナルドの情報を漏らした剣士のプレイヤー・マーティンだ。
レオナルドもそれに気づいて「マーティンか?」と気まずい表情で尋ねた。
なんだか嫌な予感がして、僕もレオナルドと共に生垣越しから二人に話しかける。
「一体なんのようですか」
僕の声色は苛立ちや不快感が剝き出しだったかもしれない。
マーティンはアバターで表現されているとは言え、酷く怯えた様子だ。
レオナルドも心配そうに彼の様子を伺う。
隣にいたホノカが、僕らの背後にいる妖怪達に気づきながらも、マーティンの代わりに話を進めた。
「変な連中が、お前らの情報をマーティンから聞き出してきたんだってよ」
「お、俺のせいなんだ、二人がこんな状況になったのは! まさか、こんな事になるなんて……! 本当にすまない!!」
いつか頭を下げて貰いたいと願っていたが、まさかこんな形で実現するとは。
生垣にぶつかる形で頭下げるマーティンの頭に、ジャバウォックは呑気に兎の小物を載せる。
しかし、バトルロイヤルの件とは違う。
別の連中が背後にいると示唆されている。落ち着いて僕は尋ねる。
「詳しくお聞かせください」
マーティンは頭を上げると、落ちて来た兎の小物に驚き。
小物が自動的に庭の方へ転がっていくのを見届け、話はじめた。
「ホノカから俺がレオナルドとパーティ組んだ事あるのを聞いて、尋ねて来た奴らがいるんだ。最初、アイツらは、ネットで拡散されてるレオナルドの誤解を解きたいって言って来たんだ」
思わず僕は「何故、彼らを信用したんですか」と突っ込んでしまう。
申し訳なさそうに頭かきながら、マーティンは言った。
「ソイツら、墓守系のプレイヤーで逆刃鎌を装備してたんだ。それを乗りこなしてるプレイヤーで、アイドルファンに絡まれてウンザリしてたように見えてさ」
ホノカも話に加わる。
「レオナルドよりも一緒にパーティ組んだ奴らを探してたな。他にも証言が欲しいってよ。でもお前と話した奴なんか、マーティン除けばカサブランカとお前だけだろ」
と、ホノカが僕に指さした。
妙だ。レオナルドではなく他のプレイヤー? カサブランカを探っていたのか?
あの女は、むしろ喧嘩を売って欲しいかまってちゃんタイプだろう。
マーティンが「それで」と話を戻す。
「俺はその……ルイスとレオナルドがサポートしたお陰で、一面ボスは倒せたって話をしたんだけど……」
「何か問題が?」
「ルイス……お前、あの時『挑発香水』使ってたよな? でも普通、序盤で『挑発香水』は使えないからルイスがINTにポイント振ってたんじゃないかって話になっちまって」
…………
「そんな話になったら、新薬広めた魂食いがレオナルドだ~って方向になって……どっか行っちまったんだよ」
僕を特定しようとしてたのか……
改まってマーティンが「本当に悪かった!」と頭を下げた所に、またジャバウォックが兎の小物をマーティンの頭に載せる。
よりにもよって、そこで特定されるなんて。ホノカの時といい。大体マーティンのせいじゃないか。
事情を把握したレオナルドが、マーティンを制した。
「悪気なかったならいいって。それに俺達も、ギルドに入ってない事がバレたのが嫌で、お前の事、ブロックしたんだぜ」
「え!? そ、それ、そういう……」
再び頭を上げたマーティンは、レオナルドの告げた内容に驚き、落ちていく兎の小物は眼中になかった。
故意にやってないにしろ。本当に……
僕は盛大に溜息をつき、マーティンに言う。
「どうやら故意にやっていないと分かりましたので、ブロックは解除しますが、再度フレンド登録申請はしません。他プレイヤーの方々にも同じ事はなさらないよう、ご注意してください」
「う……ああ、そうだよな。本当に悪い」
レオナルドは相変わらず優しく「俺の方こそ」と謝罪している。
僕たちの話題をあえて拡散させた……?
しかもイベント直前での燃料投下。しかもアイドルファンのマナーの悪さが際立っている最中にだ。
僕らにヘイト集中させるのが目的……アイドル側の人間の仕業、か。
ホノカは不愉快そうな顔で、僕達に聞いてくる。
「今回こそはイベント参加するんじゃねぞ。ウチらに絡んで来た連中といい、不穏だ。嫌な予感って奴だよ」
レオナルドが真っ先に返答した。
「悪りぃ、カサブランカとムサシに約束したからイベントには参加しねぇと」
流石にホノカとマーティンも正気を疑うかのように目を丸くする。
レオナルドの表情や態度は、どこか吹っ切れたようだ。
彼自身、心の奥底でマーティンとの和解を願っていたからか、それとも故意に情報を拡散させた連中の存在を知ったからか。
いよいよ、レオナルドは僕に告げた。
「『マザーグース』のところ、行こうぜ。ルイス」
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また『マザーグース』戦になるので内容も長めを想定しています。ご了承ください。