窮地
翌日。
学校ではアイドルファンによる墓守系の迫害が話題になっているかと思いきや。
予想外の状況になっていた。
「はぁ!? ムサシの動画全部消されてるのって、それが原因なのかよ!」
「ムサシ、全然悪くねーじゃん」
「いい迷惑だよ」
僕が下駄箱に到着するなり、男子生徒の会話が聞こえる。
ムサシ――宮本武蔵の動画アカウントが停止された。
所謂、アイドルファンによる通報被害を受けた訳だが、問題はその経緯。
ムサシの強さを警戒し、イベントの参加中止を求める抗議なら、他の動画投稿者同様、巻き込まれ被害で済む。
だが、ムサシが被害を受けた原因は、全く別のものだった。
「なあ、知ってるか? ムサシのフレンドが『逆刃鎌』を広めた『魂食い』だって!」
「マジ? ソースあんの??」
「ソースどころか、特定されてるぜ!」
噂を広める彼らは、SNSであげられている動画を視聴していた。
彼らの脇を通り過ぎる僕は、僅かに聞こえる程度だったが心当たりは幾つかある。
レオナルドがサクラに絡まれたのを撮影されたもの。
ムサシの動画ではレオナルドの姿は隠れていたが声は加工されなかった。
最近、ホノカと会った際に野次馬たちに話しかけられたとレオナルドに聞いていた。
……つまり『声』で特定された訳だ。
容姿や顔はフードと仮面で隠せても、素の声をどうこうできない。
極めつけは、こんな話に方向が傾き出している。
「レオナルドって奴が『逆刃鎌』広めなきゃ、糞アイドル達も調子乗ったりしなかっただろ!」
「てか、アイツ。ムサシに馴れ馴れし過ぎ」
「動画で出しゃばってるの、ムサシの人気に便乗してるからだよな」
『逆刃鎌』がなくとも、アイドル共は宣伝活動でゲームにログインしただろうに。
下火でレオナルドに対する不満があったムサシのファンが、便乗して叩き出しているらしい。
流石に、レオナルドは無視しておけないだろう。
だからと言って、悪化した状況を打開する良案なんて無い。
僕が警戒しているのは、僕自身のこと。
レオナルドが特定されたとなると………僕はいつも通り教室に入り、クラスメイトに挨拶してみる。
彼らは、普通に返事をしてくれた。
警戒心を解かずに、僕が自分の席に座ると問題の調子のいい男子生徒が話しかけて来る。
例の、アイドルグループを贔屓する側の奴だ。
「おはよ~レンレン! ムサシーヌの動画、全部消されちゃったよね!! いつ復活するのかな~」
馬鹿らしくすっとぼける男子生徒に「そうなの?」と僕は知らん顔で尋ねる。
まだ、僕が事態を把握していないと思ってか。
ベラベラと現状説明する男子生徒。
「レオナルドって魂食いが『逆刃鎌』広めた奴で、しかもムサシーヌとフレンドになってた奴と同じ! とばっちりで、レオナルドが出てた動画が通報されて、アカ停止らしいよ!! も~最悪だよね~~俺もムサシーヌの動画は楽しみにしてたのにさぁ」
「……秋エリアの攻略も終盤だっただけに、残念だね」
「レンレンってムサシーヌのファンでしょ? リアクション薄くない??」
「僕はファンというより、攻略とか戦闘の参考をさせて貰っている方かな……完全停止処分じゃないんだよね。なら、いいんだ」
「あはは~。レンレンはそっち系ね。ムサシーヌは絶対戻ってくるから大丈夫!」
……どうやら、僕自身に探りを入れている様子はない。
サクラの件では、僕も撮影されていただろうし、声で僕だと気づく恐れもある。
コイツなら、現実の僕に関する個人情報をバラまくんじゃないかと思ったが……違うようだ。
何事もなかったように、ホームルームが始まる。
だが、これではアイドル連中よりもレオナルドにヘイトが集中するだろう。
『逆刃鎌』を広めた事。
ムサシの人気に便乗して目立った事。
サクラ相手に委縮したから、大した人間じゃないと舐められる。
最悪なフルコースを突き出され、普通の奴なら到底、イベントには参加しない状況だ。
レオナルドの事だから、ムサシが被害を受けた時点で相当のショックがある筈。
今日は春エリアラスボス『マザーグース』に挑戦する予定だったが。
……無理か。
一応、ログインしてレオナルドと話し合おう。
◆
などと考えた時期も僕にはあったが、無駄に終わった。
レオナルドはショックを受け、完全にイベント参加への意欲が失せたと思ったのに。
僕がログインし、店内の光景を目の当たりにして言葉を無くした。
ジャバウォックがカウンター席に陣取り、地下室から持ち出しただろう薬草と鉱石を並べている。
まるで、カウンターに商品を並べた小さな店のよう。
店主のように待機するジャバウォックが、無垢な表情で言葉を発す。
「いらっしゃいませー、いらっしゃいませー」
そんな奴へ声をかけるのは、僕でもなければレオナルドでもない。
綺麗に梳かした金髪ロングヘアに。
眼球のない呪いの人形『メリー・E・ソーヤー』がカウンター越しから顔を覗かせていた。
「ごめんくださーい。今日は薬草は欲しいの、いくらかしら?」
「クッキー三枚です」
「はい、どーぞ」
「ありがとうございましたー」
完全な『お店ごっこ』を繰り広げているのを僕が無言で眺めていると、僕に気づいたメリーが突拍子もない叫び声をあげた。
「キャアアァアァァッ!? び、ビビビビ、ビックリしたぁ! いるならいるで話かけなさいよ!!」
不気味な顔面に似合わず、ぷんすか拗ねた表情をするメリー。
妖怪なのに、そっちが驚いてどうするんだ。
第一、何故ここにいる!
と、突っ込みたいのはメリーだけではない。
店内のテーブル席に突っ伏していた『バンダースナッチ』が気だるそうに文句言う。
「うるせーなぁ……静かにしろよ」
「なによ! 寝るなら、外で寝なさいよ!!」
「外も人間が多くて寝られねーの、分かってんだろ。ああ、クソ」
完全に目を覚ましたと不満を訴えるように身を起こすバンダースナッチに、こっちの方がクソだと口に出しそうだ。
バンダースナッチの隣で、空間の裂け目から顔出す『クックロビン隊』と戯れていたのが、レオナルド。
彼は僕に気づいて「ルイス!」と驚き以外にも、興奮気味で声かける。
挨拶をしないで、僕自身、顔をしかめている自覚を持ちながら、彼に問いかけた。
「これ……どういう事だい。レオナルド」
「それが、俺にもよく……あ、ほら! ルイス、見てくれよ」
レオナルドが、作り置きしていた菓子を幾つか手元に用意している。
まず、カップケーキを手に持ち『クックロビン隊』に見せた。
彼らは興味深く観察。その内、一匹?が唐突に口から音を発した。
「かっぷけーき」
レオナルドが『正解』を言えた鳥頭にカップケーキを与えると、そいつは嬉しそうに体を揺らす。
次にエクレアを手に持つレオナルド。
別の鳥頭が「えくれあ」と音を発して、ソイツにエクレアは渡された。
ボス戦では喋りが出来なかった『クックロビン隊』は、言葉を覚えてきているようだ。
……もしかしなくても、例のイベントをクリアしたボスキャラがマイルームや店に現れるようになる。
そんな仕様なんだろう。
だが、僕も面白そうに彼らの相手するレオナルドに指摘した。
「それ作ったの、僕だからね」
「あ、わ、わかってる! 今度素材取りに行くから……」
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