バンダースナッチ[二周回目]
かなり長くなってしまいました。ご注意ください
六面ボス『バンダースナッチ』。
ほんの少し前まで、壮絶な死闘を繰り広げた廃墟の白煉瓦の街に、僕らは再び転移した。
『ブライド・スティンク』では登場しなかった妖精『しき』が、お馴染みの言葉を繰り返す。
「ついにここまで来たヨン……あそこに見えるのが、貴方たちの目指す『マザーグース』が住む館ヨン」
僕らの視点が怪しげな灯でぼんやり照らされる館へ強制的に向けられる。
すると、『しき』が先程とは異なる台詞を述べたのだ。
彼女は最初見せた神妙で悲しげな表情ではなく、不思議そうな表情を浮かべている。
「……ここに来るまで、貴方たちは『マザーグース』の子供たちと会ったのに、無事どころか何も起きなかったヨン」
『しき』は僕達に告げる。
「もしかしたら……貴方たちなら『マザーグース』と話ができるかもしれないヨン。もしかしたら、ヨン。期待はしないでおくヨン」
なんとも挑発染みた言葉と共に『しき』は姿を消す。
さて、問題はここからか。
ステージ全体には幾つものテーブル席がある。どれに座ってもイベントは発生するのか。
僕は身構えていたが、そんな必要は無かった。
何故なら、廃墟の街の中央にある噴水広場。
本来『バンダースナッチ』が爆睡して横たわっているところ。彼がいるべきベンチには、誰もいない。
レオナルドが恐る恐る噴水広場に接近してみるが、戦闘は始まる気配がない。
『バンダースナッチ』自体、どこにもいない。
僕は『バンダースナッチ』がいたベンチでアフタヌーンティーセットを広げる。
今の所、ここしか思い当たらない。
レオナルドが周囲を警戒し『ソウルサーチ』を発動させた。
腰かけるようレオナルドに声かけようとした瞬間、僕らの背後に前兆なくソレが現れた。
だらけた格好と姿勢の『バンダースナッチ』。
今は古びたこげ茶の中折れ帽を深く被っており、金髪の前髪と帽子の影で目元が不気味に見える。
僕が振り返って、奴の顔を観察する。顔立ちはロンロンと似ていた。
アフタヌーンティーセットで使われてる食器や菓子に反応を示すかと思いきや。
盛大に欠伸をかます。
バンダースナッチは隣のベンチで横たわり、帽子で顔を覆って昼寝をする構えだ。
メリーのように警戒心がない?
……違うか。奴は普通に強い。故に、攻撃を仕掛けられても対応できる絶対の自信がある。
だが、戦闘目的ではない状況では、一体どうすればいいのか。
僕は試しに誘う。
「一緒にどうですか?」
わざわざ、帽子の合間から覗き込んでくるバンダースナッチ。
妖怪どもは妙に不気味さを見せて来るのが常らしい。
奴は無視している訳ではないが、不用意に話しかけにくい状況だ。レオナルドも少々悩んでいる。
すると、前触れなく奴から声をかけて来た。
「食器。お前らのもんじゃねぇだろ。『魂食い』や『医者』で買える代物じゃない」
なんなんだ、急に。
僕は穏便に話を合わせた。
「この辺りの廃墟を探索してたら見つけました。他にも取り残された質のいい食器があるんです。ちょっとした穴場ですよ」
「売ったらどうだ?」
予想外の話に僕とレオナルドは互いに顔が合う。
漸く、バンダースナッチが横たわったまま、顔を覆った帽子を取ると不敵に笑み浮かべていた。
奴は至極、合理的な提案を持ち出す。
「それ、高く売れるぜ。俺が保証してやるよ。貴族相手に高値で売り付けてさ。んなモン、お前らが持ってても意味ねぇよ。洒落たお茶会開く訳でも、骨董品に興味ある訳でもねぇだろ?」
……まあ、価値はあるだろう。
売れば金になる。奴の話は嘘ではないが、一体どうしてそんなことを。
僕よりも先にレオナルドが、バンダースナッチに反論した。
「探索って言ったけど、錬金術師が残した宝的なもんだったんだよ。これ。暗号とか解いて、見つけ出すまで色々大変だった。――なあ?」
レオナルドに促されて、僕もここまでの回想を脳裏で浮かべながら「そうだね」と答える。
珍しく、彼はアフタヌーンティーセットを眺めて言う。
「俺達にとって思い出の品って奴だ。捨てたり、売ったりはしない」
改めて苦労して揃えたアフタヌーンティーセットに触れるレオナルドに、バンダースナッチは退屈そうだった。
僕は皮肉込め、バンダースナッチに尋ねる。
「ひょっとして、貴方はここにある骨董品目当てで?」
「……昼寝にはちょうどいい場所だから来てる」
また、帽子で顔を覆ったバンダースナッチにレオナルドは話しかけた。
「俺の名前はレオナルド。こっちはルイス。お前は?」
バンダースナッチは無視するが、レオナルドはどうやら奴に話しかけてもいいと判断したようで。
立て続けに話題をあげていく。
「ここで会ったのも縁だし、何か話そうぜ。えーと……家族とかどう? 俺の方は面白くないけど聞くか??」
「…………」
「俺は兄弟とかいない。父親は俺が産まれる前に死んでる。母親は俺の事が嫌いでいっつも酒買って来いって家から追い出してた。あー、法律で子供に酒売れないんだけどさ。分かってて、やってたんだろうな。俺は馬鹿だからあっちこっち、売ってくれる店探したけど、誰も売ってくれなかったから、暴力団っぽい人達に酒売ってくれって……」
黙って聞いてた僕が、聞くに堪えれなかったので「レオナルド」と制する。
彼は慌てて話を中断した。
「話脱線しちまったな。俺は母親だけいるんだけど、今はもうどうなってるか知らねぇ。色々あって、母親から引き離されて、それっきり」
レオナルドの話をどこまで理解したのか。
バンダースナッチは横たわったまま、静かに答える。
「俺と同じだな。俺の場合は母親じゃなくて、父親」
「へえ」
僕の家族を触れられるのは嫌だったから、僕は話題を変えようとした。
「レオナルド。家族について触れるのは止めてあげよう」
「え? あー………そう、だな……」
「今何してるとか、将来の話でもしたらどうかな?」
「今。うーん。今じゃねぇけど、俺そろそろ就活するな。どんな仕事したいとかは……お前はどう?」
生々しい現実の話を、妖怪かつNPCのバンダースナッチに尋ねるレオナルド。
面倒そうに、奴は返答した。
「どうも何も。別に。適当に生きるだけ。これから先、波風立たないでボーッと生き続けるだけ。想像するだけで虚無だな」
「そうなのか?」
「人間は――お前は違うだろ。寿命がある。終わりがある。終着点に向かうまで色々あんだろ」
「んー……この先、俺になんか起きるかぁ?」
「結婚しねーの」
レオナルドは忘れてたらしく「結婚!」と驚く。
結婚を想像し終え、レオナルドは気難しそうに頭をかいた。
僕は少なからず不穏を抱きつつ、彼に「どうしたんだい」と問いかける。
恥ずかしさの欠片無い態度で、レオナルドは悩みを打ち明けた。
「好きな人とかいねぇけど……なんだろうな。国の未来の為に、子供作るべきなのかな? 取り合えず、正社員目指して」
「じゃあ、君と利害が一致する女性を探すべきだね」
「利害?」
「いいかい。女性は愛を求める。結婚に愛は必須だとロマンを夢見ている生き物さ。国の未来の為に、なんて愛のない結婚願望。普通の女性からすれば論外だよ」
「いや、そんくらい分かってるって。だから~……頑張る」
「レオナルド。頑張る必要なんてないよ。君のような考え方する人間がもう一人二人、きっといるさ。諦めるには早すぎる」
僕の意見を聞いて、レオナルドは目を見開く。
多少、妥協するべきだとか。無欲な人間だからこそない発想だったのか。
意味深に天を仰いで唸っている。思案した後に「頑張らないか」と感心しながら、僕に尋ねる。
「ルイスは?」
「親が適当に用意してくれるさ。ほとんど出来レースみたいな人生だからね」
つい話してしまったが、レオナルドは唖然としてから羨ましそうに不貞腐れる。
「いいなぁ。ズルいじゃん」
ズルい? 僕は思わず笑いが零れてしまう。
普通は「自由がない」とか「狭苦しそう」だとか憐れみを覚えられるのに、
ふと、僕が振り向くと。
バンダースナッチはすっかり体を起こし、ベンチに座り直し、怪訝そうな表情で僕らに視線を注いでいた。それから声かける。
「お前ら『全季』だろ」
「えっ! そうだけど。なんで分かったんだ?」
「……道理で気持ち悪りぃと思った」
奴の感想を聞き、レオナルドは申し訳ない様子だった。
僕もわざわざ何だと思ったが、レオナルドを不気味と感じるならコイツの感性も存外普通か。
バンダースナッチは意味深に背後を向くと、山頂にある『マザーグース』の館を見つめる。
「あそこに俺の親父がいる」
「なんだ。会ってねぇの?」
「会いたくねえよ」
心底面倒そうにバンダースナッチは本音を明かした。
「親父、早く死んでくれねぇかな。死ねば兄弟も散り散りになる。俺は……スパロウの奴、探しに行ける」
バンダースナッチは衝動的な感情ではなく、本気だと感じられた。
もう父親の枷に縛られたくない。
気だるそうに立ち上がり、中折れ帽を深く被り直すとバンダースナッチが頼んでくる。
「ぶっ殺してくれねーか、アレ」
「え、いや、ちょっと」
拒否反応を示すレオナルド。僕も自棄になっているバンダースナッチに反論する。
「話し合う余地は残されていませんか?」
「俺は嫌だ」
奴は拒否したが、僕らに対しあざ笑う。いや、向こうにいる『マザーグース』を嘲笑っている。
「それもいいかもな。感情も糞もねぇ、気色悪い『全季』の人間相手だと頭も冷えるだろうな。テメェのやってる事は無意味だって、あの糞親父を論破してくれよ」
僕らの前でバンダースナッチは堂々と姿を消し去り。
それきりだった。
何も起きず『スペシャルクリア』のメッセージが表示された。
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次回の投稿は明後日になります。よろしくお願いします。