ブライド・スティンク[二周回目]
五面ボス『ブライド・スティンク』。
普通に戦闘する方が楽じゃないかと思う相手だ。
そして、僕らがスティンクの家前に転移されると妖精『しき』の助言が始まるのが常。
……なのだが、今回ばかりは違った。
『しき』は現れない。開幕から展開が異なる。
家の前で『クックロビン隊』が立ち往生していた。
と言っても、裂け目から顔出すだけで本体は露わになっていない。
馬鹿正直に家の扉が開かれるのを、じっと待ち構えているだけ。
光景に驚かされながらも、レオナルドが一面で彼らが落としたと思しき例の『鍵』を取り出す。
複数体いる鳥頭の中。
梟の個体がレオナルドの近くに裂け目を作り、ひょこと頭を見せる。
僕の傍らで、レオナルドはビックリしつつ。
恐る恐る、梟頭に『鍵』を手渡す。
梟頭は鳥らしく嘴で『鍵』を咥えるかと思いきや、口の中からヌゥッと野太く巨大な腕が伸び、レオナルドから『鍵』を受け取った。
……まあ、普通に使う場合、人間の手の方が楽だから当然か。
観察してると『クックロビン隊』の副隊長ポジションは、この梟の個体らしい。
元々、『鍵』を所有し、管理していたのも梟頭。
他の個体は菓子の時とは違い、『鍵』云々で揉める様子なく。梟頭が裂け目から這い出て、家の扉を開けようとするのを見守っている。
通常のボス戦や妖怪図鑑ではお目にかかれない『クックロビン隊』の下半身だが。
胴体は鳥なのに野太い人間の足が二本生えている。
ドスドスと素足で地面を歩み、梟頭が手に持った『鍵』を使い、スティンクの家の戸を開けた。
梟頭を先頭に、他の『クックロビン隊』も野太い足でドスドス地面を鳴らしながら、後に続いて入っていく。
『クックロビン隊』の下半身に目を丸くするレオナルドに僕が「一緒に入ろう」と促す。
彼らと共に入ると、家の中は前回僕らが見た通りの内装。
だが、恐らくミニチュアサイズの家ではない筈。
原理は不明だが、普通に入れば前回同様にミニチュアサイズの家に転移されて、本来の家内部に入れない。
スティンクの目を盗んで侵入するには『クックロビン隊』が所有する鍵が必須。
だから……スティンクはきっと、彼女の自室でミニチュアサイズの家を監視している。
でも、僕らはスティンクのいる自室には向かわない。
『クックロビン隊』と一緒にリビングへ移動。『クックロビン隊』は各々自由勝手で、床やソファに寝そべっていた。
僕はリビングにあるテーブルに、アフタヌーンティーセットを準備する。
菓子に気づいた『クックロビン隊』の真っ直ぐな視線は、ジャバウォックの眼差しと似ていた。
スティンクが来るまで、死守しなければならないだろう。
梟頭相手に撫でようと戯れるレオナルドに頼む。
「レオナルド。彼らを見ててくれるかい。食べられないようにしないと」
「おう、わか……っ!?」
レオナルドが周囲を見回して驚愕する。
僕も振り返ると、リビングに通ずる廊下からスティンクがこちらを睨みながら無言で突っ立っている。
分かりやすく怒声や一言発言を上げない異常さ際立つ態度に、僕も不気味を通り越し不快感を覚えた。
灰色のショートカットで金目、清楚なメイド服。
姿恰好はボス戦時と同じ。険しい目つきも健在で、まだ喋ってもいないのに威圧感がある。
リラックスしていた『クックロビン隊』ですら、彼女の登場に姿勢を正す。
僕らが喋ろうとするタイミングを見計らったかのように、ズガズガとリビングへ踏み入るスティンク。
「貴方達、なにをやっているのですか。人間を殺せない妖怪は生きる価値はないと、私は口酸っぱく教えましたよね。鳥頭で、もう忘れましたか」
真っ先に噛みついたのは僕らではなく『クックロビン隊』の方だった。
彼らも悪趣味な容姿に似合わず、あたふたする。
流石のレオナルドも、彼女に口出す。
「別にいいだろ。仲良くなったんだよ、俺達。友達だよ。普通に友達の家に遊びに来たってだけで」
「関係ないので引っ込んでて貰えます?」
ギロリと睨み散らすスティンクに、怯えてる『クックロビン隊』のメンツ。
面倒な女だと僕は内心で毒吐いた。
スティンクは、怒涛の言葉を並べる。
「この子達、お父様に守られているからと安心しきっているんですよ。そのせいで、ロクな成長が出来ていないどころか、人間一人殺せないロクでなしに退化しています。……お父様は優しいからお許しになっているけど、冗談で済まされない」
「え、ぶっ殺しまくってたぞ……」
レオナルドの突っ込みは最もだ。
今では対策されて、初心者の入門ボス扱いされている『クックロビン隊』だが。
サービス開始当初は初見殺しであれこれ言われていた。
人間一人殺せないなんて、どこからの情報か。レオナルドが察して反論する。
「俺達はこいつらと仲良くなったから殺されてないだけだよ」
「仲良く? こんなものを用意して??」
スティンクが乱雑にテーブルを蹴り上げ、僕が折角用意したアフタヌーンティーセットが崩れる。
食器が落ちる事はなかったが、カップに入れた紅茶が盛大に零れ、床を汚す。
僕は溜息をついて自分のエプロンで床を拭いた。
すると、レオナルドはこんな事を言う。
「止めてくれよ。これ、折角見つけた奴で、壊れちまったら勿体ないだろ。多分、高級品だろ?」
「はあ?」
「これさ。春の層を探索してて見つけたんだよ。あと、この新薬のレシピも。錬金術師の秘密レシピでさ。如何にもって感じで、隠されてたんだぜ」
なあ?とレオナルドが僕に尋ねる。
『クックロビン隊』やスティンクも奇妙な視線を注いでいた。
僕も、瞬時に理解できなかったが……頷く。
スティンクが声の熱量を冷めて、レオナルドに告げる。
「あなた……これはお父様の、マザーグース様とのお茶会で使用する特製品ですけど」
「マザーグースって、なんかスゲー強い妖怪?」
「ふざけるのもいい加減にして貰えます?」
「悪りぃ。その、さ。……うーん。昔、マザーグースと俺達人間に揉め事があったってのは知ってるぜ?」
「昔……?」
「でも、そん時。俺はまだいなかった、産まれて無かったって奴?だから、どんだけヤバイ奴なのかってサッパリで」
「………」
スティンクが目を見開いて沈黙した。
ああ、なるほど。思い返せば、そういうことか。
僕もレオナルドに便乗し、スティンクへ残酷に告げた。
「そうですね。マザーグースとの同盟が解消されたのは、僕達が産まれる前……もう随分と昔の話ですよ」
皆様、感想・誤字報告・評価・ブクマありがとうございます。
本日は気圧関係で気分がすぐれず、投稿遅れました。
申し訳ありません。